身にまとうことで、人は世界とつながる。服の根源的な役割

誰もが毎日、服を身にまとい一日を生きている。おしゃれが好きな人も、そうでない人も例外はない。服は防寒や保護といった機能を超え、身体と外界のあいだに介在し、世界との距離を調整する存在でもある。本記事では、身体感覚、社会的な記号性、着用者の振る舞いという三つの視点から、服の根源的な役割を考察する。

服がつくる、身体と世界のちょうどいい距離

朝、クローゼットを開けて今日の一着を選ぶとき、私たちは何を基準にしているだろうか。お気に入りの色、動きやすさ、あるいはその日の予定。

選ぶ理由は人それぞれだが、そもそもなぜ私たちは服を着る必要があるのか。「防寒のため」「ケガを防ぐため」と言われれば確かにその通りだ。しかし服の役割は、それだけではないはずである。

ここで、人間の身体を液体のようなものだと考えてみよう。液体は容器がなければ形を保てない。私たちの身体も同じで、何かに包まれることで初めて、社会に受け入れられる形を得る。裸のままでは、私たちは社会から排除されてしまう。服は、私たちを社会の一員として成立させる、最も基本的な「容れ物」である。

服は、身体と外界のあいだに一枚の層をつくる。厚手のコートを着たとき、寒さから守られるだけでなく、外の世界から少し距離を置いたような感覚になる。逆に薄手のシャツ一枚になると、世界が近くなったような開放感がある。服は、自分と外部とのあいだの距離を調整しているのだ。

この距離の取り方は、場面によっても変わる。フォーマルな場では、しっかりした生地の服が身体を包み込んで適度な緊張感をもたらす。カジュアルな場では、柔らかく動きやすい服がリラックスした関係性を可能にする。

服があることで、私たちはさまざまな場に適した「自分」として立つことができる。服は、世界に対して自分をどう位置づけるかを決める目安となるのだ。


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社会は服装から人を読む

服には、世界と距離感を調整する他に、もうひとつの側面がある。服が他者に向けた情報として機能している、ということだ。

私たちは無意識のうちに、相手の服装から多くのことを読み取っている。初対面の人の服装を見て、その人がどんな仕事をしているか、どんな価値観を持っているかを推測する。スーツを着た人を見れば「信頼できそう」と思うし、カジュアルな服装なら「リラックスした雰囲気の人かもしれない」と感じる。服装が社会の中で記号として働いているからだ。

歴史を振り返れば、服が持つ記号としての役割はもっと明確だった。奈良時代には上級階級は絹、庶民は麻を使った衣服を着ていた(※1)。江戸時代、庶民は麻や苧(からむし)などの質素な素材の衣服を着用していた。(※2)一方、武家女性は金銀箔や刺繍などが入った豪華な衣服を着飾り、身分による服装の格差が激しかった(※3)。

1628年(寛永5年)には、農民に木綿と麻以外の素材の着物を禁止する制限令が出され、絹は贅沢品と位置付けられていた(※4)。この時代、服装にまつわる厳格なルールが存在し、逸脱は許されなかったのだ。自分の好きな服を着る自由はなく、服は「その人が誰かを知らせるため」という役割が何よりも重要だった。服は社会的な位置を示す看板だったのである。

現代では身分制度は消え、私たちは好きな服を購入し、着たい服を着る。しかし、服装が他者理解の手がかりとして使われている事実は変わらない。むしろ、使われ方は複雑になってきている。

服を自由に選べるようになったからこそ、「何を選んだか」だけでなく、「自分の意思でそれを選んだ」という事実そのものが意味を持つようになった。流行を取り入れる人は「トレンドに敏感な人」として見られ、シンプルな服装を好む人は「実用主義的な人」として理解されるかもしれない。

ここで重要なのは、服の二面性である。服は、着る本人が「自分はこういう人間だ」と示す手段であると同時に、社会の側が「あの人はこういう人だ」と判断する材料でもある。つまり、服は自己表現であると同時に、他者による解釈の対象なのだ。私たちはこの両方を意識しながら、毎日服を選んではいないだろうか。


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着ることで、人はどう振る舞うのか

服の影響は、他者へのメッセージにとどまらない。服は、着ている本人の意識や行動にも関係している。

例えば、スーツを着ると背筋が伸びる感覚はないだろうか。いつもと違う雰囲気の服を着ると、自然と振る舞いが変わることもある。パジャマのままでは外出する気にならないし、お気に入りの服を着た日は少しだけ気持ちが前向きになる。これらは服が私たちの内側に働きかけている例だ。

こうした現象は、役割の切り替えとも関係している。制服を着ることで「仕事モード」に入る人は多い。家に帰って部屋着に着替えることで、ようやく緊張が解ける。服を変えることは、気持ちを切り替える儀式のような側面もある。

もちろん、服がすべてを決めるわけではない。いつもと違う服を着たからといって、いきなり別人になることはないのだ。しかし、服が私たちの振る舞いに何らかの影響を与えていることは確かだろう。それは服が外側の飾りではなく、自分自身との対話の道具でもあるからだ。

現代社会において、私たちはさまざまな役割を使い分けながら生きている。家庭では親として、職場では社員として、友人の前では気の置けない仲間として。シーンに合わせて服を変えることで、それぞれの役割にふさわしい「自分」をつくり出している。服は、人と社会のあいだで振る舞いを調整する仕組みなのである。う問いを、自分たちの問題として考え続けることが必要だ。

Edited by k.fukuda

注解・参考サイト

注解
※1 VOL.3 奈良時代前後の衣生活|株式会社チクマ
※2 日本古来の麻|日本麻紡績協会
※3 江戸時代の服装とは|ホームメイト※4 第一章 農民生活の概観|滝沢市

参考サイト
私たちは何を着ているのか。ファッションを哲学する8つの問い。|FUTURE IS NOW
「衣服の役割」の重心変化 ~「外部に自己を視覚的に表現する役割」から「自分自身の生活の価値観を大切に守る役割」へのシフト~| arkhē

本記事は、特集「物語をまとう——つくる人、着る人、つながる世界」に収録されている。布や色の奥に重なる時間や人の気配。世界とのつながりを形づくるその輪郭に、静かに目を凝らしてみたい。ほかの記事もあわせて、より多角的な視点を見つけよう。

無関心を縫い直す。イスラエルとパレスチナの間に生まれたデザイン
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About the Writer
丸山瑞季

丸山 瑞季

大学で国際コミュニケーション学を専攻。卒業後はデジタルマーケティングに携わり、現在は難聴児の子育てに奮闘しながら、楽しく生きることをモットーに在宅で働く。関心のあるテーマは、マインドフルネス、ダイバーシティ、心理学。趣味は、食べること、歩くこと、本を読むこと。この人が書いた記事の一覧

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