ディーセントワークとは
ディーセントワークとは、人間らしい働き方を実現するための仕事のあり方を示す言葉である。労働者の権利が守られ、十分な収入を得られ、社会的保護が整備された労働環境を指す。1999年の国際労働機関(ILO)総会で提唱され、「働きがいのある人間らしい仕事」という理念として広まった。
「ディーセント(decent)」は、「適正」「まともな」「良識にかなった」という意味の単語で、「すべての人が尊厳を保ちつつ安定した生活を送れる社会を目指す」という意味が込められている。
差別のない公平な労働条件を整え、国や企業がそれぞれの状況に応じて取り組むべき目標として重要視されている。
厚生労働省が定める4つの条件
厚生労働省は、ディーセントワークを実現するために以下の4つの条件を提示している。
- 働く機会があり、持続可能な生計に足る収入が得られること
- 労働三権などの働く上での権利が確保され、職場で発言が行いやすく、それが認められること
- 家庭生活と職業生活が両立でき、安全な職場環境や雇用保険、医療・年金制度などのセーフティネットが確保され、自己の鍛錬もできること
- 公正な扱い、男女平等な扱いを受けること
引用:ディーセントワークと企業経営に関する調査研究事業 報告書|厚生労働省
これらの条件は、働くすべての人々が人間らしい働き方を実現するための指針となる。なお、日本では上記のように定められているものの、文化や環境が異なる国や地域では、条件や取り組み方も異なる。
SDGsとの関係
SDGs(持続可能な開発目標)では、目標8として「包摂的かつ持続可能な経済成長」と「働きがいのある人間らしい雇用の促進」を掲げており、ディーセントワークの理念を中心に据えている。この目標には、移住労働者や不安定な雇用状態にある労働者の権利保護、安全で安心な労働環境の確保が含まれる。
また、ディーセントワークの推進は児童労働や貧困の撲滅にも貢献するとされる。労働者と企業が対等な立場で協議しながら進めることで、持続可能な社会の実現を目指すのがディーセントワークである。
ディーセントワークが注目される背景
ディーセントワークが注目される背景には、世界的な労働問題や日本国内の課題がある。1999年にILO総会で初めて提唱されて以降、職がないことや不適切な労働条件で苦しむ人々の現状を改善する目的で広まり始めた。
現在でも世界には約20億人が十分な収入を得られず、1日2ドル以下での生活を余儀なくされる状況が続いている。所得格差や待遇の不平等も国際的な問題となり、日本でも非正規雇用者と正規雇用者の給与差や長時間労働が課題として顕在化している。
また、過労死や精神疾患による労災件数が高止まりする一方で、職場でのいじめ・嫌がらせに関する相談は年間100万件を超える。
このような問題に対応するため、2019年から働き方改革が順次施行され、労働環境の改善が進められている。ディーセントワークの推進により、所得格差の解消・労働者の権利の保障・安全な環境の確保が期待されている。
日本の労働環境における現状と課題

日本の労働環境にはさまざまな問題が存在し、それらはディーセントワークの実現を阻む要因ともなっている。以下では、主要な課題について解説する。
雇用形態による待遇格差
日本では、正規雇用と非正規雇用の間に大きな待遇格差が存在する。非正規雇用は給与が低く、ボーナスや退職金がない場合も多い。
国税庁の「令和4年分民間給与実態統計調査」によると、正規雇用者の平均給与が約523万円なのに対し、非正規雇用者は約200万円と大きな差がある。雇用形態による賃金格差は、生活の安定や将来への不安を生む要因となる。
「同一労働同一賃金」の原則が進められているものの、依然として多くの企業で十分に実現されていないのが現状だ。雇用形態にかかわらず、公正な待遇を受けられる環境整備が求められている。
長時間労働を美徳とする風土
日本では、長時間労働が未だに根強い問題として残っている。特に「長時間働くことが美徳」という社会的風潮が、労働環境の改善を妨げている要因だ。
労働基準法により法定労働時間は定められているが、実際にはサービス残業や休日出勤が常態化している企業も少なくない。
このような働き方は、過労死や健康被害を引き起こし、労働者の精神的・身体的負担を増大させている。働き方改革によって改善が進んでいるものの、文化的な意識変革が必要である。
パワハラ・セクハラ問題
職場におけるパワハラやセクハラも深刻な課題である。ハラスメント行為は、被害者に精神的・身体的な苦痛を与えるだけでなく、離職や生産性の低下にもつながる。
特に、加害者が行為の自覚を持たず「指導」の名目で行うケースも多く、問題の解決が難航する原因となっている。
厚生労働省は、相談窓口の設置や問題発生時の迅速な対応を企業に義務づけているものの、被害者が声を上げにくい風潮が続いている。法的な対応だけでなく、職場文化の見直しと社会全体の意識改革が求められる。
世界の労働問題
世界には多くの労働問題が存在し、個人や社会に深刻な影響を及ぼしている。以下では、特に解決が求められている3つの問題について詳しく見ていく。
児童労働
児童労働とは、就学年齢にある子どもが学校に行けず、不当に安い賃金で働かされる状況を指す。多くの子どもが家庭の経済的事情や強制によって働かざるを得ず、教育を受ける機会が奪われているのだ。子どもたちは「成長しても条件の良い仕事に就けない」という悪循環が続く。
児童労働撤廃のため、ILOでは多くの国で法律の整備やプロジェクトを実施してきた。その結果、2000年には2億4,600万人いた児童労働者が2020年には1億6,000万人に減少している。しかし依然として多くの子どもが児童労働に従事しており、問題解決にはさらなる取り組みが必要である。
参考:児童労働:2020年の世界推計、動向、前途 | International Labour Organization
男女の賃金格差
日本でも問題となっている男女の賃金格差は、世界的にも深刻である。女性は多くの国で文化的、社会的地位が低く設定されており、教育機会や職場での待遇において差別を受けることが多い。
同じ仕事内容でも男性より低い賃金が支払われたり、高い役職に就く機会が与えられなかったりする場合もある。また、採用段階で女性が不利な立場に置かれることも少なくない。
ILOは男女平等促進のためにさまざまな条約や勧告を行い、教育や雇用の平等、能力に応じた業務を推進しているが、解消には時間と努力が必要である。
ワーキング・プア
ワーキング・プアは、仕事をしているにもかかわらず貧困状態から抜け出せない状況を指す。長時間労働をしても、不当に安い賃金が原因で生活が成り立たないケースが多い。教育機会の不足が要因となることもある。
児童労働を強いられた子どもは、成長しても識字率や学力が低く、高賃金の職に就けないという悪循環に陥ることがある。高所得国でも非正規雇用は増加しており、低賃金や福利厚生が充実していないことにより、働いているのに貧困から脱せない人が増えている。
ディーセントワークがもたらすメリット

ディーセントワークを実現することには、働く側にも雇用する側にもメリットがある。以下では、それぞれのメリットについて解説する。
従業員側のメリット
ディーセントワークによって、従業員は仕事と生活のバランスを保ちやすくなる。長時間労働の改善や多様な働き方の導入により、育児や介護を抱える人々でも働き続けることが可能だ。
リモート勤務やフレックス勤務では、プライベートの充実と働く意欲を両立させることにつながる。
また、セーフティネットの整備やスキル向上の取り組みにより、安心して長期的なキャリアを築ける環境が整う。精神的な安定感をもたらすことにもつながり、従業員の満足度が向上するだけでなく、職場への愛着や意欲を高める効果も期待される。
企業側のメリット
ディーセントワークは企業にも多くのメリットをもたらす。労働環境の改善によって人材の定着率が向上し、人手不足の問題を緩和する。また、働きやすい職場環境を整備することで企業の社会的イメージが向上し、採用力やブランド価値を高める効果が期待できる。
健康経営や働き方改革の取り組みをアピールすることで、投資家や消費者からの支持を得ることも可能だ。さらに、従業員が安心して能力を発揮できる環境を整えることで、業務の効率化や生産性の向上にもつながるだろう。
ディーセントワーク実現のための指針
ディーセントワークの実現には、国際機関や政府が示す具体的な指標を理解し、それに基づいた行動が必要だ。以下では、2つの指針を紹介する。
ILOが掲げる「4つの戦略目標」
ILOは、ディーセントワーク達成に向けた基本目標として、以下の4つを掲げている。
- 仕事の創出
すべての人に働きがいのある仕事が行き渡ることが基本である。地域の課題を洗い出し、新たな雇用を生み出す取り組みが求められる。
- 社会的保護の拡充
職場環境や休暇制度などを整備することで、労働者が安心して働ける環境を構築する。
- 社会的対話の推進
労使間の対話を促進し、職場の問題を平和的に解決することにより、生産性の向上や企業の安定につなげる。
- 仕事における権利の保障
労働者の基本的権利を守り、不利な状況に置かれた人々も公平に扱われる職場を実現する。
これらは互いに密接に関連し、一体的に実現することで効果を発揮する。
厚生労働省が公表する「7つの評価軸」
日本では、ディーセントワークを実現するための具体的な評価基準として、以下の7つの軸が示されている。企業は、この評価軸を用いて労働環境を見直すことが期待されている。
- WLB軸:仕事と家庭、地域活動を両立(ワーク・ライフ・バランス)できる環境であるか
- 公正平等軸:性別や雇用形態を問わず、公平に活躍できる職場であるか
- 自己鍛錬軸:キャリアアップが可能で、能力開発の機会が得られる環境であるか
- 収入軸:安定した収入が得られる職場であるか
- 労働者の権利軸:労働条件について対等に話し合える場が設けられているか
- 安全衛生軸:労働者の心身の健康に配慮した職場環境が整備されているか
- セーフティネット軸:社会保障制度が充実しているか
以上の評価軸に基づき、企業は具体的な改善策を検討し、実施することが求められる。
まとめ
ディーセントワークは、人間らしい働き方を目指す概念であり、世界中で推進されている。日本でも、働き方改革や法改正によって着実な変化を遂げてきた。一方で、待遇格差や長時間労働といった課題は依然として残り、さらなる改善が求められている。
働く人々には、権利を理解しつつキャリアを築く責任が求められ、企業には公平で多様な働き方を整備する努力が欠かせない。これからの時代、一人ひとりが行動を起こすことで、ディーセントワークの実現へと近づいていくだろう。
参考記事
ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)について|厚生労働省
ディーセント・ワーク|International Labour Organization
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