秋のお散歩マーケット

自然・文化・人がつながるまち 飯能市のエコツーリズムとは vol.4 【埼玉県飯能市】

東京・池袋から電車で最短約40分。埼玉県南西部に位置する飯能市には、里地里山の風景が広がっている。飯能の人々は古くから、まちの約75%を覆う森林、入間川や高麗川などの清流が広がる豊かな自然と共生し、そこでは独自の文化・歴史・産業が生まれてきた。

飯能市の里地里山の風景
里地里山の風景が広がる飯能市 提供:飯能市

飯能市は、地域ぐるみでエコツーリズムを推進する全国の先導的な地域として知られている。「環境保全」「観光振興」「地域振興」「環境教育」の4つを柱として、自然・文化・人のつながりによって発展する活力ある地域づくりを推進している。

2004年に、環境省エコツーリズム推進モデル事業にて「里地里山の身近な自然、地域の産業や生活文化を活用した取り組み」のモデル地区に認定され、2008年には第4回全国エコツーリズム大賞を受賞。2009年には、全国初のエコツーリズム推進全体構想の認定を受けた。さらに2016年には、継続的な取り組みが評価され、第12回全国エコツーリズム大賞で特別継続賞を受賞した。

今回は、飯能市エコツーリズム推進協議会会長の浅野正敏さん、飯能市観光・エコツーリズム課の細田佳宏さん、栗原あずみさんに、飯能市エコツーリズムが地域社会にもたらす効果について、観光、環境、文化の3つの側面から話を聞いた。

飯能市エコツーリズム
(左から)栗原あずみさん、浅野正敏さん、細田佳宏さん

市民ガイドによる多種多様なツアーで「飯能ファン」を増やす

飯能市のエコツーリズムの特徴は、市民が主体となり、ツアーの企画から運営までを手掛ける点にある。

浅野さん「飯能市エコツーリズムの最大の魅力は、地元の人々が生活の場であるフィールドの魅力を五感で伝えていることです。エコツアーは、市民がそれぞれの専門や興味を活かして企画し、森の生物観察や伝統文化体験など、多様な内容が生まれています」

栗原さん「知床や屋久島のように壮大な自然景観が広がる地域とは異なり、飯能ではガイドの案内を通じて地域の魅力を深く知ることができます。ガイドを専門とする人はいませんが、週末のみ活動する人や、定年後に地元の魅力を伝えるためにガイドを始める人も多いです。

飯能市は広大で、それぞれの地域に特色があります。また、ツアーを企画する市民の関心も多岐にわたるため、自然観察や歴史探訪、伝統文化体験など、本当に多様なツアーが開催されています」

獅子舞ツアー
下名栗諏訪神社の獅子舞ツアー 提供:飯能市
ニホンヤマネのお宿の確認・清掃作業ツアー
ニホンヤマネのお宿の確認・清掃作業ツアー 提供:飯能市

市民ガイドによる多様なツアーの開催を通じて、訪れる人々との交流が深まり、「飯能ファン」も増えている。令和5年度のリピーター率は34.8%ほどで、以前は50%近くに達していたこともあるそうだ。参加者全体の母数は増えており、年間約3,000人がツアーに参加している。

ツアーの質を保つために、企画には一定の審査基準が設けられており、ガイド養成の仕組みも整っている。

細田さん「ツアーの企画には『企画協議シート』を活用し、地域資源の活用や地域への経済貢献、安全性などを確認します。エコツアー推進の観点から飯能市のエコツーリズムの10の推進ポイントに該当するかもチェックし、適合するものを審査しています。

また、協議会では年に1回、ツアーガイド養成講座を開催し、エコツアーの基礎やガイド技術を学んでもらっています。登録団体内で勉強会を実施することもあります」

市民ガイド
市民ガイドが地域の魅力を伝える 提供:飯能市

こうした体制のもと、市民ガイドによるツアーは観光の枠を超え、地域の魅力を発信する場となっている。

浅野さん「例えば、春と秋に実施する『お散歩マーケット』というツアーでは、地元の集落を巡る企画で毎回1,000人近くの参加者が集まります。こうした取り組みが、飯能のファンを増やし、地域活性化にもつながっています」

エコツーリズムの開始から20年。市民がつくるツアーは、地域と訪問者をつなぐ大きな役割を果たしており、地域内外で「飯能ファン」を増やしている。

図鑑では出会えない自然での原体験が、環境意識を高める

飯能市のエコツアーでは、図鑑やウェブサイトでは知ることのできないフィールドでの「原体験」を通じて、参加者の環境意識を高める機会も提供している。その背景として、飯能市エコツーリズム推進協議会会長である浅野さん自身の経歴も関係している。

浅野さん「私の本業は建築士なので、本来、建物を設計する立場ですが、30年前に天覧山周辺での大規模開発計画が持ち上がった際、その計画の変更を求める活動に関わったのがきっかけで、自然保護の重要性を認識しました」

建築士としての立場を超えて環境保全に取り組む中で、「建築とは単に建物を建てることではなく、その土地の自然環境や歴史的背景を考慮し、地域に調和した空間をつくることが大切だ」と考えるようになったという。こうした視点は、エコツアーの取り組みにも強く反映されている。

浅野さん「飯能市では、子どもたちも楽しみながら学べる環境体験ツアーも開催しています。その一つが『かいぼりツアー』です。このツアーでは、池にたまった泥を取り除き、生息する生物を一時的に救出した後、水を戻す作業を行います。ただの労働作業ではなく、池に生息する生物の生態を学びながら、環境保全の意義を実感できる貴重な機会となっています。参加者の中には、夢中になって生物を観察し続け、昼食を忘れるほど熱中する子どももいるんですよ」

かいぼりツアーの様子
池に生息する生物の観察に夢中の参加者たち 提供:飯能市
かいぼりツアーのあと窯焼きピザ
作業後は窯焼きのピザでランチタイム 提供:飯能市

栗原さん「エコツアーでは、リバーウォークや植物・動物観察など、通常の観光では味わえない体験ができます。これらはガイドの専門的な知識や、現地でのリアルな発見があってこそ成り立つものです。特に、書籍やウェブでは知ることができない地域固有の情報を、ガイドから直接聞くことができるのが魅力ですね」

リバーウォークツアー
リバーウォークツアー 提供:飯能市

インターネットが普及し、どんな情報でも簡単に検索できる時代だからこそ、実際にフィールドで得られる学びの価値は大きい。飯能市の市民ガイドの会は、市内の小学3、4年生の総合学習で地元の自然を紹介するツアーを行っている。これは、エコツーリズムが単なる観光の枠を超え、環境教育の一環として機能していることを示している。

浅野さん「観光と環境保全は密接に関わっています。地域の自然や文化を理解し、ガイドを通じてその価値を伝えることが、環境を守る意識の向上につながるのです」

エコツアーを通じて得られる自然と触れ合う原体験は、単なるレクリエーションではなく、次世代に受け継がれるべき環境意識を育む貴重な機会となっている。飯能市の取り組みは、都市部の人々にとっても、日常では得られない学びの場となっているのだ。

エコツアーで地域の「宝」を再発見する

エコツアーは地元の人々にとっても発見の場であり、これまで当たり前と考えていた地域資源や文化に新たな価値を見出すきっかけとなっている。

浅野さん「エコツーリズムを通じて、自分たちで自分たちの宝を探し、街の誇りを改めて確認しています。当初、私たちも『飯能に宝があるのか?』という疑問がありました。エコツアーの企画や開催を通じて、日常の何気ないことが、実は特別で贅沢なことだと気づかされます。このツアーがなければ、自分たちの本当に大切な宝に気付くことなく過ごしていたかもしれません。

ツアーの中では『地域の人が、地域の言葉で、地域を案内する』ことを大切にしています。普段通り過ぎてしまうような建物や場所の歴史、特徴をガイドが説明することで、その魅力に気づくことができます。地域の人々自身も、ツアーを通じて自分たちの宝を再発見できるのではないでしょうか」

栗原さん「皆さん、楽しみながら飯能の魅力を伝えたいという気持ちで取り組んでいます。地域資源の保全にもつながり、自分たちの伝えたい魅力を共有することができることに、ガイドの方々も充実感を覚えているようです」

秋のお散歩マーケット
秋のお散歩マーケット 提供:飯能市

細田さん「例えば、お散歩マーケットでは約1,000人の参加者が山道を歩きながら集落をめぐります。この集落は普段、住民以外は親族・知人、宅配業者が訪れる程度で、住民にとっての日常的な風景でした。そのため、エコツアー開催以前は、このエリアの魅力を認識している人はほとんどいませんでした。しかし、エコツアーに参加して初めてこの地域を訪れた方には、『こんな景色が飯能にあったのか』と驚くほど新鮮に映り、地域の魅力が改めてあらわになりました」

また、飯能のエコツアーは、市全域を対象にしている点が他の地域とは異なる特徴だ。市全体がフィールドとなることで、市内の各地域ごとの個性を守りつつ、地域間の深い結びつきにもつながっている。

浅野さん「他の場所では特定の観光地を紹介することが多いですが、飯能のエコツーリズムは、市全域の自然から文化まで、さまざまな面を紹介しています。これが飯能のエコツアーの素晴らしいところです。

飯能のエコツーリズムをそのまま他の地域に持ち込むことは難しいかもしれませんが、地域に対する愛と、地域の魅力を掘り起こしたいという強い思いがあれば、その土地ならではの特性を生かしたエコツーリズムは可能だと考えています。最も大切なのは『郷土愛』です。我々も飯能が心から好きな人たちが集まって活動をしているからこそ、この20年間続けることができました」

飯能市のエコツアーは、地域の自然や文化を知ることができるだけでなく、自分たちの誇りを再発見し、地域への愛を深める貴重な機会となっている。これから先も、飯能の人々の宝探しの旅が続いていく。

取材後記

平成17年1月、飯能市と名栗村は合併した。飯能市でエコツーリズムが始まったきっかけの一つは、この合併の話があるそうだ。行政的な観点では統一に向かう一方で、飯能市は地域ごとの個性を色濃く残している。市民ガイドによる多彩なツアーが、各地域の自然や文化の保存・継承に寄与しているということを、今回の取材で強く実感した。

まちの自然・歴史・文化を継承する意義は「地域の誇りを確認すること」だと浅野さんはいう。ツーリズムというと、外側への発信というイメージがある。だが同時に、ツアーを提供する地域の住民自身が、地域のアイデンティティ、ひいては自らのアイデンティティを確認する機会でもあるのだろう。

飯能市のエコツアーでは、郷土愛あふれる市民の方々が、地域の魅力を自らの言葉で伝え、多くの「飯能ファン」を惹きつけてやまない。土地の自然や歴史文化を掘り起こし、つながっていくことの大切さを、飯能市のエコツーリズムは存分に教えてくれる。

参考サイト
飯能市エコツーリズム

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k.fukuda
大学で国際コミュニケーション学を専攻。これまで世界60か国をバックパッカーとして旅してきた。多様な価値観や考え方に触れ、固定観念を持たないように心がけている。関心のあるテーマは、ウェルビーイング、地方創生、多様性、食。趣味は、旅、サッカー観戦、読書、ウクレレ。