
47都道府県すべてで最低賃金が1000円を超えたことが話題となった一方で、「生活賃金にも目を向けるべきだ」という声が高まっている。では、なぜいま生活賃金が重要視されているのか。最低賃金との違いや、両者の間にどれほどの差があるのか。本記事では、暮らしの豊かさという観点から、日本の賃金の現状を「生活賃金」の視点で考えていく。
なぜいま「生活賃金」が注目されているのか

2025年9月5日に厚生労働省が発表した最新データによると、最低賃金の全国平均は前年度比6%増の1,121円となった。大幅な引き上げに加え、47都道府県すべてで1,000円を超えたことも大きな話題となった。
それと同時に注目を集めているのが「生活賃金」だ。もともと、国連の「世界人権宣言」では生活賃金を基本的人権の一つとして位置づけている。世界的な格差拡大や物価高の中で生活費(Living Cost)が上昇するなか、企業に人権デューデリジェンスの実施を求める動きが高まりつつある。投資家の間でも企業の賃金体系への関心が強まっており、ESG評価への対応や、コロナ禍で浮き彫りとなった低所得者層への影響が背景にある。
特に日本では、実質賃金の上昇が十分ではなく、低賃金が生活の苦しさに直結していると感じる人が増えている。こうした状況の中、「最低賃金」の引き上げに注目が集まる一方で、「生活賃金」への関心も高まっている。
生活賃金とは

そもそも生活賃金とは、労働者とその家族が十分な生活水準を維持するために必要な賃金を指す。世界で統一された定義はないが、「世界生活賃金連合(GLWC)」では「労働者とその家族が、適正な生活水準を確保するために十分な報酬であり、そこには食料、水、住居、教育、医療、交通、衣服、その他の不可欠なものが含まれる。」としている。
一方、日本国内では「日本労働組合総連合会」(以下、連合)が「労働者が健康で文化的な生活を送り、労働力を再生産し、社会的体裁を保持するために最低限必要な賃金水準」と定義している。つまり、生活賃金とは労働者とその家族の食費や光熱費、住居費、教育費、医療費、交通費、衣服の購入費などをまかなえる水準の賃金を意味する。
生活賃金と最低賃金の違い
生活賃金と最低賃金の主な相違点を、以下の表にまとめた。
| 項目 | 生活賃金 | 最低賃金 |
| 対象 | 労働者とその家族 | 労働者 |
| 目的 | 人間らしい生活が送れること | 最低限の賃金を保障すること |
| 算出方法 | 生活に必要なあらゆる費用を基準に算出 | 労働者の生活や事業者側の支払い能力などを考慮 |
| 法的拘束力 | なし | あり |
最低賃金とは、国が定める「最低賃金制度」に基づき、労働者に支払われるべき賃金の最低額を指す。年齢や雇用形態の違いを問わず、すべての労働者に適用される。近年、実質賃金の伸び悩みなどを背景に関心が高まっているが、日本では1959年に公布された「最低賃金法」に則って運用されている。
地域の事情を考慮して定められる「地域別最低賃金」と、特定地域の特定産業を対象とする「特定最低賃金」の2種類がある。このうち、すべての使用者と労働者に適用されるのが「地域最低賃金」だ。使用者側がこれを遵守しなかった場合は、50万円以下の罰金が科される。
こうした最低賃金制度に関する法律は日本に限らず、各国でも整備・運用されている。
一方、生活賃金は国際的に統一された定義がなく、国の制度としても確立されていない。そのため、生活賃金の導入や実践は企業や組織の判断に委ねられているのが現状だ。
日本の現状──連合リビングウェイジの試算

生活賃金には法律上の規定はないが、連合(日本労働組合総連合会)が独自の基準に基づき、労働者が最低限の生活を営むのに必要な賃金水準を算出している。それが「連合リビングウェイジ(LW)」である。
具体的には、次のような項目をもとに試算されている。
・労働者として健康に働き続けるための基本となる「衣・食・住」
・「保健・医療」 に関わる費用
・生活に必要な社会的・経済的つながりを保つための「交通・通信費」「交際費」
・健康で文化的な最低限度の生活のために必要な「教育費」「教養・娯楽費」
連合リビングウェイジは、これらの費目をマーケット・バスケット方式で設定・算出しており、春季生活闘争や最低賃金の決定における参考指標として活用されている。
「連合リビングウェイジ(LW)」と地域別最低賃金との比較
実際に地域別最低賃金と連合リビングウェイジを比較して、その差を確認するために以下の表にまとめた。

厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金全国一覧」
連合リビングウェイジが最も高いのは東京都で、2025年度の「地域別最低賃金」も同様に東京が最も高い。一方、最も低いのは、連合リビングウェイジでは宮崎県と鹿児島県で、「地域別最低賃金」では青森県となっている。
両者の差を見ると、最も大きいのは沖縄県の137円で、次いで東京都の124円、宮城県の122円と続く。逆に差が小さいのは大阪府の13円で、愛知県の30円、群馬県の37円の順となっている。割合で見ると、沖縄県が最も低い88.2%で、最も高いのは大阪府の98.3%だ。
表からも分かるように、地域別最低賃金を連合リビングウェイジが上回っている都道府県は一つもない。
まとめ

政府が設置する「新しい資本主義実現会議」において、日本総合研究所の翁百合理事長は「日本の最低賃金水準は生活賃金水準より3割程度低い」と発言した(*1)。本記事でも示したとおり、最低賃金と生活賃金の間には大きな差がある。最低賃金を満たすだけでは、国民の生活レベルが維持されているとは言い難い。
日本国内では、働き方改革の推進により働き方の見直しが進み、ワークライフバランスやウェルビーイングを重視する生き方への関心が高まっている。一方で、実質賃金は上昇しておらず、むしろ低下傾向にあるとの見方もある。
もっとも、こうした状況は日本に限ったものではない。世界各国でも、生活水準の向上を目指して生活賃金や最低賃金の引き上げに取り組む動きが広がっている。こうしたテーマに関心を持つことは、自らの働き方や生きがいを見つめ直し、社会の不平等について改めて考えるきっかけにもなるだろう。それが、生活賃金の向上、さらにはディーセント・ワークやウェルビーイングの実現につながっていく。
Edited by c.lin
注解・参考サイト
注解
*1 内閣官房「新しい資本主義実現会議 コメント」による。
参考サイト
最低賃金制度の概要|厚生労働省
連合リビングウェイジ|連合
最賃の次は「生活賃金」 国際開示ルール、26年に策定へ|日本経済新聞





















倉岡 広之明
雑誌記者として活動した後、フリーライターとして独立。さまざまなジャンルの記事を執筆しているが、北海道で生まれ育ったこともあり、自然環境や気候変動、SDGs、エネルギー問題への関心が深い。現在は、住宅やまちづくり、社会問題、教育、近代史など、多岐にわたるテーマを手がけている。
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