ミツバチが支える生物多様性。私たちの生活を支える小さな働き者

気候危機と並ぶ大きな問題に「生物多様性の崩壊」がある。気候変動と異なり、日常的に感じられることがあまりないため、環境問題への取り組みとして注視されにくい生物多様性の保全。ところが生物多様性の崩壊は、ひいては私たち人類を破滅という未来へ導いてしまうかもしれないほど、深刻な問題なのだ。

一説には、ミツバチを含めたハナバチが絶滅すると、その数年後には人間も絶滅すると指摘されている。少々大げさにも聞こえ、「たかがハチがいなくなったからといって、人類に何の影響があるのか?」と思われるかもしれない。しかし、この「たかがハチ」を侮ってはいけないのである。

一体、ハチに関するどんな部分が人類や地球に、それほど多大な影響を与えているのだろうか。今回は、ハナバチの中でも特に身近なミツバチの生態や地球上での大きな役目、そしてミツバチが絶滅した場合の地球環境の変化について見ていきたい。

ミツバチは地球の環境指標

そもそもミツバチとは、花粉や蜜を集めるハナバチの一種である。ハチの仲間の中で唯一花蜜を摂取して生きているため、ハナバチに分類されるハチは花粉媒介者(ポリネーター)としての役目を大きく果たしている。ちなみに日本におけるミツバチとは、古来日本で暮らしているニホンミツバチと、明治時代にアメリカから入ってきた家畜動物であるセイヨウミツバチに大別される。

このポリネーターとしての役目を持つことから、ミツバチは私たちの生活を支えてくれる昆虫の一種として重要視されている。国連食糧農業機関(FAO)の報告の中で、現在世界の主要な食料作物115種類のうち87種、およそ75%がミツバチの媒介で受粉しているとされている(*1)。私たちが食べている野菜や果物は、そのほとんどがミツバチの活動によって作られているのだ。

ミツバチは温度や湿度に敏感で、農薬などで汚染された場所では生きていけないという特性から、環境指標生物といわれている。つまり、その場所にミツバチが生息、または活発に活動しているかどうかで、周辺環境の良し悪しをある程度判断できるというわけだ。

(*1)About | Global Action on Pollination Services for Sustainable Agriculture | Food and Agriculture Organization of the United Nations

減少する野生ミツバチの数

ところが、いま世界ではミツバチの数が減少していることが指摘され、大きな問題となっている。欧米をはじめとした世界各地で、女王蜂や幼蜂を残したまま働き蜂が大量に消失する現象、「蜂群崩壊症候群(CCD: Colony Collapse Disorder)」が報告されているというのだ。農林水産省の報告によると、近年の日本では該当する事例はないものの、2008年から2009年にかけてミツバチの蜂群数が減少し、花粉交配用のミツバチが不足する現象が生じたことがある(*2)

この理由として、気候変動の影響や蜜源となる花の減少などがあげられるが、中でも甚大な影響を与えているのが「農薬の使用」である。先述のとおり、農薬で汚染された環境ではミツバチは生きていけないため、野生のミツバチの減少に繋がっているのではないかと考えられている。特にネオニコチノイド系の農薬の影響が強いとされ、EUでは2018年以降、一部の成分の使用が禁止されている(*3)

一方で、セイヨウミツバチの数は年々増加しているようだ。その理由は、セイヨウミツバチは家畜化されているという点にある。これはつまり人間の管理下にあるということで、個体数の増加を人工的に行えてしまうからだ。ポリネーターとしてのミツバチを保護するという名目から、国によって養蜂場への支援が行われており、養蜂家の数も年々増えているようだ。

しかしながら野生のミツバチの行動範囲の方が広く、人が近寄れない場所での植物の生育にも寄与している。農作物の生産に欠かせないセイヨウミツバチとは、その役目は大きく異なっているのだ。やはり家畜としてのミツバチが増えていようとも、野生の数が減っているようでは私たちの生活への影響は甚大なものになるといえるだろう。

(*2)農薬による蜜蜂の危害を防止するための我が国の取組(Q&A)(2016.11月改定)|農林水産省
(*3)欧州委員会、3種類のネオニコチノイド系農薬の屋外での使用禁止を決定(EU)|農畜産業振興機構

生物多様性の維持のために、ミツバチの保護は不可欠

同じく先述のFAOの調査によると、現在ポリネーターにあたる生物の絶滅速度は通常の100〜1,000倍になっており、国際自然保護連合(IUCN)の国別レッドリスト評価においてミツバチの約40%の種が絶滅の危機にあるという(*1)

このままミツバチの減少が続き、もし世界からミツバチが消えてしまった場合、最初に影響を受けるのが野生の植物だ。人間の管理下にある環境では人工的に受粉が可能となるが、それ以外の野生植物にとっては種の繁栄に必要なポリネーターの存在がいなくなってしまう。いつの日か、山奥やジャングルなど人の手が届かない場所では、自生する森や美しい花畑が消えてしまうかもしれない。

そしてそれらの植物を食べて暮らしていた昆虫や草食動物が死に絶える。さらに、それらを食べていた肉食動物たちも同様の運命を辿るだろう。そうしていずれ、私たち人間が口にする食料もなくなり、人類も絶滅するのではないかと考えられている。

昆虫の中のたった一種であるミツバチが消失することで、生態系にこれほど大きな被害があるとは、驚くべきことだ。

ミツバチがいなくなると、コットンTシャツを着られなくなる

ミツバチの花粉媒介によって育つ作物にはイチゴやブルーベリー、スイカ、メロン、リンゴ、サクランボなどの果実のほか、ダイコンやタマネギ、カボチャなど多くの野菜もある。また、意外なところではアーモンドやクルミ、コーヒーなどもミツバチの働きによって育つ作物だ。乳牛が食む牧草もミツバチの受粉によって育つ。ということは、ミツバチがいなくなれば乳牛の適正な飼育ができなくなり、乳製品も食べられなくなってしまうだろう。

そして忘れてはならないのがハチミツだ。ホットケーキやトーストの上からとろりとかけたり、ホットミルクにひとさじ投入したり。ハチミツのホッとする甘味は、私たちの食生活に彩りを与えてくれるものだ。また、ハチミツの使用用途は広く、食べ物以外にも化粧品や医薬品に使われることもある。

ミツバチがいなくなることの影響は、さらに衣服にまで拡大する。なぜなら、綿花もミツバチの受粉によって生育する植物だからだ。昨今はエシカル消費の観点から、昔ながらの自然素材であるコットン製品が再評価されているが、それらの製品も稀少なものとなってしまうだろう。

食料の生産が減ることで、世界のほぼすべての地域で食料供給が適正に行われなくなる。食料供給システムが大きく変化し価格は高騰しつづけ、飢餓や栄養失調などいのちの危機に繋がる可能性がある。

こうして見ると、ミツバチを保護する意味や「たかがミツバチ」と言えない理由がわかるのではないだろうか。

まとめ

現代社会では環境破壊への問題提起が当たり前のように行われており、人々の意識もエシカル的に移りつつある。しかし気候変動や森林伐採、海洋汚染などへの関心が高まる一方で、未だにあまり注目されていないのが生物多様性の崩壊だ。環境問題に対してさまざまな取り組みが議論、実行される中、それらのほとんどが驚くほど生物多様性に配慮されていないことが指摘されている。

地球の生態系は古代から何億年もかけて進化と淘汰を繰り返し、今日まで発展してきた。しかし人間が便利な生活のために、土地開発や動植物の乱獲や密猟、エネルギー資源の利用、不自然な交配、自国への外来種の持ち込みなどを行いつづけた結果、現代の生態系が壊れはじめてしまったのだ。

私たちは、この社会が人間中心主義的に構成されていることを自覚し、あくまでも「自然の力を借りている」という意識を持たなければ、いまよりもっと早いスピードで地球が壊れていくことは間違いない。そして、人類はあらゆる生物との良好な相互関係の中でしか生きられないということも、同時に覚えておく必要がある。

今回紹介したミツバチに限らず、たった一種の生物でも生態系全体に多大な影響を与えることを、私たちはもっと知っていかなければならないだろう。

参考文献
フィールドの生物学24 ミツバチの世界へ旅する|原野健一 著|東海大学出版部
野生ミツバチの知られざる生活|トーマス・シーリー 著、西尾義人 訳|青土社
ハナバチがつくった美味しい食卓 食と生命を支えるハチの進化と現在|ソーア・ハンソン 著、黒沢令子 訳|白揚社

参考サイト
生きている地球レポート|WWFジャパン
世界におけるミツバチ減少の現状と 欧米における要因|芳山三喜雄|ミツバチ科学 28(2): 65-72 
Plenty abuzz on World Bee Day | UN News
Humans must change behaviour to save bees, vital for food production – UN report | UN News
養蜂をめぐる情勢|農林水産省
ミツバチによる花粉媒介適用作物一覧 | 俵養蜂場ビーラボクリニック

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秋吉 紗花
大学では日本文学を専攻し、常々「人が善く生きるとは何か」について考えている。哲学、歴史を学ぶことが好き。食べることも大好きで、一次産業や食品ロス問題にも関心を持つ。さまざまな事例から、現代を生きるヒントを見出せるような記事を執筆していきたいです。