ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)とは?概念が生まれた背景や社会的排除が起きる原因、日本や世界の取り組み事例をご紹介

ソーシャルインクルージョンとは・意味

ソーシャルインクルージョンとは、社会的な参加や統合を促進し、すべての人々が社会の一員として尊重され、その権利を享受できる状態を指す。この概念は、特に社会的に弱い立場の者が直面しがちな障壁を取り除き、平等な機会を提供することに焦点を当てている。教育・雇用・健康・住居といった基本的な社会サービスへのアクセスを改善することで、社会的包摂を実現しようとする動きが世界中で見られる。

対照的な概念として「社会的排除」がある。これは、特定の個人や集団が経済的・社会的な活動から疎外され、社会の恩恵を受けられない状況を指す。社会的排除は、貧困・失業・差別・障害など多様な要因によって引き起こされる。

ソーシャルインクルージョンの取り組みは、こうした排除の状況を克服し、すべての人が社会の完全なメンバーとして機能できるようにすることを目指している。ソーシャルインクルージョンを推進することは、持続可能な社会を構築するための基盤となり、社会全体の福祉の向上に寄与するだろう。

ノーマライゼーションとの違い

ソーシャルインクルージョンは、社会のあらゆる構成員が平等に参加し、貢献できる状態を目指す考え方である一方、「ノーマライゼーション」は特定の社会的弱者が標準的な生活を営むことを目標とする。

ソーシャルインクルージョンは単に「普通」の生活を送ることを超えて、多様性を受け入れ個々人の能力や特性を社会全体で価値あるものとして認めることに重点を置いているのだ。

ソーシャルインクルージョンが生まれた背景

ソーシャルインクルージョンの考え方は、戦後のフランスにおいて、経済成長の中で生じた社会的な断絶や不平等を克服するために生まれた。

その頃のフランスでは、国家が積極的な役割を果たし、社会的連帯を重視する政策が展開された。その後、ヨーロッパ連合(EU)の社会政策にも影響を与え、経済的な統合だけでなく、社会的な統合を目指す方針が打ち出されたのだ。

日本においても、1990年代後半からソーシャルインクルージョンの概念が注目され始めた。少子高齢化や経済の停滞、そして格差の拡大といった社会問題が浮き彫りになる中で、社会参加の機会を保障し、誰もが支援を受けられる環境を整えることが重要視されるようになったためだ。

また非営利団体や地方自治体を中心に、多様なバックグラウンドを持つ人々が共生するコミュニティ作りが進められており、ソーシャルインクルージョンは日本の社会政策においても重要な位置を占めている。

社会的排除はなぜ起きるのか

社会的排除が生じる原因は多岐にわたる。個人の意思でコントロールできない様々な要因が絡み合い、一部の人々を社会から追い出そうとする事態を招いている。

まず、障害の有無が挙げられる。障害を持つ人々は、物理的なバリアや偏見、情報へのアクセス不足により、社会参加が制限されることがある。あるいは、居住地が原因となる場合もある。地域によっては、教育や医療、雇用の機会が限られており、これが社会からの孤立を招くことがあるのだ。

家庭環境の影響も見逃せない。経済的困窮や家庭内暴力、教育の機会不足などが、個人の社会的地位を低下させることがある。また、失業は社会的排除を引き起こす大きな要因の一つになり得る。安定した収入がないことで社会的ネットワークが失われ、自尊心や社会への帰属意識が損なわれる。

さらに、災害は人々の生活基盤を破壊し、コミュニティからの分断をもたらすことがある。これらの要因は個人だけでなく、家族や地域社会にも影響を及ぼし、社会的排除を深刻化させる。

社会的排除は単一の原因によって生じるのではなく、これらの要因が相互に作用し合いながら形成される。そのため、ソーシャルインクルージョンを推進するには、これらの要因を総合的に理解し、対策を講じる必要がある。社会全体でこれらの問題に取り組むことが、誰もが参加しやすい包摂的な社会を実現するための一歩となるだろう。

日本の現状と課題

ソーシャルインクルージョンの観点から見ると、日本は多くの困難を抱えている。相対的貧困率はOECD諸国の中でも高い水準にあり、特に子どもの貧困は深刻な社会問題となっている。また、障がい者の雇用に関しては法定雇用率2.5%(2026年7月より2.7%)を定めているにも関わらず、依然として雇用の機会が限られている。実際の職場での受け入れ体制も十分とは言い難い状況だ。

失業問題も根深く、特に若年層や中高年層の再就職の難しさは、経済的な困窮をもたらす要因の一つとなっている。さらに、震災などの自然災害によって住居を失ったり、地域コミュニティからの社会的排除を経験する人々も少なくない。

これらの課題に対する取り組みは、現状では障がい者を主な対象としているものが多く、その範囲も限定的であることが問題とされている。

例えば、障がい者福祉サービスの利用が可能なのは、あくまで障がいのある人々に限られており、サービスを必要とする多くの人々が支援の枠外にとどまっている。また、サービスの利用にあたっては、多くの場合で障がいの程度や種類によって利用できるサービスが異なり、個々のニーズに十分応えられていないのが実情である。これらの状況は、ソーシャルインクルージョンを推進する上での大きな障壁となっており、包括的な支援体制の構築が急務であると言えるだろう。

社会包摂に向けた日本の対策

社会包摂に向けた日本の対策として、特に注目されるのが「退職年齢の引き上げ」と「障害者雇用促進法」の2点である。これらは、社会のあらゆる層が働きやすい環境を整え、誰もが社会参加できるようにするための重要な施策だ。

まず「退職年齢の引き上げ」は、高齢者が長く働けるようにするための措置である。日本は急速に進む少子高齢化に直面しており、労働力不足が社会的な課題となっている。この問題に対処するため、政府は企業に対して退職年齢を65歳以上に設定するよう推奨している。これにより、高齢者が経験やスキルを活かして働き続けられる環境が整いつつある。

次に「障害者雇用促進法」は、障害を持つ人々がより多くの就労機会を得られるようにするための法律である。この法律により、一定規模以上の企業は障がい者を2.5%以上(2026年7月より2.7%以上)雇用することが義務付けられている。また、障がい者の能力に応じた職場環境の整備や、就労支援サービスの提供など、障害があっても安心して働ける体制作りが進められている。

これらの取り組みは、社会全体での包摂を促進し、多様な人材が活躍できる基盤を築くことが期待されている。

世界の取り組み事例

障害の有無に関わらず、すべての人が社会の一員として参加し、貢献できる環境を整えることを目指した世界各国の事例として、以下の3つを紹介する。

フィンランドのインクルーシブ教育

フィンランドのヌンメラという町にあるクオッパヌンミ学校は、障がいのある子どもや移民の子どもを含むすべての子どもが地域の学校で学べる「インクルーシブ教育」を提供している。2004年に開校し、小中一貫校として、多様な生徒が必要な支援を受けながら学んでいる。

インクルーシブ教育の目的は、多様性を尊重し、障害を持つ人々が精神的・身体的な能力を最大限に伸ばすことで、社会に積極的に参加できることだ。

しかし、教員の間ではインクルージョンの行き過ぎに対する議論があり、人材不足が課題となっている。十分な支援体制が整っていない場合はインクルージョンを行わず、スモールクラスでの学習を推奨しており、子どもたちにとって最適な学習環境を模索し続けている。

ロイズ銀行「手話アプリで顧客サポート」

イギリスのロイズ銀行は、AR技術を活用した手話翻訳アプリ「Signly」を試験導入し、英国手話(BSL)を使用する聴覚が不自由な利用者への支援を強化した。

BSLを使用する人々はコミュニケーションに困難を抱えているが、Signlyは文書をBSLに翻訳し手話で視覚化する機能を提供する。ロイズ銀行はこのアプリを通じて、25万人以上いるBSL利用者に対し、金融資料の翻訳やその他の支援サービスを提供している。

マイノリティな立場にある人々を見逃さず、ファイナンシャル・エクスクルージョンへの障壁を取り除くことを目指している。

Google「視覚情報を音声で知らせるAIメガネ」

オランダのスタートアップ企業「Envision」は、Googleのメガネ型端末にAIによる読み上げサービスの搭載を発表した。視覚障害を持つ人たちの生活から限りなく「障害」を取り除き、自由で自立した生活を送ることを可能にする。

日本語を含む世界60以上の言語に対応したこのメガネ型端末は、かけるだけでAIが文章だけでなく、周囲の風景や状況、色、人の顔までを認識し音声で読み上げてくれる。視覚に障害があっても自分らしく生活し、働き、生きるために欠かすことのできない大きな一歩となるだろう。

企業の取り組み事例

すべての人々が平等に社会に参加し、その能力を発揮できる機会を提供する企業の取り組み事例として、以下の3つを紹介する。

P&G

P&Gは、すべての人に平等な機会を提供し、インクルーシブな職場と世界を目指している。互いを尊重し、学びや成長の機会を平等に提供することを経営戦略の一環としている。

ジェンダー平等・LGBTQ+の理解促進・障がい者のインクルージョン・人種と民族の平等に向けた取り組みを通じて、経済の成長と社会の健全化を目指し、イノベーションを生み出し続けることが目標だ。平等な未来を築くために多様性を受け入れ、活用することで、誰もが自分らしさを受け入れられる世界の実現に努める。

高齢社

日本が超高齢社会に突入し、社会保障費の抑制と労働人口の確保が急務となる中、高齢者の就労が重要な課題となっている。この状況に応えるため、定年退職後のシニア層を対象にした人材派遣会社「高齢社」が2000年に設立された。

690名のシニア人材を登録し、主にガスメーター検針やメンテナンス業務を提供している。代表の上田研二氏は、高齢者の経験と技能を活かすことを目的に会社を創業し、10年で売上を10倍以上に伸ばした。

高齢社は、高齢者の就労を支援する国の方針に沿い、シニア層の社会参加と生きがいを提供することで、社会的な課題解決に貢献している。

パーソルサンクス

パーソルサンクス株式会社は、2017年6月1日に群馬県富岡市で障がい者による養蚕事業「とみおか繭工房」を開始した。富岡市の支援のもと、障がい者が桑園管理から蚕の飼育、和紙作りまでを手掛ける。

群馬県の養蚕業は伝統産業でありながら、高齢化と需要減で衰退している。パーソルサンクスは障がい者の雇用を地方で拡大し、養蚕業の活性化と障がい者の就労機会創出を目指す。

まとめ

社会的排除を防ぎ、すべての人が参加しやすい環境を作ることを目指すソーシャルインクルージョンの考えは、多様な社会の実現に不可欠である。多様な人々や価値観が共存できる社会は、そこに暮らす人々の安心感につながるだけでなく、コミュニティの強靭さの源泉にもなるはずだ。

生まれ育った環境や身体的な特徴などを理由として、社会から排除されることがないように、そして、社会やコミュニティが「異なるもの」との線引きのためではなく、それらを内包する寛容な器であるように、今一度社会のあり方を問い直したい。

参考記事

フィンランドのインクルーシブ教育って、どんな感じ?多岐にわたる支援を必要とする地域の子どもたちが通う小・中一貫校の先生に聞きました。|先生の学校
EQUALITY & INCLUSION(平等な機会とインクルーシブな世界の実現)|P&G
高齢社
パーソルサンクスが富岡市で障がい者による養蚕事業「とみおか繭工房」の開所式を開催|PERSOL(パーソル)グループ

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