
インクルーシブ教育とは?
インクルーシブ教育(包容する教育)とは、障害の有無や個々の特性にかかわらず、すべての子どもたちが同じ環境で学びあい、共生社会の実現を目指す教育だ。共生社会とは、誰もが互いの人格と個性を尊重し支えあい、多様な在り方を認めあえる全員参加型の社会である。
インクルーシブ教育においては、次の効果が期待される。
- 子どもたちの相互理解が深まる
- 障害のある子どもは、社会性や自立心を身につけられる
- 障害のない子どもは、多様性を受け入れることに早くから慣れ、思いやりの心を育める
- 個別の指導計画にもとづくきめ細かな指導によって、すべての子どもの個性と能力を最大限に引き出す
- 多くの子どもたちが早くから多様性のある環境に慣れることで、共生社会の実現が加速する
インクルーシブ教育によって、子どもたち一人ひとりがそれぞれの特性や得意不得意に合わせた柔軟な教育を受け、互いの成長と社会への参加を実感できる環境を理想としている。
インクルーシブ教育が求められる背景
多様な価値観や生き方を尊重し共に暮らしていく共生社会を実現するために、インクルーシブ教育は重要視されている。ユネスコ(国連教育科学文化機関)は、インクルーシブ教育を「すべての子どもを包摂する教育」と定義したうえで、すべての子どもの教育の保障を目指す理念だとしている。
この「すべての子ども」には、具体的には以下の特性や困難をもつ子どもが含まれる。
人種・性差・障害などすべての多様性の包摂が、国際的に求められているインクルーシブ教育だ。これは、世界共通の目標であるSDGsの理念「誰一人取り残さない」および、Goal4「質の高い教育をみんなに」とも関連する。SDGsの考え方が人々の間に着実に浸透してきていることで、その要素のひとつであるインクルーシブ教育への注目も高まっていると考えられる。
日本のインクルーシブ教育の現状
インクルーシブ教育に関する世界の潮流と比較すると、現在の日本におけるインクルーシブ教育は、包摂すべき多様性の中でも「障害の有無」に焦点があたっているのが特徴だ。
これまで日本の教育制度では、障害のある子どもたちを特別支援の対象とし、特別支援学校や特別支援学級などを活用して、障害など特別な支援を必要とする子どもを、そうではない子どもと別環境で教育する分離教育を主軸として行ってきた。分離教育には、整備された環境で専門スタッフによる細かい配慮や指導を受けられるメリットがある一方で、障害のある子どもの人生経験や人間関係、社会経験の機会を奪ってしまう可能性が、近年問題視されている。
日本は2014年に障害者権利条約に批准し、障害の有無にかかわらず教育や雇用などに関する権利、社会保障へのアクセスなどを担保できるように対策を進めているが、多様な人々が共存する包摂的な考え方や対策はあまり浸透しておらず、インクルーシブ教育の普及も遅れているのが現状だ。
2022年9月、国連障害者権利委員会は、日本の障害者権利条約の実施状況に対して「分離教育をやめるように」と勧告した。これを受けて文部科学省は、インクルーシブ教育に対しての教員の専門性向上や学校施設設備の整備充実などの支援を実施することで、インクルーシブ教育システムの構築を進め、共生社会の形成に向けた動きを強めている。ただ、包摂すべきあらゆる多様性の中で障害の有無に焦点を置いてもなお、日本のインクルーシブ教育は、まだまだ普及にはほど遠い現状にある。
インクルーシブ教育の課題・必要な対策

インクルーシブ教育の普及・推進にはさまざまな課題があり、必要な対策も多岐にわたる。
ここでは課題と対策の一部をそれぞれ紹介する。
課題|人材や理解の不足によるフォロー体制の未整備
インクルーシブ教育の主な課題の一つは、子どもたち、教育現場の教員、保護者に対するフォロー体制が不十分であることだ。
- 教師の負担増加:個別の指導計画の作成、教材の準備など、業務が大幅に増加する
- 障害のある子どもの学習効果の低下:「みんなが同じことをできるようになる」が目標の場合、学習ペースが合わない
- 保護者の理解不足:一部の保護者は、障害のある子どもと一緒に教育を受けることで、我が子の教育の質が低下すると考えている
- 多様な違いへの配慮の不足:人種・性的マイノリティなど障害の有無以外への配慮にまで手が回っていない
現状では、これらの課題の多くは人手や資金などのリソース不足が原因となっている。しかし、物理的に環境が整ったとしても、他者への配慮が負担になるという考えが根強いと、多様な生徒たちが物理的に同じ環境の中にいるだけになってしまい、インクルーシブ教育が目指す考え方とは合致しない。そのため、心理的な側面でも多様な子どもたちが共存できる環境を整備する必要がある。そのためには、生徒や教員だけでなく、保護者の理解を得ることも非常に重要となる。
必要な対策|意識改革と法や教育環境の整備
インクルーシブ教育の課題解決のためには、各種リソース確保などにより教育環境を整備することで、支援ニーズに無理なく充分に対応できる体制を整えることが必要となる。
以下は具体的な対策の一部である。
- 教育現場の準備:一人ひとりの教育的ニーズに応じた適切な支援ができるよう、教育現場の物理的環境整備や教職員の研修を強化する
- 専門家チームによる支援体制の構築:専門的知識をもつ支援員を配置し、学校や家庭と連携しながら、きめ細やかな支援を行う
- 啓蒙・意識改革:障害の有無にかかわらず、すべての子どもたちが互いを尊重し合い、共に学ぶ意義を社会に浸透させる
- 法整備:教育の場での差別禁止や合理的配慮の義務化など、法的枠組みを明確化する
この中でも特に重要な対策として、「意識改革」をあげたい。これまでの日本の教育システムでは、障害の有無によって環境が分けられ、教室内では均質化を図ることが目指される傾向があった。しかし、障害の有無にかかわらず、わたしたちはそれぞれ多様な特性を抱えており、自身の苦手を大なり小なり誰かにフォローしてもらいながら生きている。
インクルーシブ教育を推進するためには、多様な個性が存在するという事実とそのような多様なものが共存することの大切さを、より多くの生徒、教員、保護者が認識する必要があるはずだ。そうすることで、互いに無理なく手を差し伸べ合う環境が生まれ、インクルーシブ教育によって学力だけでなく社会を生き延びるための人間力を育てることにもつながる。
インクルーシブ教育の実践例

ここではインクルーシブ教育の実践例として、神奈川県とカリフォルニア州の取り組みについて紹介する。
1.神奈川県「インクルーシブ教育実践推進校」
神奈川県では、共生社会の実現に向けて、県内高校の「インクルーシブ教育実践推進校」指定を行っている。平成28年度から始まった県立高校改革において、知的障害のある生徒が高校教育を受ける機会を拡大するため始まった取り組みの一環で、実践推進校の数は令和6年度の時点で18校にのぼる。
在校生全員が学びやすい環境づくりのため、以下の項目においてさまざまな工夫を行っている。
【01.学校生活】
- 障害の有無にかかわらず、約40名の生徒と同じ教室で学ぶ
- 生徒会活動や部活動にも参加できる
【02.授業】
- 個別相談により、一人ひとりにあった目標をたてて学習する
- 授業によっては教室内に教員を2名配置してサポートする
- 生徒同士による教えあいや、問題解決への取り組みを支援
【03.キャリア教育(知的障害のある生徒向けの集中講座)】
- 卒業後に社会で必要な力を身につける「キャリア教育」の授業を実施
- 夏休み中などに、学校や職場見学、労働体験学習などを行う
【04.相互理解】
- 毎日の学校生活に加えて、パラスポーツ体験や講演会などの活動を通し、相互理解の機会を設ける
インクルーシブ教育実践推進校では、これらの取り組みを通して、知的障害のある生徒が高校で学ぶ機会の拡大と、すべての生徒の相互理解を通した成長を目標にしている。
2.カリフォルニア州 1970年代からの取り組み
カリフォルニア州は1974年策定の障害者に対する権利規定をきっかけに、長年インクルーシブ教育へのさまざまな取り組みを実施している地域だ。教育機関で生徒の状況に合わせた指導を無償で提供している他、障害者教育を実施する 1,000 以上の私立学校・機関を認定し、障害のある児童や生徒を多角的に支援している。
カリフォルニア州立大学ドミンゲスヒルズ校への聞き取りでは、インクルーシブ教育を受けた生徒は成人したのち、職場などで障がいのある方と抵抗感なく接することができたケースや、多様な生徒が集う環境で学んだ子どもはより好成績を残したという分析結果が出るなど、インクルーシブ教育の一定の効果を示す事実が判明。一方で、統合されたクラスと分離されたクラスでの教育上の成果への影響は小さいとの分析も出されており、インクルーシブ教育が生徒の成績に及ぼす懸念事項はあまり見られていない。
ただし、40年以上インクルーシブ教育に取り組んできたカリフォルニア州においてもいまだに課題は多く、再現性の高い仕組みづくりのためには、さらなる研究が必要とされている。
まとめ|インクルーシブ教育はすべての子どもたちの成長を促進する
インクルーシブ教育は、人生の早い段階から多様な人々と接点をもつことで、障害の有無や個々の特性にかかわらず、すべての子どもたちの相互理解を深めると同時に、ニーズに合った支援・指導を施すことで、生徒たちの健全な成長を促進する。これにより、一律に同じことができるようになるのではなく、一人ひとりが「前よりも成長できた」と充実感を覚えることにも貢献する。
普及にあたってはまだまだ課題も多いが、国内外で多くの学校が導入し、一定の成果を出している事例もある。お手本となる前例にならい、それを更に発展させていくことで、「誰一人取り残さない教育」が多くの国や地域でスタンダードになっていくことを期待したい。そのためには、生徒だけでなく、保護者や教員、また社会の意思を形成する私たち一人ひとりが、多様な考え方や価値観の共存を許容する力を養う必要があるだろう。
Edited by k.fukuda
参考サイト
共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告) 概要:文部科学省
多様な子どもたちが共に学ぶ「インクルーシブ教育」は、いまなぜ必要か? | 日本財団ジャーナルインクルーシブ教育って何? 基本情報と推進上の課題を徹底解説!
インクルーシブ教育とは?実践に必要なことや事例、現状と解決策を紹介:朝日新聞SDGs ACTION!
インクルーシブ教育実践推進校 – 神奈川県ホームページ
学校におけるインクルージョンに関する取組:第3編 海外調査
































