
美容室で切られた髪の毛が畑を蘇らせる―CutOff Recycleは、都市の美容廃棄物を肥料に変え、農作物の生産性を高める循環型プロジェクトだ。髪の毛が土を豊かにし、農家を支え、人の暮らしへと還っていく。都市と農村をつなぐ新しい「支え合いの循環」が、タンザニアから始まっている。
髪の毛から肥料へ。CutOff Recycleが生まれた背景

CutOff Recycleは、都市で発生する美容廃棄物と農村における肥料不足という、二つの課題を同時に解決する「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の実践例だ。創業者のデイビッド・デニス氏が着目したのは、都市部の美容室で日々大量に捨てられている髪の毛である。
タンザニアでは、人口の7割以上が農業に従事し、農業が国民の生活や雇用、食料供給を支える基盤となっている。しかし農業に必要な化学肥料は、その多くを海外からの輸入に頼っており、輸送コストや為替変動の影響で価格が高騰しやすい。
そのため、小規模農家にとって高価な肥料は手が届かず、十分な施肥ができないことが収量の低下や土地の疲弊を招いている。デニス氏はこうした現状を知り、安価かつ持続可能な肥料を国内で生産する必要性を感じていた。
一方、都市では美容廃棄物が環境負荷の原因となっているのを目の当たりにし、学生時代に「美容室のゴミを農家の資源に変える」という発想にたどり着く。美容室から回収した髪の毛を加工し、窒素を豊富に含む有機肥料へと生まれ変わらせる仕組みを構築したのだ。
人毛はゆっくりと分解するため、土壌に少しずつ栄養を与え続ける。化学肥料のように一気に効いて終わるのではなく、長期間にわたって効果が持続するのが特徴だ。髪の毛から肥料を作るアイディアによって、都市の美容室と農村の農家が直接つながり、廃棄物が資源へと循環する新しい経済モデルが生まれた。
さらに、都市と農村という異なる地域を資源の循環で結ぶことで、廃棄物の削減と食料生産の安定を同時に実現している。CutOff Recycleは、都市と農村をつなぐ架け橋として、環境負荷の低減と農業の持続可能性の両立を目指している。デニス氏の着想は、地域の課題を内側から解決する持続可能なビジネスモデルとして、2020年の創業以来、タンザニア北部を中心に広がりを見せている。
髪が畑を育てる循環のしくみ

CutOff Recycleは、人間の髪の毛を液体肥料に生まれ変わらせ、農業の生産性と地域経済の両方を支えている。このモデルは、廃棄物を資源へと変えるだけでなく、人と仕事の新しい循環を生み出している点でも注目される。
人の髪の毛には、植物の成長に欠かせない栄養素である窒素が約16%含まれている。これは牛糞の窒素含有量(0.6〜3%)と比較しても圧倒的に高い数値だ。窒素は、葉や茎をつくるたんぱく質や葉緑素の材料で、植物が光合成を行い、健やかに育つために欠かせない栄養素である。
肥料で窒素を補うと、葉の色つやがよくなり、成長が促され収穫量の向上にもつながる。髪の毛の95%を構成するケラチンは、窒素を豊富に含むたんぱく質であり、このケラチンが分解されることで土壌に窒素が供給される。
髪の毛のケラチンはゆっくりと分解され、長い時間をかけて土壌に栄養を供給する性質をもつ。化学肥料は撒いた直後に一気に効く一方、髪の毛由来の肥料は数ヶ月にわたって少しずつ効き続ける。このため、土壌の健全性を保ちながら持続的に肥沃さを高めることができる。余分な窒素が水路に流出するのを防ぐ効果もあり、環境への負荷も小さい。
髪の毛を肥料に変えるプロセスは、「回収→分解→生成」という三つの段階から成る。まず、美容室や理髪店から髪の毛を回収し、洗浄と選別で不純物を取り除く。回収された髪の毛は1キログラムあたり300タンザニアシリングで買い取られ、収集に携わる人々の収入源となっている。次に、加熱や化学分解の工程でケラチンを抽出し、栄養を含んだ液体肥料へと変換する。
こうして生まれた肥料は、トマトやほうれん草などの葉物野菜などに利用され、トマトの重量が25〜40%向上するなど、目に見える成果を上げている。さらに、化学肥料よりも安価で、効果が長続きするため、小規模農家の経済的負担を大きく減らすことにもつながっている。
この循環モデルの価値は、環境への貢献にとどまらない。髪の毛の回収や加工、配送には多くの人の手が必要であり、美容室からの回収を中心に、若者の新たな雇用が生まれている。CutOff Recycleは現在、タンザニア全土に収集拠点を展開し、地域に根ざした雇用創出を実現している。
都市と農村をつなぐ「ケア」の循環モデルへ

CutOff Recycleの取り組みは、美容と農業、消費と生産をつなぐ新しい関係性を生み出している。これは単なるリサイクル事業ではなく、「ケア」という行為を軸に、都市と農村が互いに支え合う循環のかたちを示すモデルである。
美容室で行われるカットは、外見を整えるだけでなく「人をケアする行為」でもある。その結果として生まれる髪の毛が、今度は畑を豊かにし、農家の暮らしを支える肥料として再び人々の生活を潤す。こうして、美容の現場と農業の現場が結びつき、新たな共生関係が生まれている。
このモデルが地域経済にもたらす波及効果は大きい。髪の毛の回収や加工、配送には多くの人手が必要であり、若者や女性に新たな雇用が生まれている。また、化学肥料に頼らない持続可能な農業を支えることで、地域が自立的に発展する経済基盤づくりにも貢献している。
環境への配慮と社会的包摂を両立している点で、CutOff Recycleはエシカルビジネスの好例といえるだろう。African UnionやMasterCard Foundationなどの国際機関からも支援を受け、その取り組みは世界的にも注目されている。
さらに、この循環モデルは世界各地への応用可能性をもつ。実際、米国やチリでも髪の毛を活用した土壌改良の実験が進められ、果実収量の32%向上や水使用量の48%削減といった成果が報告されている。日本やアジアでは、美容業が成熟する一方で、農業の人手不足や土壌劣化が課題となっている
都市で発生する美容廃棄物を地域資源として再利用すれば、廃棄コストの削減と地域農業の活性化を同時に進めることができるだろう。美容専門学校やサロンチェーンが地域の農業団体と連携すれば、教育・雇用・環境をつなぐ新たな地域循環モデルが生まれる可能性もある。
あまりにも身近な髪の毛という素材を通じて、ケアの精神が都市から農村へ、そして再び人々の暮らしへと還っていく。
Edited by k.fukuda
参考サイト
Transforming Hair Waste into Agricultural Gold | CutOff Recycle
From school project to fully-fledged business | The Citizen
Your hair is surprisingly recyclable | National Geographic
























曽我部 倫子
大学で環境問題について広く学び、行政やNPOにて業務経験を積むなかで環境教育に長く携わる。1級子ども環境管理士と保育士の資格をもち、未就学児や保護者を対象に自然体験を提供。またWebライターとして、環境、サステナブル、エシカル、GXなどのテーマを中心に執筆している。三姉妹の母。
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