社会にある違和感や課題を、私たち自身の問いとして捉え直す

現代社会における不平等、権利、制度、排除、困窮といった根本的な問いに向き合い、人びとの声や実情を通して課題の本質を見つめる。

ひとがまちをつくり、まちがひとをつくる。ゼロ・ウェイストかまくらの土壌を育む市民コミュニティ「ゴミフェス532」の力【鎌倉サーキュラーシティレポート#5】

コミュニティの語源は、ラテン語の「communitas」にあるとされる。「共に(com)」「役割・贈り物を担う(munus)」。それぞれが何かを持ち寄り、責任を分かち合う共同体。鎌倉で2020年に活動を始めた市民団体「ゴ...

孤独の時代に広がるメガチャーチ。人はなぜ“巨大な信仰空間”に集まるのか

孤独の時代に広がるメガチャーチ。人はなぜ“巨大な信仰空間”に集まるのか

現代社会で人々が孤立しやすくなる中、「メガチャーチ」と呼ばれる巨大教会が米国を中心に世界中で急増している。礼拝に週に数千人以上が集まるプロテスタント教会であり、信仰だけでなくコミュニティの役割も果たす。ライブのような礼拝や生活支援サービスも特徴的だ。人々はなぜメガチャーチに惹かれるのか、その背景を探る。

医療をDXで設計し直す。デンマークの事例に学ぶ持続可能性

医療をDXで設計し直す。デンマークの事例に学ぶ持続可能性

高齢化や担い手不足により、医療の安定的な提供はますます難しくなる中、デンマークではデジタル技術で「効率化」するだけでなく、医療そのものを設計し直そうとしてきた。同国では医療DXを現場に実装することで、負担を分散し、質を保ちながら医療を続ける仕組みを築いてきた。デンマークの事例から、持続可能な医療のヒントを探る。

鎌倉4-10

愛着と技術が素材を転生させる。naluが伴走する「つくる側」と「つかう側」が共に創る地域の資源循環|鎌倉サーキュラーシティレポート#4

資源循環を推進する方法論は、国や地域の背景によって様々だ。例えばフランスやドイツなど欧州では、使い捨てプラスチックの段階的禁止を盛り込んだ法規制によって強力に市場を牽引している。一方でアメリカでは、ESG投資の機運や企業のコスト削減、市場における経済優位性をインセンティブとして民間主導の循環モデルが発展してきた。 

誰もが住み続けられる街へ。ウィーンに学ぶ住宅政策

誰もが住み続けられる街へ。ウィーンに学ぶ住宅政策

「都市の富裕層化」とも呼ばれるジェントリフィケーション。世界の大都市から東京都心や再開発エリアまで、高所得者の流入によって地価が上昇し、所得によって住まいの選択肢が大きく左右される状況が広がっている。本記事では、オーストリア・ウィーンの住宅政策を手がかりに、誰もが住み続けられる持続可能なまちづくりのヒントを探る。

未来の自分から届く、優しい助言。フューチャー・デザインで描く100年後の私たち

未来の自分から届く、優しい助言。フューチャー・デザインで描く100年後の私たち

現代の効率・成果主義の世界に生きるわたしたちはいまこの瞬間の充実度に視点が置かれすぎて、過去も未来も見えなくなっているような感覚がある。 もし、100年後の自分たちが、いまわたしたちが下している選択を見たときに、どう思うのだろうか。 この問いかけひとつでも、視点がぐわんと揺らぐことを感じるかもしれない。この問いから生まれたのが、「フューチャーデザイン」という考え方である。

デンマークの「15歳未満SNS禁止」から見る、幼年期のスマホ依存と社会の責任

デンマークの「15歳未満SNS禁止」から見る、幼年期のスマホ依存と社会の責任

デンマークで提唱された「15歳未満のSNS禁止」は、私たちに重要な問いを投げかけている。デジタル技術と隣り合わせの社会で、子どもたちの心身の幸福(ウェルビーイング)をどう守っていけばいいのだろうか。脳科学の知見や社会の責任という視点から、禁止・制限の向こうにあるものを探る。

誰もが排除されない街のカタチ。都市の設計と私たちの居場所の行方

誰もが排除されない街のカタチ。都市の設計と私たちの居場所の行方

街のなかに設置されているベンチに対して、「座りづらい」と感じたことはないだろうか。それは、利用者を遠ざけてしまう「排除アート」と呼ばれる設計によるものだ。なぜ街は他者に対して不寛容になってしまったのか。本記事では、都市設計の裏側にある葛藤をひも解き、誰も弾かれない温かな未来への道筋を探る。