ばら教室KANIの授業風景

ばら教室KANI、不就学ゼロを目指す外国籍児童生徒支援の現場から vol.7 【岐阜県可児市】

「不就学」という言葉を聞いたことがあるだろうか。不就学とは、学校に籍を置かず就学していない状態を指し、学校に籍があるにもかかわらず通学していない「不登校」とは区別される。

日本に居住する6歳から15歳の日本国籍の子どもの保護者には、小・中学校の合計9年間、教育を受けさせる義務が課されている。一方、外国籍の子どもには義務教育の適用はなく、希望すれば無償で学校教育を受けることができるが、あくまで「希望制」となっている。

2024年8月に文部科学省が発表した「外国人の子供の就学状況等調査」によると、2023年5月時点における全国の不就学児童生徒数は8,601人にのぼり、およそ20人に1人の外国籍の子どもが就学していない可能性があることが示された。

この不就学問題から目を背けることはできない。

少子高齢化による労働力不足に直面している日本では、外国人材への期待が日に日に高まっている。2023年には外国人労働者数が初めて200万人を突破し、今後もその数は増え続けると予測されている。それに伴い、外国籍の子どもたちもますます増加することになる。労働力不足の補填と外国籍の子どもたちの教育環境の整備は、同時に取り組むべき課題といえるだろう。

「不就学ゼロ」を掲げる、ばら教室KANI

不就学問題への対策をいち早く始めたのが、岐阜県可児市である。同市は2004年に「不就学ゼロ」を掲げ、2005年には「ばら教室KANI」を開室した。ここでは、日本の公立小・中学校に初めて就学する外国籍の子どもたちを受け入れている。

ばら教室
第1ばら教室KANI 筆者撮影

第1ばら教室と第2ばら教室で、合計4か月間、日本の学校生活のルールや初歩的な日本語、算数などを学習し、修了後は市内の小・中学校に通う仕組みだ。フィリピン、ブラジルをはじめ様々な国籍の子どもたちが共に学ぶなかで、日本の学校に通う準備を整える。

「切り捨てることは簡単です。でも私たちはそうはしなかった。可児市は先見の明があったのではないでしょうか」と、ばら教室KANIの室長・若原俊和さんは言う。

ばら教室KANIの若原室長
ばら教室KANIの若原俊和室長 筆者撮影

日本独自のルールに慣れるまでに子どもたちは苦労する。授業前後の「起立」「礼」という号令、給食の配膳、掃除当番など、集団での生活を意識した細かい習慣やルールが日本にはことのほか多いのだ。ばら教室KANIの生活の中で、こうした日本の学校の決まりを徐々に覚えていく。

若原さん「日本の学校と他国の学校では、日常のあらゆることが異なります。日本では、授業中は静かに姿勢よく先生の話を聞くことを求められますよね。これも大きな違いです。子どもたちは『なぜこのルールがあるの?』と疑問にもちますが、『日本にはこういうルールがある』ということを、まずは教えています。」

ばら教室KANIの授業風景
ばら教室KANIの授業風景 筆者撮影

日本語の授業は、ひとりひとりのレベルに合わせてクラス分けをし、少人数で実施する。あいさつ、疑問詞、日付と曜日、位置関係、教科など学校生活で最低限必要な言葉を、インプットしていく。促音(小さい「っ」)や長音(伸ばす音「ー」)の発音は難しく、習得に苦労する子どもも多いが、職員が工夫を凝らした方法で指導している。

若原さん 「職員が試行錯誤しながら教材や指導方法を考えています。ゲーム形式にするなど型にはめずに、子どもたちが楽しみながら学べることを大切にしています。」

ばら教室の教材
五十音表も学校生活で重要な単語に入れ替え、オリジナル教材を作成している 筆者撮影

大切なのは、安心できる居場所をつくること

ばら教室KANIでは、子どもたちに日本語や日本のルールを教えるだけでなく、「安心できる居場所づくり」も大切にしている。子どもたちは親の都合で日本に来ていることが多く、言葉、文化、環境の違いから大きな不安を抱えている。母国語を話す機会が減り、徐々にアイデンティティが揺らいでいく子どもも少なくない。そのため、ばら教室KANIでは、どの子どもたちにも安心して自分らしくいられる場所を提供し、自分自身を築く場となることも目指している。

ばら教室KANIの
玄関
ばら教室KANIの入り口には各国の「ようこそ」が並ぶ 筆者撮影

若原さん「子どもたちが安心して夢や目標を見つけ、自分の可能性に気づける場所にしたい。ただ日本語を教えるだけでは、子どもたちの『自分づくり』はできません。複雑な事情を抱える子もいますが、大切なのはその子自身の背景や思いに寄り添い、彼らがどんな夢をもち、どのような人生を歩んでいきたいのかを知ることです。例えば、『獣医になりたい』『学校の先生になりたい』という夢を知ることで、子どもたちへの理解が深まると同時に、子どもたちが自分の想いを大切にし、未来に希望をもつこともできます。」

さらに、「ふるさと」について紹介する時間も設けている。なかには「ふるさとはもう捨ててきた」と感じている子どももいるが、彼らが生まれ育った場所を大切に思い続けられるように、故郷への想いを再認識する機会をつくっている。このような活動を通じて、子どもたちは自分のルーツに誇りをもちながら、日本で新しい未来を築いていく力を養っていく。

若原さん「職員が子どもたちの背景を理解し、それぞれの思いに寄り添いながら支えることが重要です。日本語を学ぶ土台として、安心できる環境と信頼関係がなければ、学び続ける意欲は生まれません。ばら教室KANIでは、『あなたは素晴らしいものをもってるよ』と伝え、彼らが安心して夢をもち続けるサポートを続けています。」

数年前、フィリピン出身の中学3年生の女子生徒が修了時に語った言葉がある。「先生、大人を信用していいんだね」彼女はフィリピンで大人を信頼できずに育ったが、ここでの生活を通して「私、幸せになってもいいのだね」と言えるようになった。その変化は、ばら教室KANIが「安心できる居場所」として機能している証でもある。

子どもの学習支援には、親のサポートも必要不可欠

子どもたちが安心して学習するためには、親のサポートも欠かせない。子どもだけでなく、親にとっても初めての日本の学校だ。ばら教室KANIの開室当初から20年間学習指導員を務め、自身もブラジル出身であるエルザさんはこう語る。

「気軽に相談しやすい環境づくりを心がけています。そのために、保護者とはトラブルの報告も含めて密に連絡を取り合うなど、こちら側がサポートする気持ちを開示することが重要です。私自身も娘が日本の学校に入った際に、日本の学校をよく知らずに親として苦労しました。ブラジルの学校とはルールなどが全く異なります。だから、他の保護者の不安に寄り添ったり、少しでも助けることができたらと思っています。」

学習指導員のエルザさん
親とも子どもとも同じ目線で寄り添うエルザさん 筆者撮影

親のサポートは子どもの学習にも良い影響を与える。慣れない環境の中、日本語を覚えることだけでも大変な状況で、子ども一人で頑張ることは難しい。親が勉強自体を見ることができなくても、気持ちの面で支えがあることは重要だ。「お父さんお母さんは、自分のことを気にかけている。だから頑張ろう」と活力が湧くことは多いという。そして、子どもの頑張りを見て、親や兄弟も励みになることもしばしばある。

「ばら教室KANIが成功している秘訣は『人材』です。子どもにも保護者にも同じ目線でサポートしています。確かに苦しい状況も多いですが、それでも先生から『乗り越えよう』という声かけ、サポートを実施しています。そういう先生方の力は非常に大きいです」と外国籍児童生徒コーディネーターの大口裕子さんはいう。

修了式では、「ばら教室KANIがあってよかったです」という保護者からの声も多いそうだ。勉強を教えるだけでなく、日本で家族が生きていく基盤づくりのサポートにもなっている表れなのだろう。「子どもたちの運命を応援します」というエルザさんの言葉が印象的だった。

「自信」と「覚悟」をもち、日本の学校へと巣立つ

ばら教室KANIに4か月間通った子どもたちは、いよいよ市内の学校へと巣立っていく。8月を除いて毎月修了式が行われ、これまでに1,100人(令和7年1月31日現在)の子どもたちがばら教室KANIを修了した。

修了式では、修了する児童生徒が日本語で自分の想いを語る。来日した当初の複雑な心境や今後の意気込みを発する子どもたちの様子からは「自信」と「覚悟」がにじみ出る。中学2年生のフィリピン出身の男子生徒は、「自分で決めたことだから頑張ります」と涙ながらに決心した。このように覚悟をもち、いろんな困難も抱えながら学校生活を精一杯頑張る子どもたち。「頑張る覚悟をもつことは、『自分をつくる』ことにもつながる」と若原さんは説く。

仲間の中で育まれた「自信」も彼らの頑張りの原動力だ。ばら教室KANIの「できるよ!発表会」では、「うまくできることを信じていたよ」という言葉を子どもたちが自然にかけ合うことで、仲間からのフィードバックが行われ、感情の共有をすることができる。こうした言葉は、大人からの称賛以上に子どもたちの自信につながる。国籍や言語の違いを超え、仲間として感情を共有することで「一人じゃない」という安心感が生まれ、自信が育まれていくのだ。

ばら教室KANIの修了式の様子
「自信」と「覚悟」をもち修了する 提供:可児市

言語の壁も大きく、「日本人に外国の子どもが頑張って追いつく」というイメージになりがちだが、外国にルーツがある子どもたちから日本人が学ぶことも多い。そのため、彼らが学級に入ることで、他の日本人の児童生徒にもいい影響を与える。

若原さん「彼らは、他の日本人にはない視点をもっていることもあります。人権など国際的な見方が備わっていて、日本人が学ぶことがありますし、彼らの考えを知る必要もあるはずです。

可児市の子どもたちは、クラスに外国の子がいることが当たり前です。だから、特別に違和感をもったり特別視したりすることは少ないと思います。例えば、授業中のグループワークでは外国の子と日本の子が半々という状況になった時に、それぞれの性格や得意不得意を見て、平等に役割分担をしようとするのです。可児市の子どもは、『あの子、ダンス上手だね』など、個々の良さを見極める力は非常に優れていますね。」

国籍や属性にかかわらず、一人ひとりの光に関心をもち、困難に寄り添う。そこにカテゴリーは存在せず、ただ目の前の人に目を向けているだけである。

こうした場は、地域社会の中でも必要ではないか。多様なバックグラウンドをもつ人々が集い、語らうことで、これまで想像もしなかった困難に気づくことができるかもしれない。「この街には素敵な人たちがいる」と実感する場にもなり得る。豊かなコミュニティのあり方を模索する過程で、ばら教室KANIから学ぶべきことは多い。

参考サイト
ばら教室KANIについて|可児市

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k.fukuda
大学で国際コミュニケーション学を専攻。これまで世界60か国をバックパッカーとして旅してきた。多様な価値観や考え方に触れ、固定観念を持たないように心がけている。関心のあるテーマは、ウェルビーイング、地方創生、多様性、食。趣味は、旅、サッカー観戦、読書、ウクレレ。