
南アフリカ・ワイルドコーストの果て、小さな村ムドゥンビにある「ムドゥンビ・バックパッカーズ」は、村人自身が運営するコミュニティ宿。宿泊客は村人と共に料理を作り、畑を手伝い、焚き火を囲むなど、観光を超えた暮らしの時間を分かち合う。地域文化の継承と現地住民の自立を支えるモデルとして注目されている。
この宿では、村人たちが自らの手で旅人を招き、海辺を案内し、 家庭料理をふるまう。宿泊客は村人の家を訪ね、畑仕事を手伝い、 子どもたちと遊んで過ごす。旅人と村人の境界が溶け合うその時間には、 「観光する」「もてなされる」という構図を超えた関係が生まれている。
商業化された観光地とは違い、ここには派手な演出も高級な設備もない。 しかし、村の暮らしそのものが旅を形づくるという、シンプルで 力強い思想がある。
スタッフ全員が村人。地域に根付いた宿

ムドゥンビ・バックパッカーズ(Mdumbi Backpackers)の最大の特徴は、基本的にはスタッフ全員がこの土地で生まれ育った村人であることだ。受付、清掃、料理、ツアーガイドに至るまで、すべて地域住民の手によって運営されている。さらに、サーフィン体験や乗馬、ボートクルーズなどのアクティビティも村人が提供し、共同で運営している。この「コミュニティ経営」の仕組みが、外からの観光収入を村の中に循環させている。
ここに暮らすのは、南アフリカ最大の民族のひとつ「amaXhosa(アマコーサ、コーサ族)」の人々。ムドゥンビ・バックパッカーズは、コーサ族の文化を守りながら、雇用創出と地域経済の自立に貢献することを理念としている。宿での収益が村人の生活を支え、若者が地元に仕事を見出すことで、文化と暮らしの両方を未来へつなぐ循環が生まれている。
また、この宿の運営には原則的に外部資本が一切入っていない。村人たち自身が出資し、議論を重ね、意思決定を行う。「自分たちの土地は、自分たちの手で守る」というオーナーシップの精神が、ムドゥンビの根幹を成している。資本や雇用を外から“与えられる”のではなく、村人が“生み出す”主体となることで、経済的な自立と誇りが育まれている。
旅人は、村人と料理を作り、畑を手伝い、夜には焚き火を囲んで歌う。一度の訪問で終わらない、継続的な関係人口がここから生まれている。リピーターの多くは、帰国後も教育支援や寄付活動を通じて関係を続けている。
ムドゥンビ・バックパッカーズは、観光によって村が消費されるのではなく、村が観光を主体的に育てていく「関係性の経済」を実現している。その背景には、エスニックツーリズムの本質である「文化の尊重と共生の精神」が息づいている。
一泊の宿泊費が、子どもの教科書になる

ムドゥンビ・バックパッカーズのもう一つの特徴は、宿泊費がそのまま村の未来につながる仕組みだ。ムドゥンビ・バックパッカーズの収益は、教育・医療・インフラ整備など、地域課題の解決に直接還元される。
たとえば、宿泊費の一部は村の小学校に寄付され、教科書や文具の購入費、教師のサポートに充てられる。また、医療アクセスの乏しい地域のために、巡回診療車の運営や予防接種活動も支援している。宿のスタッフが手がける菜園では、有機野菜を栽培し、学校給食に提供する取り組みも行われている。
このような「地域循環型ツーリズム」は、観光の利益が都市の企業や外国資本に吸い上げられる従来モデルとは対照的だ。ムドゥンビでは、宿泊客が単なる「消費者」ではなく、村の一員として旅を共につくる「共創者」として扱われる。チェックインの際には、宿の収益の使い道や支援プロジェクトの最新報告が共有され、希望者は現地の活動にボランティアとして参加することもできる。
この取り組みは、サステナブルツーリズム(持続可能な観光)の模範として、国際的にも注目されている。環境負荷を抑え、地域の自立を促す仕組みは、南アフリカ政府や海外のNGOからも高く評価されており、同様のモデルを導入する村が増えることが期待される。
旅人が支払う一泊分の宿泊費が、子どもたちの教科書となり、診療所の薬となり、村の橋を修繕する。ムドゥンビの小さな宿は、観光を通じて未来を耕す拠点だ。
観光地ではなく、暮らしがある村

ムドゥンビ・バックパッカーズは、南アフリカ屈指の美しい海岸線ワイルドコーストに位置し、サーフィンやカヤック、クジラ・イルカウォッチングなど、豊かな自然体験が楽しめる場所だ。しかし、ここには大型リゾートも土産物店もない。あるのは、潮風に吹かれる丘と、家畜の鳴き声、そして人々の日常だ。
旅人は、コーサ族の伝統音楽に耳を傾け、家庭料理を味わい、村の日常に触れる。観光客として「見る」旅ではなく、「生きる」旅がここにはある。
宿ではリサイクル素材を用いた建築やソーラー発電など、エコツーリズムの実践も進められている。自然を壊さず、文化を守りながら旅を育む。ムドゥンビの実践そのものが、その思想を体現している。
ムドゥンビ・バックパッカーズは、観光地ではなく「暮らしがある村」として、旅人に問いかける。旅を通じて、あなたは何を受け取り、何を残していくのか。この小さな村の宿は、世界に向けて“共に生きる旅”の可能性を静かに語り続けている。
Edited by k.fukuda
























夢野 なな
ライター、イラストレーター。芸術大学美術学科卒業。消費が多く騒々しい家族に翻弄されながらも、動植物と共存する生き方と精神的な豊かさを模索中。猫と海、本が好き。神奈川県の海に近い自然豊かな田舎で暮らす。創作に浸る時間が幸せ。
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