
私たちは、道端に咲く花をどれほど意識して過ごしているだろうか。
その花の種類や花びらの枚数、隣に生える植物。はたまた、葉に止まった虫の種類。そんな「小さな生態系」の記録を共有することで、地域や世界の環境を守れるかもしれない。
今回は、市民一人ひとりが科学者として機能する「市民科学」の取り組みについて解説する。
地域の「困った」を科学の力で解決する

地球では、日々さまざまな環境問題が勃発している。たとえば外来種の増加、生物多様性の変化、気候変動の影響……。各問題は複雑に影響し合っており、一元的な解決は困難だ。
これらの問題は、従来の限られた研究者や行政の力だけでは、データ収集やモニタリングなどが追いつかない状態になっている。とくにデータ不足は深刻であり、AIをはじめとするIT技術が進化した現代ですらも、人の手による地道な調査を必要とする。
データ不足に関する課題を解決するアプローチとして注目されているのが、「市民科学(シチズン・サイエンス)」だ。
誰もが“科学者”に。市民科学の仕組みと役割

市民科学とは「専門的な訓練を受けていない一般市民が、専門的なデータを収集・提供し、科学的な調査に貢献する仕組み」を指す。
市民は動植物の観察や写真撮影、位置情報のデータ共有などを通して、研究の進展をサポートする。提供時はスマホアプリやWebを活用できるため、自身のライフスタイルとの両立がしやすいことが市民科学の魅力だ。
市民が情報提供に参加する大きなメリットは、研究者が低コストで膨大なデータ量を得られること。広範囲かつ継続的なデータを得ることで、従来では観測できなかった地域の課題や、解決するべき環境問題が見えてくる。
市民はデータで研究者に貢献し、研究者はデータによって問題をより効果的に解決する。市民科学は、市民と科学者双方にとってメリットのある営みであるとともに、市民一人ひとりを「小さな科学者」として扱う仕組みなのだ。
生態系保全と政策決定を変える「ビッグデータ」の力

市民科学はいわば「科学の民主化」だ。市民に対して科学への参加が促されることで、専門家だけでは収集し得ないビッグデータが集まる。
ここでは、市民科学によるビッグデータが活用されるシーンを解説する。「科学の素人でも情報提供を通して環境保全に役立てる」と考えると、胸が高鳴る気持ちになるのではないだろうか。
外来種への対策
市民科学は、外来種対策に貢献する。本来の生息地ではない地域に持ち込まれ、定着してしまった外来種。効果的な対策のためには、生息場所や個体数の特定が必須となる。
市民科学による広範囲での観察や通報は、分布拡大の早期発見や防止に大いに役立つ。目撃情報はもちろん、写真や動画のデータも共有されれば、生態への認識はより深まる。駆除活動やモニタリング活動にも市民が協力すれば、地域全体の問題意識も高まっていくだろう。
さらに市民科学では、外来種の侵入初期段階も特定可能だ。情報提供により立てられた迅速な駆除計画を策定できれば、今だけではなく未来の環境保全にもつながる。
生物多様性の地図作成
生物多様性の地図作成にも、市民科学の貢献が役立つ。そもそも生物多様性とは「地球上のさまざまな生き物が、環境のなかでつながり合って生きている状態」を指す。動植物の生息状況の変化や、希少種の分布を把握できれば、専門家が保全地を選定しやすくなる。
生物多様性は絶妙なバランスによって成り立っており、外来種の侵入や気候変動、自然災害などの「1つのきっかけ」によって、大きく崩れてしまう可能性がある。市民による自然の観察記録のシェアは、こうした変化の発見や予測につながるのだ。
とくに私有地の農地や小さな公園、住宅地や団地の自然エリアなどは、専門家による大規模な調査が難しい領域だ。身近な自然を日常的に観察できる市民だからこそ、小さな変化や違和感に気づける強みを持つ。
行政への提言
市民1人の主観的な意見だけでは、行政の施策を決定することは難しい。しかし市民科学の一次体験によって大量に集まったデータには、行政へ提言できるほどの説得力が生まれる。
市民科学のデータが集まれば、研究者は行政に対し、意見の根拠として提示できる。なぜなら数多くの市民が継続して記録したデータには、政策決定に必要な信頼性が付与されるからだ。また研究者は「市民の代弁者」としての属性も獲得し、市民と行政をつなぐ架け橋のような存在として機能する。
地域住民だからこそ収集できた、細やかでリアルなデータ。研究者や専門家はこのデータを「行政との交渉に有用な武器」として活用できるため、より地域の特性に合わせた施策の提案(環境政策や都市計画など)が可能になる。
環境への「愛着」を育むサイエンス教育の可能性

市民科学への参加は、参加者自身や次世代の環境意識を高めてくれる。環境問題をより身近に感じられる市民科学は、まさに「五感で学ぶサイエンス教育」だ。
ここでは、市民科学による情報提供を通じた「環境への愛着の育成」について解説する。
当事者意識の高まりと地域生態系への愛着
市民科学では、市民が自ら足を使って現場に赴く。その手で触れたものや目で見たものを通し、自然のありのままを記録する。情報収集のプロセスで市民は環境への興味を抱き、好奇心を刺激される。
その結果として生まれるのが、地域の自然や生態系への愛着だ。市民科学は「市民と自然のエンゲージメント」をつなぎ深める営みでもある。今までどこか他人事のように感じていた環境問題が、市民科学によって自分事化され、当事者意識も高まっていくのだ。
科学リテラシーの向上
科学の基本プロセスは、観察・記録・分析だ。また希少種・外来種の報告や定点観測などを通じて、データの扱い方や科学的な思考を発揮する。市民科学では、これらの専門的なプロセスを日常的に体感できる。
意識せずとも科学リテラシーが向上するため、環境問題への本質的な理解が深まり、感情論に流されにくくなるのが大きな魅力だ。さらに「自分のデータが役に立っている」という手応えは、継続的な学習モチベーションにつながる。
学校教育や生涯学習としての機能
市民科学は、実践的なサイエンス教育の場だ。この「体験を通じた学習」は、学校教育や生涯学習としても機能する。
専門的かつ本格的な研究は、限定された環境でないと難しい。しかし市民科学であれば、幼い子どもから高齢者まで、自分事化された学習として継続可能だ。
教科書だけでは得られない「地域の自然とつながる学び」は、次世代の科学者や環境活動家を育むきっかけになるだろう。
信頼性と持続可能性。市民科学の未来への課題

市民科学では、いくつかの課題も残されている。その一つが、市民が提供するデータの信頼性をどのように担保するかだ。生成AIが拡大する昨今では、虚偽のデータを見分けるために、確実性の高い検証プロセスが必要になる。
またどれほど市民科学が素晴らしい営みでも、肝心の市民が参加しなければ意味がない。市民の参加意欲を持続させる仕組みづくりも、まだ過渡期といえるだろう。
さらに、プロジェクトを継続するための資金や人材の確保も重要な課題だ。いわゆる「カネとヒトの問題」は、科学の発展には付き物とされる。研究機関だけがコストを被るのではなく、行政や教育機関とも提携することで、コストを抑えつつ研究の効果を上げるような施策にも期待したい。
スマホ1つで参加できる市民科学。自分の撮影した写真が、地域や地球、世界を守るための取り組みにつながる。実にロマンのある話に聞こえるが、紛れもない現実だ。
環境問題は人類が永続的に取り組むべきワークである。そして市民科学は、まさに「1人からでも取り組める環境保全」だ。この機会に市民科学に参加し、地球を守るヒーローの一員になるのもよいだろう。
Edited by s.akiyoshi
参考サイト
NPO法人市民科学研究室|市民科学とは
PADI|市民科学とは何か?
academist|市民科学(シチズンサイエンス)の可能性
J-stage|“市民科学”が持つ意義を多様な視点から再考する
J-stage|J-stage|“市民科学”が持つ意義を多様な視点から再考する
JFS|誰でも科学の視点で環境・社会課題解決に貢献 「市民科学」とは?
ぎょうせいオンライン|市民はどのように政策や科学に関われるのか ― 市民参加の現在
学術情報発信ラボ|シチズンサイエンス(市民科学)とは?その意義と未来の可能性
認定NPO法人高木仁三郎市民科学基金|市民科学とは
森林文化協会|市民だからできる生物多様性への貢献:市民科学
ELSIセンター|生物・医学研究における国内外の市民科学事例に関する文献調査

























METLOZAPP
数多くのジャンルの経験を生かし、分野横断的な執筆を得意とするWebライター。ウェルビーイングやメンタルヘルス領域を中心に、生活に新たな気づきを与えるコンテンツを発信中。マイノリティな感性に悩む人や、孤独や寂しさを抱きながら暮らす人の心に、少しでも寄り添えるような記事執筆を目指して活動する。現在は、女性のキャリア形成や、人間と動物の関わり方などに興味を持ち学習中。
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