医療現場での「性」の境界線。”配慮”と”区別”は両立できるのか?

医療現場での「性」への配慮と聞いて、自分には関係ないと思う人は多いだろう。だが病院での診察や入院時、多様な性の人たちと一緒になることもあり、無関係・無関心でいることは難しい。多様化する「性」への配慮と工夫は、全ての人が不安なく医療にかかれる環境へとつながるのかを考える。

患者の性別は、医療現場において必要不可欠な基本情報だ。だが近年、身体的性別と自認している性が異なるトランスジェンダー、既存の性別にあてはまらない性を自認しているマーベリックなど、多様なジェンダーアイデンティティ(性自認)を有する人も多く、患者本来の性別が把握しにくい。

また、多様なジェンダーアイデンティティを有する人たちは、医療現場で自身の性について理解されていないと感じることが多く、受診をためらう傾向が強い。

本記事では、生物学的な性に基づく区別を必要とする医療分野において、どのように性の多様性を包摂すれば、誰もが医療にアクセスしやすい環境を整えられるのか、多様性を守るために医療ができることは何かを考える。

医療現場における”性”の障壁や問題点

これまでの医療現場では、多様なジェンダーアイデンティティを有する人たちへの配慮は、あまり意識されてこなかった。配慮が必要であることに気づいていなかったといっても、過言ではないだろう。

例えば、問診票の性別欄には「男・女」どちらかの選択肢しかなく、トイレも二つに分けられている。検査の際に着用する検査着も、同じく男女で色分けされている。身体的性別と自認している性が一致しているシスジェンダーは特に抵抗を感じないであろうこれらの通例は、トランスジェンダーやマーベリックにとってはストレス要因であり、受診をためらう理由でもあるとされる。

医療介護分野における調査研究・提言を行う民間シンクタンク、産労総合研究所の調査(*1)によると、多様な性自認を有する人の48.1%が受診をためらったことがあるという。受診時に嫌な思いをした経験があると回答したのは、半数近い49.6%だった。その回答にいたった背景には、主に以下のようなことがある。

  • フルネームで呼ばれることに抵抗を感じる
  • じろじろ見られる、性別を何度も確認される
  • 説明や声かけなく、上半身の衣服をめくられた
  • 自身の性について、何度も説明しなければいけない
  • 診察や検査時に、性自認に基づいた場所が使用できない
  • 戸籍上の性別に基づく色の検査着などを着用しなければいけない
  • 自身が望む性別での入院ができない
  • ジェンダートイレがない、もしくは少ない

その他、同性カップルのパートナーには検査結果を教えてもらえない、キーパーソンとして認められない、多様な性自認に理解のある医療機関と医療従事者が少なく、自身の性について相談しづらいといったことなどが、医療へのアクセスの障壁となっている。

特に不安が大きいのは、入院だ。怪我や病気によっても異なるが、基本的には身体的な性別に基づいて治療方針や入院計画がたてられる。その際、男女どちらの部屋にするか、どちらのトイレを使うか、入浴の順番をどうするかなどが問題となる。その時の状況次第では、本人が自認する性と一致した対応が難しい場合がある。

それはいわば、男性が女性ばかりの部屋に入院する、もしくは女性が男性ばかりの部屋に入院するようなものであり、本人だけでなく、周りも不安やストレスを感じることになりかねない。医療現場において、多様なジェンダーアイデンティティを有する人々の問題は、ひいてはすべての人の問題でもあるのだ。


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生物学的な性と医療の関係

身体的な性別は、生物学上の性別でもある。生物学的には、XY性染色体をもつ男性とXX性染色体をもつ女性のどちらかしかない。男性はテストステロン、女性はエストロゲンとプロゲステロンという、それぞれ異なるホルモンの作用によって男性的もしくは女性的な体型へと成長し、生殖機能が成熟する。

このような身体の成長と成熟に対して、強い違和感を覚えるトランスジェンダーは少なくない。そのため性適合手術やホルモン療法によって、性自認と一致した外見を維持している人もいる。だがそれはあくまで、科学的に身体を変化させているにすぎず、生物学上の根本的な機能は変わらない。ホルモン療法を中断すると、外見はゆっくりと元の姿へと戻っていく。

また、子宮や卵巣、前立腺などの生殖器系疾患や、甲状腺などホルモン系疾患は生物学上の性別特有のものなので、性自認にかかわらず発症する可能性がある。その際は、性自認に基づかない診療科を選択せざるを得ないが、その抵抗感は大きく、意を決して受診をする頃には病気が進行していた、症状が悪化していたというケースもある。


ミスジェンダリングとは

医療現場における取り組み事例

多様なジェンダーアイデンティティを有する人たちを取り巻く医療環境は、万全とはいえないが、政府や地方自治体、病院や医療機関では、すべての人が安心して医療にアクセスできるように、さまざまな取り組みが進められているところだ。

プライバシーへの配慮

  • 戸籍上の氏名ではなく番号や通称名での呼び出しを導入
  • 入院時のネームプレートなどを通称名で記載
  • 他の患者がいない場所で問診を行う

ジェンダーフリーへの対応

  • 問診票などの性別欄に、「その他」「自由記述」といった選択肢を追加
  • 検査着や入院着が性別に関係なく着用できるよう、色分けを廃止
  • すべてのジェンダーの人が使いやすよう、「みんなのトイレ」の表示を工夫
  • 多様な性のあり方を理解していることを、バッジなどで視覚的に伝える
  • 病室やトイレなど、本人の希望に沿ってなるべく調整を行う
  • セクシャリティに関する質問を行う際は、その目的を説明する

個人情報の保護

  • 同性パートナーへの病状説明、面会、手術同意のサインを認める
  • 家族であっても、本人の承諾なく個人に関する情報を教えない
  • どのような情報を、どういう目的で、誰と共有するかを説明する

知識と理解ある医療従事者の育成

  • 文部科学省は、医学教育モデル・コア・カリキュラムに「ジェンダーの形成、性的指向・性自認への配慮方法の説明」という項目を、医学生の学習目標に加え、多様な性に関する知識の習得と理解の促進をはかっている(*2)。
  • WHO(世界保健機関)は、国際疾病分類から「性同一性障害」という疾患名を廃止し「性別不合」と再定義(*3)。個人の状態を表す言葉として広く使われるようになった
  • 順天堂大学医学部付属順天堂医院では、Allyの研修を受講した職員にレインボーバッジを配布。SOGI(性的指向・性自認)相談窓口の開設、バッジをつけた職員がいる総合受付にはレインボーフラッグを設置するなど、多様な性のあり方に配慮した環境づくりを進めている(*4)。

これらの取り組みは、一部にすぎない。医療関係団体、健康保険組合などでも、多様なジェンダーアイデンティティへの理解を深める研修や、対応マニュアルの作成が行われるなど、医療現場は徐々に変わりつつある。


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多様性を守るために医療ができること

あらゆることが多様化している現代。性の多様化も特別なことではなくなりつつあり、社会もそれを受けいれる体制が整いはじめた。医療現場も、さまざまなことが整いはじめている。

一方で、生物学的性別を基本とする医療の世界では、どこまで配慮するべきか、インフラをどこまで整備するべきかといった線引きが、他の業界よりも難しいとされる。それはソフト面でも同様だ。Care Netの調査によると、医師の43.9%が過去にLGBTQ患者を診察した経験がある。その患者がLGBTQだとわかった理由は、「患者本人による自己申告」が最多で、医師の多くが自己申告がなければわからないという(*5)。

わからないのは、医師の知識と経験が不足しているからではない。個人差はあるにせよ、「心の性別」ともいわれる多様なジェンダーアイデンティティは、外見だけで判断できないからだ。これからの医療現場はハードとソフトの両面で、誰もが安心して医療にかかれる環境を整えていくことが求められるだろう。

しかしそれだけで、問題がすべて解決するのだろうか。やはり、一人ひとりが想像力を働かせ、小さな配慮を忘れないことが多様性を守り、すべての人が医療にアクセスしやすい環境をつくることへとつながる。

社会全体でバイアスを取り除き、すべての人が快適に過ごせるためのバランスをとるには、どのような取り組みが効果的なのか、私たち自身も意識しつづけ、考えていきたいと思う。

Edited by s.akiyoshi

注解・参考サイト

注解
(*1)性的マイノリティと看護 | 看護のチカラ | 医療・介護に関する雑誌 | 産労総合研究所
(*2)医学教育モデル・コア・カリキュラム|文部科学省
(*3)性別不合および性別違和 – 10. 心の健康問題|MSDマニュアル家庭版
(*4)医療現場に多様な性への理解を示す“アライ”を。順天堂医院が研修を実施、受講した職員に「レインボーバッジ」を交付。|順天堂大学
(*5)LGBTQ患者の診療、困った経験は?/医師1,000人アンケート|Care Net

参考サイト
生物学的に見た男女差ー脳と行動への影響ー|杏林医会誌
性の多様性に関する基本的考え方 | ダイバーシティ&インクルージョン | 学校法人立命館

About the Writer

Satoyo S

大学時代は英文科に在籍していたものの、建築設計の道へと進み、結婚・出産を機に退職。その三年後にHR広告営業を経て、障害福祉事業所の運営、行政事業の執行に携わり、現在はコンサルタントとして独立。社会福祉法人の理事も兼務している。ウェルビーイング、地域文化、伝統食品、市民活動、市民政治をテーマに執筆。物事の背景を深く掘り下げることを得意とし、「誰もが互いの個性、価値観、気候風土が育んだ文化を認めあい共生できる社会」を目指している。
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