サードプレイス。直訳すれば「第3の場所」という意味になるこの言葉が、いま社会のさまざまな場面で注目されている。
生活の拠点となる家は「第1の場所」、学校や職場などは「第2の場所」とされているが、それ以外に人と交流をしたり、趣味を満喫したりできる場所を「第3の場所(サードプレイス)」として位置づけているのだ。家庭や学校、職場などで抱えるストレスや、日常的な人間関係から一時的に解放され、自由に過ごせる場所という意味合いがある。
サードプレイスを必要としている人々は、老若男女問わず大勢いると考えられるが、今回はその中でも若年層に焦点をあて、サードプレイスの重要性について考えてみたい。
「トー横」「ドン横」「グリ下」などの繁華街に集まる若者

多くの子どもたちは年齢が上がるにつれ、友達と遊ぶ場所が家から街中に移っていく。友達と遊んだあとは家に帰ることがほとんどだが、中には「家に居場所がない」「家出をしてきた」といった理由で、街中に留まる若者もいる。彼らの居場所としている有名なのが、東京・歌舞伎町の「トー横」(TOHOシネマズ新宿周辺)、愛知・名古屋の「ドン横」(ドン・キホーテ周辺、現在は閉鎖)、そして大阪・道頓堀の「グリ下」(グリコ看板の下)いった繁華街だ。
その他、地方都市でもコンビニやカラオケなどの店舗に集まっている若者の姿は、多くの人が目にしたことがあるだろう。こうした現象は過去にも幾度となく見られてきたが、深夜徘徊等で補導される未成年の数はここ15年ほどで激減している(*1)。
しかしながら、コロナ禍の2021年ごろから「トー横」「ドン横」「グリ下」という言葉がSNSで見られはじめた。この状況について、ステイホームを余儀なくされ、家や学校、職場にも居場所がないと感じている若者が、SNSで同じような境遇の人と繋がり、居場所を求めて集まるようになったという見解もある。
一方で、このように若者が集まる繁華街の様子は「犯罪の温床」といわれ、飲酒や喫煙、薬物をはじめるきっかけになることや、見知らぬ人にホテルに連れ込まれるなど性犯罪の危険性も指摘されている。各地の警察がパトロールを強化し、その数は徐々に減少しつつあるものの、2025年4月時点でもトー横で中学生25人が一斉補導されたという報道があったばかりだ(*2)。中にはオーバードーズの疑いがある女子生徒もいたという。
こうした若者たちの心には、一体どれほどのSOSが隠れているというのだろうか。
(*1)令和5年版 犯罪白書 第3編/第1章/第4節|厚生労働省
(*2)「トー横」で25人を一斉補導 新年度4月の週末、警視庁 | 共同通信
若者の支援は当事者に届いていない

子どもや若者の居場所づくりについて、当然ながら国や自治体も課題として捉えており、さまざまな支援や制度に取り組んでいる。よく見られるのが、スクールカウンセラーなどのこころの専門家や病院といった「公的な相談窓口」を勧める、といったものだ。
しかし支援について知らないという子どもや若者もいる。そもそも普段から信頼関係を築いていない見知らぬ大人に相談する、電話をかけるというのは、かなりハードルが高いように思える。特に「保護者に話されるのではないか」「この人は信頼できるのだろうか」「自分のモヤモヤに答えを出してもらえるのだろうか」といった不安や心配は、大人が想像する以上に抱えているものだ。
「大人を信用できない」——こうした子どもや若者たちの心は、自分の思春期を思い出してみると納得だ、という人も多いのではないだろうか。
その他、サードプレイスの筆頭として話題にのぼる子ども食堂は「行ってるところを見られたら、友達に貧乏だと思われる」という理由から避けられるケースもあるという。また児童養護施設や引きこもり支援の施設などは、事業内容の打ち出し方によっては、同じく「通ってることを知られたくない」「支援を受けている自分が情けない」「複雑な家庭と言われたくない」といったように、他者からの見え方を気にしたり自己否定に繋がったりし、そもそも支援を受けたがらないという傾向にあるようだ。
こうしたことから大人が考える支援の内容と、子どもが求める支援の内容には、大きな違いがあることがわかる。いくら素晴らしい取り組みが行われていても、当事者の子どもや若者たちに届かなければ、その内容には疑問が生じてしまう。
本当に子どもが求めているサードプレイスをつくるには、彼らの心をもっと深く、本質的に理解しようとする努力が必要だろう。
子どもたちが「自分の居場所」に求めるもの
2022年にYahoo!ニュースが独自に行ったアンケート(*3)によると、「自分の居場所」と思える場所についてさまざまな意見が寄せられたという。塾や学童、児童館のほか、保健室、スポーツクラブなどの習い事、アルバイト先(高校生)などがあり、「インターネット上」や「ご当地アイドルグループ」という意見も見られた。中には、「ひとりになれる時間」こそがサードプレイスだという人も。「自分の居場所」の意味合いについて、「趣味に没頭できる空間」「自分だけの世界」という捉え方もあるようだ。
ここから、サードプレイスというのは物質的な「場所」だけに留まらず、多種多様なものであることがわかる。
そもそも、子どもたちが求める「居場所」とは「安心できる場所」と言い換えることができる。裏を返せば、例え「施設としての場所」「整えられた窓口」があったとしても、そこが安心できる場所になるとは限らないのだ。
それゆえに「トー横」や「グリ下」をはじめ、例え危険と分かっている場所でも「ここにいれば仲間がいる」という安心感のもと、足を向けてしまうと考えられる。
(*3)子どもの居場所はどこに?――サードプレイスの見つけ方 #今つらいあなたへ|Yahoo!ニュース
SOSを受け止めるサードプレイスの必要性
では、子どもや若者を本当の意味で救うためには、どうしたらいいのだろうか。特にSNSの発展は、彼らの価値観や人間関係の複雑化に大きな影響を及ぼしており、もはや大人の手には負えない状況だ。それでも、我々大人には決して子どもを見捨ててはならない。「限界だ」「もう出来ることはない」と諦めるわけにはいかないのだ。
「死にたい」と思っている子どもに対し、「いのちを無駄にしてはならない」と説得して止められたとしよう。しかし、そう言うだけなら簡単だ。彼らは、何とか生きて、生きて、生き抜いた先でいつか必ず大人になる。そのときどんな人間になっているのか、その責任の所在は我々大人にあるだろう。
そのために、若者の犯罪防止や支援に携わる関係者たちは日夜頭を悩ませている。子どもは成長するにつれ、保護者や先生に対して悩みを打ち明けにくくなる傾向にある。特に思春期に当たる年代は、気恥ずかしさが勝り、身近な大人には相談しないという子も多い。また、「先生から保護者に伝わっていた」「友達に直接注意され、告げ口だと思われた」という経験から「大人を信用できない」というケースもある。
子どもの支援には学校と家庭の連携は最も重要で、情報共有も行われて然りだ。しかし、大人が良かれと思ってやったことでも、子どもにとってはそうではないことが多数ある。保護者に知られたくないことについて、勇気をふり絞って先生に相談したところ、結局保護者に伝わっていた……と考えると、「もう二度と相談したくない」という気持ちになって当然だ。時には子どもの気持ちを慮り、緊急の危険性がない場合はしばらく見守る、といった対応が必要だろう。反対に「まだ大丈夫だろう」と安易に判断し、最悪の事態に発展したケースもしばしば見受けられる。
つまり子どもに関わる上では、その子の言葉の表面には現れない、隠されたSOSや本音に気づくことが最重要課題なのだ。だからこそ、子どものサードプレイスづくりというのは困難を極めているのである。
自己受容できる場所を目指して

こども家庭庁は、子どもや若者の居場所づくりに関して、当事者向けの報告書を作成している(*4)。この報告書には、居場所づくりにおける大切な視点として「居ることの意味を問われないこと」「気軽に行ける、一人でも行けること」「いろんな機会があること」など、31の項目が挙げられている。また、「いちばん大事にしたいことはあなたがそこに居たいと感じるか」というフレーズが印象的だ。ここから、あくまでも「サードプレイス」というのは彼ら自身が主軸であり、決して大人の押し付けになってはいけないことが窺える。
この言葉によって、実際に子どもや若者の心が動くかといえば、一朝一夕には上手くいかないだろう。それでも「あなたの味方はここにいるよ」と何度でも伝えつづけることが大切だ。
居場所がないと感じている子どもや若者は、心に深い傷を負い、自分に価値がないと感じていることもある。そのため「自分は見捨てられてない」「自分は無価値なんかじゃない」という意識に、少しでも変化を起こさせるような取り組みが重要である。
当事者の子どもたちの小さな声に耳を傾け、意見を取り入れることも必要だろう。国や行政、地域が一丸となってコミュニティを築き、ボランティア活動などを通して「自分にも役割がある」と感じてもらうことも有効だ。健全なコミュニケーションによって、新たな価値観や人間関係が生まれることも期待できる。
「近くに該当する施設がない」という子どもや若者でも、自分が夢中になれるものやホッとできる空間があるだけで、心持ちが変わってくるかもしれない。子どもや若者にとってのサードプレイスづくりとは、立派な施設をつくることでも、単なる場所を提供することでもない。「ここに来れば安心できる」と感じられる空間、そしてゆくゆくは「もうここに来なくても大丈夫」と自信をもって卒業できるような環境を、共につくっていくことなのである。
(*4)こども・若者の居場所づくりにかんする こども・若者向け報告書|こども家庭庁
参考サイト
こどもの居場所づくり|こども家庭庁
子ども食堂について – 求められる「食事」と「居場所」 -|MHCL WORKS LABO
ひきこもりに係る支援の基本的考え方|東京都福祉局
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