
学食に並んだ、いつもとは少し違うメニュー。それらが大学というコミュニティの中で、多様な文化や信仰を持つ人々が共に過ごす土壌を育んでいる。東北大学で始まったハラルメニューの提供は、食事の選択肢を増やすだけでなく、異文化を理解し尊重し合うきっかけを生み出した。食を通じて実践される、温かく小さな多文化共生の取り組みに迫る。
学食に「違い」を受け入れる土壌。東北大学のハラル対応事例

東北大学の学食では、2018年からハラルメニューの提供を本格的に始めた。ハラルとは、イスラム教の戒律に従って調理された食事のことで、豚肉やアルコール、特定の添加物などが使用されていない。
大学の学食としては全国的にも早い時期の導入であり、多くの留学生から歓迎された。この取り組みの背景には、学内の留学生、特にイスラム圏出身の学生からの要望があった。彼らにとって、毎日の食事は異文化の中で感じる大きな課題の一つだったのだ。
この取り組みは、「特別な料理」として隔離されたものではない。ハラルメニューは、他の通常のメニューと並んで陳列されており、イスラム教徒の学生だけでなく誰でも自由に選べるようになっている。ハラル食が特別なものではなく、多くの選択肢の中の一つとして自然に受け入れられる環境が作られているのだ。
こうした開かれた姿勢は、学生間のコミュニケーションを促進し、文化的な垣根を越えた交流のきっかけを生み出している。
ハラル対応は、調理方法にも細心の注意が払われている。食材は信頼できる供給元から仕入れられ、ハラル対応の調理器具や食器は、そうでないものと明確に分けられている。食材の保管場所も厳格に管理され、交差汚染(コンタミネーション)が起きないよう細心の注意が払われているのだ。また、メニューにはハラルであることを示すマークが表示され、安心して食事を選べるよう配慮されている。
さらに、東北大学では学食での配慮だけでなく、信仰生活全体を支えるための仕組みも整えられている。学内に礼拝スペースが設けられ、イスラム教徒の学生が日々の祈りを捧げることが可能だ。異国の地で生活する留学生にとっては、精神的な安心感につながっている。彼らが「自分たちはこのコミュニティの一員である」と感じられるような環境づくりが、大学全体で進められているのだ。
ハラルメニューは、イスラム教徒以外の学生にも食の多様性への関心を高めるきっかけとなっており、友人との文化的な交流を促す効果も期待されている。東北大学の学食は、今や食事をするだけの場所にとどまらず、多様な背景を持つ人々が自然に交流し、互いの「違い」を認め合う土壌となっている。それは、多文化共生を実践する上での小さな、しかし力強い一歩だといえるだろう。
なぜ今、大学に多文化共生の仕組みが求められるのか

近年、日本の大学における留学生の数は増加の一途をたどっている。特に、イスラム圏の国々からの留学生も増えており、彼らが日本で安心して学べる環境を整えることは、大学にとって重要な課題となっているのだ。
留学生は大学にとって貴重な人材であり、本国に戻った後も日本との架け橋となることが期待されている。しかし、そうした期待に応えるためには、彼らが日本での生活にストレスを感じることなく、学業に専念できる環境が必要だ。
日本でイスラム教徒が直面するのは、日々の生活における「小さな不便」の数々だ。食べ物の選択肢が限られていたり、礼拝の場所がなかったり、豚肉やアルコールの使用が意識されない環境に戸惑ったりする。こうした小さなストレスは、積み重なることで精神的な孤立や疎外感につながる可能性がある。留学生活の初期段階でこうした課題に直面すると、学業へのモチベーションを失うことにもなりかねない。
一方で、今のZ世代を中心に、多様性に対する感度は高まっている。性別・国籍・宗教の違いは当たり前のことであり、大学がそうした多様な背景を持つ学生を受け入れ、尊重する姿勢を示すことは、大学の価値を高める重要な要素となっている。また、多様な文化や価値観に触れることは、すべての学生にとってグローバルな視野を育む貴重な経験にもなる。
このような状況において、大学は知識を教えるだけの場所にとどまらず、より良い社会のあり方を実践する場として、その役割が期待されている。多文化共生の仕組みを積極的に導入することで、すべての学生が、異なる文化や価値観を持つ人々と共に生きるための態度やスキルを学ぶことにつながる。大学がソーシャルインクルージョンのモデルとなることで、学生たちは社会に出てからも、多様な人々との協働を円滑に進めるための土台を築けるのだ。
学食のハラルメニューは、そのための第一歩として大きな意味を持っている。それは、単に学生を「受け入れる」だけでなく、学生同士が「理解し合う」ための土壌を育むことにつながっている。
制度にしないと続かない。共生の定着に向けた課題と展望

東北大学のハラルメニュー提供は成功事例として注目されているが、その運営には課題も多い。特に、個々の担当者の熱意や善意に依存する「属人的な運営」では、継続的な発展が難しいという側面がある。人事異動などで担当者が変わった際、それまでのノウハウが失われたり、運営の質が低下したりするリスクは避けられない。また、ハラル食材の安定的な確保や調理スペースの分離など、運営にはコストもかかる。
これらの課題を解決し、多文化共生を大学全体、ひいては地域社会に定着させるためには、一時的な取り組みではなく「制度」として仕組みを構築していくことが不可欠だ。予算を恒常的に確保し、専任の担当者を配置、全学的なガイドラインを策定することで、安定した運営が可能になる。制度化された仕組みがあれば、たとえ担当者が変わっても質の高いサービスを継続して提供できる。
こうした取り組みは、東北大学だけでなく、全国の大学や自治体でも広がりを見せている。他大学では、ハラル認証を取得した専用の食堂を設置したり、地域のイスラム協会と連携して情報提供を行ったりするなど、さまざまなアプローチが試みられている。また、自治体によっては、地域全体でハラル対応を進めるための補助金制度を設けるなど、行政レベルでの支援も始まっている。
大学内での成功事例は、地域社会や企業へと波及する可能性を秘めている。例えば、大学でハラル対応を経験した学生が、卒業後に企業でその知識を活かしてインクルーシブな職場環境づくりに貢献するかもしれない。また、大学と地域の企業が連携し、ハラル対応の食品開発やサービス提供を行うことも考えられる。地域全体の経済を活性化させるとともに、より多様な人々が暮らしやすい社会を築くことにつながっていくだろう。
多文化共生は、一部の人々のためだけの特別な配慮ではない。それは、すべての人が自分らしく生きられる社会を築くための共通の目標だ。そして、その実現には、個人の善意に頼るだけでなく、誰もが安心して活動できる「制度」と「仕組み」が不可欠である。東北大学の学食の取り組みは、そのことを私たちに静かに、しかし力強く教えてくれている。
Edited by k.fukuda





















丸山 瑞季
大学で国際コミュニケーション学を専攻。卒業後はデジタルマーケティングに携わり、現在は難聴児の子育てに奮闘しながら、楽しく生きることをモットーに在宅で働く。関心のあるテーマは、マインドフルネス、ダイバーシティ、心理学。趣味は、食べること、歩くこと、本を読むこと。( この人が書いた記事の一覧 )