アニマルウェルフェアとは
アニマルウェルフェアとは、国際獣疫事務局(WOAH)によって「動物が生きて死ぬ状態に関連した、動物の身体的及び心的状態」と定義されており、日本語では「動物の福祉」と訳される。つまり、家畜を含めた人間の管理下にある動物たちは、一生をその動物らしい生き方で伸び伸びと生きるべきだという考え方だ。
特に効率を重視する近代の畜産業では、家畜本来の行動欲求を制限するような飼育が大きな問題となっている。過酷な環境で育った家畜は病気になりやすく、それらの命をいただく人間もまた、心身を病んでしまった畜産物を口にするのだ。
環境を整えることで家畜の健康状態は向上し、生産者たちも余計な薬剤の投与がなくなることや、命を育んでいる実感がわくなどアニマルウェルフェアは動物にも人間にも配慮した考え方である。
アニマルライツとの違い
アニマルウェルフェアと似た言葉に「アニマルライツ」があり、これは「動物の権利」を意味する。アニマルウェルフェアは、あくまでも「動物たちが一生を快適に過ごす」ことを目的としているため、人間の生活における動物の利用を否定していない。一方、アニマルライツは、野生も含めたすべての動物を対象としている。人間からの苦痛を強いられることなく、動物らしく生きる権利があるとし、毛皮や家畜としての利用をなくしていこうという考え方である。
動物愛護との違い
日本でもよく知られている動物愛護は、「愛らしい」や「かわいそう」という人間の感情が主体となって動物を保護することを唱えている。そのため最終的に殺生を行い、人間に食べられてしまうことのある家畜には当てはめられないのだ。一方、アニマルウェルフェアは、人間の感情とは関係なく動物の飼育環境を整えようとする考え方である。つまり、主体が人間か動物かという点で双方の意味合いは異なっている。
5つの自由
アニマルウェルフェアは、1960年代のイギリスから広まったとされる。効率を重視した工業的な畜産への批判を受け、イギリス政府は「すべての家畜に、立つ、寝る、向きを変える、身繕いする、手足を伸ばす自由を」と提唱。のちに以下のようなアニマルウェルフェアの基本原則「5つの自由」へと発展していく。
●飢え、渇き及び栄養不良からの自由
●恐怖及び苦悩からの自由
●物理的及び熱の不快からの自由
●苦痛、傷害及び疾病からの自由
●通常の行動様式を発現する自由
これらはアニマルウェルフェアにおける指標として、世界の共通認識になっている。
なぜアニマルウェルフェアが必要なのか
年々その重要性が認知されるようになっているアニマルウェルフェア。世界で注目を浴びているこの概念が、なぜいま必要とされているのだろうか。
家畜の心身へのストレス
生産性を重視した畜産業界の現状は悲惨なものである。例えば採卵鶏の飼育において、日本では「バタリーケージ」が主流になっており、体よりも小さなケージに1羽ずつ入れられ、それを何段にも積み重ねて育てられている。また養豚場では、妊娠期の母豚が誤って子豚を踏みつぶしてしまわないように、「妊娠ストール」という檻を使って動けないようにしている。
これらの飼育方法は動物の自然な行動欲求を著しく制御するもので、方向転換すらできず、相当なストレスがかかっていることが指摘されている。
ESG投資との関係
ESG投資は、投資家たちが企業活動における環境(Environment)、社会(Society)、統治(Government)の面を総合的に評価して行う投資である。投資家たちは企業の方針から実際の取り組みまでを見て、短期的な財務リターンだけではなく、ESGの観点から長期的に還元があるかどうかも考える。
特に気候変動や環境汚染など様々な問題にも関わる畜産業界において、生産者がどのように課題へ向き合い、取り組んでいるかを重要視しており、アニマルウェルフェアもその重要な指標の一つとして注目が集まっている。
海外の取り組み
ヨーロッパは特にアニマルウェルフェアへの意識が高いことで知られている。中でも、イギリスは2006年にアニマルウェルフェア法を定めるなど、アニマルウェルフェアに関する政策が進んでいる国の一つだ。
世界ではスイスをはじめ、EU加盟国、アメリカ各州、オーストラリア、ニュージーランド、ブータン、インドで鶏のバタリーケージを禁止。また母豚の妊娠ストールも同じようにEU加盟国、スイス、アメリカ各州、オーストラリア、ニュージーランド、カナダで禁止となっている。
この分野では遅れをとるアジア諸国でも法改正へ向け積極的に見直したり、民間企業によるバタリーケージ、妊娠ストールの自主廃止の流れも加速しており、世界中で取り組みが急速に進んでいる。
日本の現状
世界の多くの国で実際にアニマルウェルフェアの取り組みや対策を行う一方、日本ではほとんど知られていない状況だ。いったいなぜこのような事態になっているのだろうか。
取り組みが遅れている理由
欧米の先進国では、既に法律によって特定の飼育方法を禁止した国もある。しかし、日本にはアニマルウェルフェアについて法的強制力のある取り決めが存在しないため、諸外国と比べ対応に大きな遅れを取ってしまっているのだ。国際NGOワールドアニマルプロテクションによる各国のアニマルウェルフェア施策の評価において、7段階評価で日本は中国などと並び5番目の「E」評価にとどまっている。
日本においても後述のように「指針」としての制度は確立されつつあるが、これらはあくまでも考え方を示したり実施を推奨するもので、法の整備には至っていない。このことから、一般消費者に「アニマルウェルフェア」という考え方が浸透していないことも、取り組みが進まない原因の一つだ。
日本の取り組み
農林水産省はアニマルウェルフェアに配慮した飼養管理の普及を目指し、「アニマルウェルフェアに関する飼養管理指針」を公表した。これは家畜ごとに飼育方法などが細かく策定され、チェックリストも作成されている。さらに、一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会が認証制度を確立しており、認証を受けた製品や牧場は「アニマルウェルフェア認証マーク」を掲げることができる。
また、関係者による定期的な意見交換会を行い、会議資料や議事要旨を公開するなど、国においてもアニマルウェルフェアに関する取り組みや制度は徐々に増えつつある。
企業の取り組み
ESG投資においても重視されることから、企業によるアニマルウェルフェアの取り組みは加速している。世界や日本の企業では実際どのような取り組みが行われているのだろうか。
マクドナルド
2015年、今後10年間でアメリカ国内の店舗で使用する卵を100%ケージフリー卵へ移行することを宣言し、2023年には、2025年の目標よりも2年も早く達成したと発表した。また、提供している鶏肉はすべて健康や福祉の面に配慮する方法で育てられたニワトリを使用。
世界規模のサプライチェーンによって大掛かりな取り組みを促進し、ステークホルダーに対して透明性の高い情報提供を行っている。
日本ハム
養豚食肉生産事業において妊娠ストールを廃止し、飼育環境や品質の向上のため、農場や処理場にカメラを設置している。またオーストラリアでの牛肉事業では、牛を直射日光から避ける日除けを設置したり、衛生的に配慮された安全な水や飼料を与えている。
さらにトルコでの養鶏事業では、十分な飼養スペースの確保や室温調整、適正な換気などの配慮を行っている。
コープ自然派
生産者と協力し、平飼い卵や山林で放牧した牛の牛乳などを提供している。ニワトリは自然な光や風が入る鶏舎で自由に動き回り、牛は放牧地で自然環境とともに伸び伸びと過ごしているため、動物本来の生活を営みむことでストレスフリーな状態で育っている。
豚の繁殖農場では「フリーストール」を採用することで母豚が自由に動ける状態になり、肥育農場はすべてが開放型の豚舎になっている。
メリット
人間の管理下に置かれた動物でも幸せな一生を送ることを目指すアニマルウェルフェア。その実現は結果的に、動物だけでなく、生産者、消費者にもメリットが生まれる。
生産者の喜び
過酷な飼育方法によって動物たちが苦しむ姿を見ることは、生産者にとってもまた心苦しいものである。
動物が自然に囲まれた環境で、生まれ持った本能に従って伸び伸びと過ごしている様子は、生産者自身が命を育んでいるという実感を持たせてくれる。また動物たちとの信頼関係や絆が生まれ、日々の中で癒しを感じることもできる。
食の安全性が向上する
ストレスの多い環境で育つ動物は病気になりやすいため、飼料に抗生物質などの薬剤が投与されることがある。しかし、飼育環境を良好に整えることで動物たちの健康状態は格段に向上するため、投薬の必要がなくなり、質のいい飼料だけで育てることができる。これは結果として、私たち消費者にも安全な畜産物が提供されることになる。
企業や商品のイメージアップ
人々のエシカル消費への関心は年々高まっており、価格や性能だけでなく、商品やサービスが環境や社会に十分配慮されているものかを消費者は見極めようとする傾向にある。
そのため、アニマルウェルフェアを実践している企業や商品は、そういったエシカルな観点での評価を得ることができ、人々によいイメージを抱いてもらいやすい。
課題
多くのメリットがある一方で、企業がアニマルウェルフェアの取り組みを行うには、コスト面において現実的に難しい場合もある。
まず、アニマルウェルフェアの実践には、今よりも広い農場や動物が快適に生活できるような設備が必要となり、多大な設備投資をしなくてはいけない。また、広大な範囲で飼育することや、動物たちを丁寧にケアするためには、人手を増やす必要があり、人件費の増加も背負わなくてはならない。
そのため、アニマルウェルフェアに配慮した製品は、従来のものより価格を上げざるを得ないが、アニマルウェルフェアがあまり浸透していない日本では、価格が高いそれらの製品は消費者から選ばれにくい傾向にある。欧州諸国では、アニマルウェルフェアを実施する農場への資金面での支援などがあるが、日本ではそのような政府による支援がないのが現状だ。アニマルウェルフェアを推進するには、コスト面および価格面での課題を解決することが求められるのではないか。
まとめ
アニマルウェルウェアにおいて世界から大きく遅れをとっている日本だが、最近では指針を策定するなどの動きも見られる。今後、より具体的な施策が進めば、一般消費者の間でもアニマルウェルフェアの認知度が高まり、アニマルウェルフェア推進の動きはさらに加速するだろう。
人類の歴史は家畜とともにあり、工業化する近代以前には、家畜を大切に育て共に生きてきた。だが、あまりにも工業化・商業化しすぎてしまった現代では、食と動物とのつながりを感じることが難しくなっている。そのような中で、私たち人間も、牛や豚、ニワトリたちも、誰もがそれぞれの人生を謳歌するためには、何ができるだろうか。まずは、スーパーに並ぶ「商品」のルーツを考えることから始めてみるのもよいかもしれない。
参考文献
アニマルウェルフェアとは何か?|AWFC JAPAN
アニマルウェルフェアについて|農林水産省
アニマルウェルフェア畜産協会
全国肉用牛振興基金協会
アニマルウェルフェアに関する新たな飼養管理指針のポイント
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