年齢を重ねると、どこかで「相応しい服装」を求められがちな日本社会。20代なら若々しく、40代なら落ち着いた雰囲気で…と、年齢に応じて「ふさわしい」ファッションがあるかのように語られる。
この背景にあるのが、「エイジズム(年齢差別)」という考え方だ。年齢によって人の価値や行動を制限する固定観念は、社会のさまざまな場面で存在している。ファッションもそのひとつで、年齢を理由に好きな服を否定されることは珍しくない。
しかし、ファッションは本来、個人の自由であり、自己表現の一部。「何歳だから」と縛られることは、本当に必要なのだろうか。そこで今回は、「エイジレスファッション」という考え方に触れ、年齢にとらわれない装いがもたらす社会的な変化について考えてみたい。
日本社会が決めるファッションの“正解”

日本では、年齢とファッションが密接に結びついている。ファッション雑誌や広告でも「30代のための〜」「40代からの〜」といった特集が目につく。これが当たり前になりすぎて、「年齢にふさわしい服を選ぶのが普通」と思っている人も多いのではないだろうか。
個人の選択に対しても、年齢を基準にした評価がなされることが多い。例えば、若い世代が落ち着いた服を選ぶと「まだ若いのに…」と言われ、年齢を重ねた人が鮮やかな色や大胆なスタイルを楽しめば「もうそういうのは卒業した方がいい」とささやかれる。この「見えないルール」こそが、日本社会に根付いた価値観のひとつだ。
こうした考え方の背景には、「〇歳ならこうあるべき」という固定観念(=エイジズム)がある。30代は大人っぽく、40代は品よく、50代は落ち着きを…と、ファッションだけでなく生き方そのものに「その年齢らしさ」が求められるのだ。
そして、それを後押しするのが企業のマーケティング戦略である。消費者を年齢層ごとに分類すれば、ターゲットを明確にできるため、「〇代向けの服」として売る方が効率がいい。
しかし、好きな服を自由に選ぶことは、自分らしさを表現することでもある。誰かに決められた「年齢相応」の枠の中で生きるより、自分の好みや気分に正直になる方が心地いい。ファッションの選択肢は、年齢ではなく「自分がどうありたいか」で決まるべきではないだろうか。
年齢に縛られないファッションが生む変化

近年、「エイジレスファッション」という言葉が注目されている。これは単なるトレンドではなく、ファッションを通じて個性を尊重する文化の広がりであり、「年齢らしさ」への静かな抵抗でもある。例えば、年を重ねても鮮やかな色や遊び心のあるデザインを身につけることで、「着ているだけで楽しい」と感じることがある。そうしたポジティブな感覚は、精神的な充実にもつながるものだ。
また、ファッション業界全体もエイジレスな価値観へとシフトしつつある。かつては「〇代向け」とターゲットを絞ることで市場を形成していたが、今では「何歳でも楽しめる服」が新たな基準になりつつある。例えば、海外のファッションショーでは、年齢を問わずモデルがランウェイを歩き、国内でも「GU」などのブランドがジェンダーレス・エイジレスな商品を提案している。
しかし、今でも「〇歳なのに恥ずかしい」「もうそんな格好はやめなさい」といった言葉に傷つけられている人も少なくない。こうした言葉は、他人の自由を制限するメッセージにもなり得る。好きな服を否定されることで、「自分らしさ」を抑え込み、自己表現の幅を狭めてしまう。特に、ファッションを楽しむことが生きがいや自信につながっている人にとって、それを否定されることは想像以上に深いダメージとなるだろう。
服装とは、自分を表現する手段のひとつであり、他者に決められるものではない。「〇歳だから」という理由で選択肢を狭めることは、個人の自由を奪う行為にもなりかねない。むしろ、好きな服を着ることこそが、自己肯定感を高め、前向きな気持ちを生む。そして、それは周囲にも波及し、「それ、素敵だね」と互いに肯定し合う社会へとつながるのではないだろうか。
無意識の「エイジズム」、あなたも加担しているかも?

ファッションの世界では、「年齢にふさわしい」という考えが長らく常識とされてきた。しかし、その価値観はどこから生まれ、誰によって受け継がれているのだろうか。
例えば、街で鮮やかな色の服を着た年配の人を見たとき、ふと「派手すぎるかも」と感じたことはないだろうか。あるいは、若い人がフォーマルな装いをしているとき、「もっとカジュアルな方が似合うのに」と思ったこともあるかもしれない。これらの感覚は、自分の中に「年齢と服装は関係があるべきだ」という固定観念があることを示している。
エイジズムは、社会全体に浸透している価値観だからこそ、知らず知らずのうちに自分もその考え方を繰り返してしまう。親が子どもに「もうその服は卒業しなさい」と言ったり、友人同士で「こんな格好、今しかできない」と話したりすることで、次の世代にもこの考え方が受け継がれていく。気づかぬうちに、私たちはエイジズムの再生産に加担しているかもしれないのだ。
日常の何気ない視線や発言が、知らぬ間に誰かの自由を制限してしまうことがある。だからこそ、服装に対する価値観をもう一度見つめ直し、「〇歳だから」という理由で他人や自分の選択肢を狭めていないか、立ち止まって考えてみてほしい。
「好きな服を着るだけ」が生み出す社会の変化

好きな服を着る。それだけのことなのに、気分が上がり、心が軽くなる瞬間がある。
ふと鏡を見たとき、「今日の自分、なんだかいい感じ」と思えると、それだけで1日が楽しくなる。ファッションは自分自身を肯定し、前向きな気持ちを引き出す力を持っている。そして、そのポジティブな感覚は、周囲にも波及する。
「それ、素敵だね」「いいね!よく似合ってる」
そんな言葉が交わされる社会は、人の多様性を認める土壌を育む。年齢にとらわれず好きな服を選ぶことは、見た目の話にとどまらない。「自分らしさ」を肯定し、他人の自由も認めることにつながる。これこそが、エイジレスファッションの本質だ。
まとめ
かつては「〇歳なんだから」と押し付けられていた価値観が、少しずつ変わり始めている。年齢を問わずファッションを楽しむ人が増え、それに共感する人も増えている。誰かが自分らしく輝く姿を見ることで、「自分も好きな服を楽しんでいいんだ」と勇気をもらう人もいる。こうした小さな変化が積み重なり、社会全体の価値観もゆっくりと変わっていくのではないだろうか。
エイジレスファッションは、「見た目を若くする」ためのものではない。それはむしろ、「個を尊重する」こと、「多様性を受け入れる」ことにつながる。何歳であっても好きなものを楽しめる社会は、きっともっと自由で、もっと豊かになる。
誰かの目を気にするのではなく、心からワクワクする服を選ぶこと。それが、より前向きで生きやすい世界をつくる、小さな一歩なのかもしれない。
参考記事
エイジレス時代 ~アンチからポジティブエイジングへ~|伊藤忠商事株式会社
「ファッションと低価格」で躍進 あらゆる人にファッションの楽しさを|Fast Retailing Co
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