
現在に至るまで、地球では数えきれないほど多くの生き物たちが絶滅してきた。一つの種の滅亡は、時間をかけながら地球全体にまで影響を及ぼしていく。
今回は、地球の生物多様性を守る取り組みの一つ、「生息域外保全」について掘り下げていく。絶滅を防ぐ活動が抱える課題を知り、専門家たちの取り組みをより身近に感じてみよう。
最後の砦。“生息域外保全”の役割

絶滅危惧種は、国際自然保護連合や環境省によってレッドリストに記載される。レッドリストでは、すでに絶滅した種類(EX)から絶滅のおそれのある地域個体群(LP)まで9種類のカテゴリーに分類する。
現在日本で絶滅が危惧されている種は、実に3,500種以上。世界まで視野を広げると、48,600種以上の生物が絶滅の危機に晒されている。
生物多様性の社会を維持するためには、絶滅危惧種がそれぞれに抱える課題の解決を目指さねばならない。その手段の一つとして実施されている方法が「生息域外保全」だ。
生息域外保全とは「生物を本来の生息域外の安全な環境で保護し、繁殖させて個体数を回復する取り組み」を指す。
絶滅対策では、環境ごとの生態系を守るため、基本的に生息域内でおこなう必要がある。本来の生態系維持のリスクを前提とする生息域外保全は、命をつなぐための「最後の砦」だ。
たとえば自然災害や戦争などにより生息地が失われた種は、本来の場所で暮らすことが困難になる。慎重な移動により生息域外保全につなげることで、安全な場所で繁殖と個体数回復につながる。
生息域外保全の最終的な目的は、元いた生息地に野生として返しつつ、絶滅を防ぐことだ。生息域外保全は、おもに動物園や水族館などの機関が中心となって取り組んでおり、現在も各種ごとの動向が注目されている。
種の命を繋ぐプロの技。計画的な人工繁殖の舞台裏

生息域外保全では、計画的な人工繁殖である「キャプティブ・ブリーディング」が活動の肝になる。
キャプティブ・ブリーディングでは、人間の管理下により安全な場所で繁殖が進められる。以下では、人工繁殖の実情について解説していく。
遺伝的多様性を守る、厳密な繁殖計画
キャプティブ・ブリーディングの目的は、単なる個体数の回復だけではない。
そもそも一つの種が絶滅危惧に至るまでには、相応の理由がある。将来野生に返したときにまたすぐ個体数を減らしてしまっては、本末転倒になる。キャプティブ・ブリーディングでは「遺伝的多様性の保全」も重要な目的だ。
遺伝的多様性が失われると、特定の病気に対する抵抗力が低下したり、環境の変化に対応できなくなったりなどの問題が生じる。とはいえ、限られた個体数や環境下での人工繁殖では、遺伝的多様性を維持することは困難だ。
この課題を解決するためには、「施設間での個体交換」や「交配機会の増加」などの対処が求められる。遺伝的多様性の保全では、厳密な繁殖計画(血統管理)が不可欠なのだ。
人工授精や環境整備の実施・研究
キャプティブ・ブリーディングは、飼育員・獣医師・研究者など各分野の専門家によって実施される。当面の目的である個体数増加の課題となるのが、繁殖成功率の増加だ。成功率を上げるためには、人工授精や環境整備が重要となる。
家畜の繁殖は人工授精が前提となるが、野生動物が相手となると簡単にはいかない。いわゆる「お見合い」から「ムード作り」まで人の手が介入する必要があり、専門家たちは日々多大な努力や研究を重ねている。
昨今では、準絶滅危惧種に指定された「マゼランペンギン」の人工授精・繁殖が成功し、話題となった。2021年には絶滅危惧種「ツシマヤマネコ」の赤ちゃんも、人工授精により誕生した。人工授精の成功は、遺伝的多様性の拡大の大きな後押しとなる。
野生への再挑戦。「再導入」の成功と困難な壁

生息域外保全では、保護生物の野生環境への復帰を目指す。しかし、繁殖によって回復した個体数を自然に戻す「再導入(Reintroduction)」には、いくつかの課題が存在している。
野生のスキルを取り戻す訓練
生息域外保全における安全な飼育環境には、天敵が存在しない。人間によって給餌されるため、餌を探す必要もない。その結果、野生で生きる力を持たない個体が育ちやすくなる。この問題を解決するためには、本来の生息地に応じた「野生復帰訓練」が求められる。
たとえば「トキ」は、国内で絶滅が危惧される鳥類の一種。トキが本来の生息地で絶滅にさらされた理由は、森林伐採や農薬使用などによる生息環境の悪化だ。新潟県佐渡島の「トキ保護センター」では、トキの野生復帰に向けた飼育繁殖が、安全な環境下で進められている。
しかしただ飼育するだけでは、放鳥後に自立して生存することは難しい。そこで活躍するのが、飼育施設とは異なる施設である「野生復帰ステーション」だ。
野生復帰ステーションでは、長時間飛行する体力や、障害物を避けながら飛行する能力などを養える。またトキが自分で採餌したり、雛を育てたりする力も獲得できる。ただ個体数を戻すだけではない、「種の維持」を見越した計画的な取り組みといえるだろう。
生息環境の回復と地域社会の理解
生息域外保全の再導入では、再導入先の生息環境の回復が必要だ。たとえば十分な餌資源があるか、外敵から身を守れる場所があるか、巣作りや繁殖場所作りに適した環境があるか、などが課題となる。
しかし生息域外保全が必要な種の多くは、本来の生息地が健全に機能していない。伐採や農地開発、外来種の侵入などによって、根本的な解決が難しいケースが多い。環境そのものが再生されなければ、いくら個体数を回復しても定着は難しいだろう。
また地域社会の理解と協力も、生息域外保全の成功には欠かせない。たとえば再導入した種が農作物や人間に被害を及ぼした場合、殺傷や追い出しの原因になってしまう。
「生息環境の回復」と「社会との連携」の壁を乗り越えるためには、地域全体の自然と生活とのバランスを再構築する必要がある。専門機関だけではなく、行政や地域住民が一体となった長期的な協働を踏まえてこそ、再導入が実現するのだ。
現場が直面する現実。保全の持続性を阻む課題

生息域外保全が抱える現実的な課題は、以下の3つに集約される。
- 保全活動の資金と人材の継続的な確保
- 保全対象種が抱える倫理的な側面の解決
- 野生の生息環境の根本的な回復
保全活動は中長期的な取り組みであるため、安定した予算と専門性を持つ人材が求められる。資金・人材不足が続けば保全の工程が断続的になり、活動自体の一貫性が失われてしまう。
同時に倫理的な側面の解決も重要だ。しかし飼育環境の質の維持や、再導入後に生じるストレスへの対処には、やはりカネとヒトが要る。とはいえ倫理的配慮は、保全の成功に不可欠な投資であるため、後回しにすることはできない。良質な環境で飼育された個体は高い適応能力を得るため、元の生息域でも生き延びやすくなる。
さらに野生の生息環境の回復となれば、多くの時間やコストが必要だ。つまり上記の3つの課題は独立しているわけではなく、連鎖的な構造を持っているといえる。これらを総合的に整えることで、初めて生息域外保全が持続可能となるのだ。
命のバトンを繋ぐ活動の意義

今この瞬間にも、失われつつある種がおり、専門家たちは種の存続のために絶え間なく奮闘している。種の保全は地球の保全であり、すなわち私たちの生活や未来の保全にもつながるのだ。
生息域外保全とは、種の未来をつなぐ挑戦である。この「命のバトン」をつなぎ続けるためには、私たち一人ひとりの興味や関心が必要だ。
ぜひこの機会に、まずは国内の身近な保全活動を調べてみてほしい。生体の専門家ではない私たちが、絶滅を防ぐためにまず踏み出せる一歩――それは「知る」ことなのだ。
Edited by s.akiyoshi
参考サイト
自然環境・生物多様性|環境省
絶滅のおそれのある野生動植物種の生息域外保全|環境省
REDLIST|IUCN
第3章 生物多様性保全対策の動き|京都府
絶滅危惧種ツシマヤマネコの赤ちゃんが人工授精成功により誕生しました!|よこはま動物園
保全遺伝学に基づいた絶滅危惧種の生息域外保全及び野生復帰に関わる推奨事項|J-STAGE
動物園・水族館が行う生物多様性の保全とは|札幌市円山動物園
佐渡トキ保護センターにおける飼育下繁殖の歴史|新潟県
野生復帰訓練|野生復帰ステーション
希少鳥類の人工繁殖と野生復帰に向けた取り組み|日本繁殖生物学会
Vol. 10 人工繁殖技術で希少な野生動物種の遺伝的多様性を維持しながら種の保存に貢献する‼|北里大学獣医学部
人工種苗放流に係る遺伝的多様性への影響リスクを低減するための技術的な指針|水産庁
人工授精は絶滅危惧種を救えるか?|NATIONAL GEOGRAPHIC




























METLOZAPP
数多くのジャンルの経験を生かし、分野横断的な執筆を得意とするWebライター。ウェルビーイングやメンタルヘルス領域を中心に、生活に新たな気づきを与えるコンテンツを発信中。マイノリティな感性に悩む人や、孤独や寂しさを抱きながら暮らす人の心に、少しでも寄り添えるような記事執筆を目指して活動する。現在は、女性のキャリア形成や、人間と動物の関わり方などに興味を持ち学習中。
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