多文化共生をすすめる伊勢崎市

60カ国と暮らすまち。伊勢崎市が育む多文化共生のリアル vol.9 【群馬県伊勢崎市】

※今回、伊勢崎市市民部国際課さまに取材にご協力いただきました。令和7年度より国際課が多文化共生課になりましたが、本文中では取材時点での名称および役職名で記載しています。

日本国内の外国人労働者数は令和6年10月末時点で230万2,587人に達し、過去最高を更新した。(※1)この背景には、加速する少子高齢化に伴う労働力不足がある。こうした状況から、昨今多くの自治体が「多文化共生」を地域の重要課題として掲げている。

※1 別添2「外国人雇用状況」の届出状況まとめ【本文】(令和6年10月末時点)

県内で最も外国籍住民を有する伊勢崎市

群馬県伊勢崎市は、県内最多の外国籍住民を抱える。令和6年末時点で、その数は1万6,389人。市の総人口に対する割合は7.73%にものぼり、年々その比率は上昇している。

外国籍住民が多い理由の一つに、伊勢崎市が関東有数の工業集積地であることが挙げられる。市内には17の工業団地・流通団地が存在し、自動車部品、電気機器、食品加工などの製造現場では外国人労働者の存在がいまや不可欠だ。

平成2年の出入国管理及び難民認定法の改正を契機に、日系ブラジル人・ペルー人の流入が増加。その後、平成29年の技能実習法の施行を受けて、ベトナムやインドネシアなど東南アジアからの就労者も増え続けている。国別にみると、最多はベトナム(3,484人)、次いでブラジル(3,325人)、ペルー(2,352人)、フィリピン(2,042人)、中国(640人)、ネパール(558人)となっている。※国籍別人口は令和6年4月1日現在

かねてより外国籍住民が多い地域であることから、伊勢崎市では早くから受け入れ体制を整えてきた。平成3年には、市役所内に「外国人相談窓口」を設置。言語の壁を越えて、生活上の困りごとに対応する体制を構築した。

一方で、生活習慣の違いから、ゴミ出しルールや夜間の騒音、町内会への不参加など、地域のなかで摩擦が生じることもある。

日常の「悩み」を知る。多文化共生キーパーソン制度のはじまり

こうした課題に対応すべく、伊勢崎市が令和3年に始めたのが「多文化共生キーパーソン制度」だ。ベトナム、ブラジル、フィリピンなど住民数が多い国を中心に、コミュニティ内で情報拡散力をもつ住民7名を第1期キーパーソンに認定。2年間の任期の間、開始当初は新型コロナウイルスに関する注意喚起動画を多言語で作成し、Facebookなどを通じて広く発信した。

「キーパーソンの方々は、日中は働いているので、会議はいつも夜に行います」と市民部国際課多文化共生係長は説明する。

キーパーソン会議は年に2〜3回実施され、日常生活における課題や多文化共生フェスタの内容について議論を重ねる。「日本語教室が開かれている休日は、子どもの面倒があるから、日本語の勉強ができない」といった生活の中の困りごとは、実際に声を聞かないとわからないことも多い。行政側も何をすればいいのか、当事者の話を聞いて初めてわかることもある。

「外国人は文化の違いから日本社会で能力を発揮できていないこともある。生活習慣の違いを知ってお互いの理解を深めることで、大人も子どもも能力を発揮しやすい環境を作ることが重要」 といった率直な意見が飛び交うことで、実態に基づいた多文化共生が進行している。

多文化共生キーパーソン会議の様子 提供:伊勢崎市

「少子高齢化が進む日本では、外国人の労働力が不可欠となっており、共生の重要性を理解している人は多い。しかし、自らの地域内でルールが守られないと、厳しい対応を取ってしまうのではないか」と係長は語る。

「それぞれの国民性を知り、お互いが歩み寄ることが求められます。地域のルールを守ってもらうことを前提としつつ、日本人側も初めから拒絶するのではなく、寛容さを持つことが重要」とも述べている。

日本人は控えめな国民性であるため、きっかけがなければ交流が始まりにくい。一方、外国人は比較的フレンドリーであり、話しかけてもらえれば自然と関係が築かれるのではないか、という意見がキーパーソン会議でも挙がっている。「ゴミ捨ての際など、日常の些細な場面での会話から近所付き合いが始まり、外国人も地域に溶け込んでいくことが理想的」という声もある。コミュニケーションのあり方も、それぞれのバックグラウンドによって大きく異なるが、60か国を超える国籍の住民が共存する地域では、「最初の一歩」が何よりも重要である。実際、子ども同士の交流が親を結びつけ、家族ぐるみで町内に溶け込んでいる例も見られる。

第2期キーパーソンの活動では、コロナ禍が落ち着いたこともあり、日常生活、就業、子育てに関する課題やその解決策について意見交換が行われている。課題解決には時間を要することもあるが、生活習慣や文化の違いから生じる困難を共有できる場の存在は、多文化共生において重要な意義をもつ。

「できないのではなく、知らないだけ」多文化共生まちづくりリーフレット

キーパーソン会議での発案がきっかけとなり誕生した施策の一つが、「多文化共生まちづくりリーフレット」である。ごみ出しや騒音など、日常生活におけるトラブルを紐解くと、「できないのではなく、知らないだけなのではないか」という気づきが出発点となった。

国や地域によって、生活のルールや習慣は大きく異なる。たとえばごみ出しの方法一つとっても、日本とは違うケースが多い。日本のルールを知らないがゆえに守れないという実態がある以上、まずは「知ってもらう」ことが必要だと考え、リーフレットの制作が始まったのだ。

リーフレットの内容は、ごみ出し、交通ルール、学校教育など、地域内で摩擦が起こりやすい8項目に絞って構成されている。これらはすべて、日常生活における困難や悩みをもとに、キーパーソン会議の議論を通じて選定されたものである。

多文化共生リーフレット 提供:伊勢崎市

「まずは『これ、なんだろう?』と思ってもらうことが第一歩であり、『ちょっと面白いかも』と感じてもらうことが大切だ」と国際課長は語る。記憶の片隅に留まり、いざという時に思い出してもらえることを意識したという。

「リーフレット作成による即効的な効果は大きくないが、日本人にも多様な国民性を知ってもらうことで、共生の第一歩につながる」と係長は述べている。生活習慣における「あたり前」は国によって異なるため、お互いの「あたり前」を共有することが多文化共生への重要な一歩となるのだ。

令和5年4月には、日本語版を市内の各家庭にも配布した。「ブラジルの人はパーティーが賑やか」「日本人は夜は静かにしたい」といった相互理解のきっかけを提供している。キーパーソン会議で出された意見から、外国人経営の店舗など人が集まりやすい場所にもリーフレットは配布された。

さらに、より確実に周知するために、転入時の生活ルール周知にも取り組んでいる。代表的な生活ルールを紹介する約10分間のアニメーション動画を作成し、市役所での手続き時に視聴してもらう工夫をしている。また、YouTubeでも日本の生活ルールに関する情報を公開している。

災害対応においても、防災対策が進められ、多国籍の災害時外国人支援ボランティアを募り研修を実施するなど、日本人も含め、多文化共生の意識が伊勢崎市では着実に根づきつつある。

出会い、交流することで「知る」。多文化共生フェスタ

令和5年度から、地域全体に多文化共生の意識を広げることを目的に「多文化共生フェスタ」を開催している。令和6年度は市誕生20周年の節目とも重なり、市内の施設を会場に大々的に実施された。「世界の料理・屋台村」では多国籍料理が並び、各国の伝統舞踊のステージも催され、市内外から老若男女およそ1,000人が来場した。

会場には、多文化共生キーパーソンが中心となって自国を紹介するパネルも設置された。

多文化共生フェスタ
各国の文化を紹介するパネル展 提供:伊勢崎市

「『ブラジル=サッカーやサンバ』といった固定観念を越えた文化の紹介がありました。実際には、サンバよりブラジルの田舎で親しまれているダンスの方が国内では一般的のようです。キーパーソンも含め、自国の文化を発表する機会があまりないなかで、このようなイベントができることは、ご本人たちにとっても貴重な機会です」と多文化共生係職員は言う。伝統衣装を着用してステージに立つことを誇りに感じ、来場者と記念撮影をしたり、交流が自然と生まれるきっかけにもなっている。

多くの人々は、特定の国に対して一面的なイメージを抱いていることが多い。フェスタでは、そうした先入観を超えて、多様な文化を直接体験し「知る」機会を提供する。国籍や年齢、性別を問わず、様々な人が様々な目的で訪れており、まさに伊勢崎市が目指す「文化の共有」と「交流のきっかけづくり」が実現している。

外国人レストランMAP 提供:伊勢崎市国際交流協会

また、市が事務局を担う伊勢崎市国際交流協会では「外国人レストランMAP」も作成している。MAPにレストランの情報を掲載することで、外国人経営のレストランに対する心理的ハードルを下げ、より気軽に足を運べるようにすることが狙いである。MAPを提示するとサービス特典が受けられるなどの仕組みとなっており、市役所、道の駅、図書館をはじめ、市営施設の多くで配布している。「食を通じた交流は、多文化共生の入口として非常に有効な手段として機能している」という。

「知ること」からはじまる共生の一歩

「多文化共生」という言葉は一見美しく響くが、現実はもっと地道で、試行錯誤の連続である。伊勢崎市では外国籍住民が増えるなかで、行政と住民が協働しながら、多文化共生を地域に根づかせる取り組みを重ねてきた。だが「本当の意味で共生が実現していれば、この言葉すら不要になるのでは」と課長は語る。子どもたちの中には国籍の違いを意識せず、自然に溶け合っている姿がある。そうした世代の育成が、これからの社会を変えていく。

一方で、成人世代には文化的な「免疫」がなく、慣れや時間が必要であることも事実で、試行錯誤しながら地道に取り組んでいく必要があると語る。制度や支援だけでなく、隣に住む人を「知ること」から全ては始まる。フェスタや出張日本語教室、外国人レストランMAPなどの取り組みは、文化の共有と交流のきっかけを生み出している。

多文化共生とは、国籍や言語を超え、互いに関心を持ち、互いの「あたり前」を学び合う姿勢そのもの。時代に合わせて取り組みをアップデートしながら、誰もが安心して暮らせるまちを築く伊勢崎市の挑戦は続いている。

参考記事
みんなでつくろう伊勢崎市多文化共生のまちづくりリーフレット|伊勢崎市
外国人レストランマップを更新しました!|伊勢崎市

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k.fukuda
大学で国際コミュニケーション学を専攻。これまで世界60か国をバックパッカーとして旅してきた。多様な価値観や考え方に触れ、固定観念を持たないように心がけている。関心のあるテーマは、ウェルビーイング、地方創生、多様性、食。趣味は、旅、サッカー観戦、読書、ウクレレ。