鎮守する都市の森。日本の都市計画が育む“時間のデザイン”

100年前に造成を開始した明治神宮の森と、開業から10年を迎えた大手町の森を並べると、日本の緑地計画が自然とともに紡いできた、美しい時間のデザインが見えてくる。即効性を求めるのではなく、自然の力を活かして未来に続く森をつくる——その思想は、都市の自然と私たちとの関係をどう結び直せるのかを問いかけている。

都市のまんなかにある森

原宿駅の喧騒を抜けて鳥居をくぐり、明治神宮の森に一歩足を踏み入れた瞬間、空気がすっと変わる。ざわめきが遠のき、ひんやりとした大気と湿り気を帯びた土の匂いに包まれる——そこが巨大都市・東京のまんなかであることを、ふと忘れてしまいそうになる。

しかし、この森は自然にできたものではない。かつて荒地に造られた人工の森だ。100年という年月をかけて少しずつ育まれ、世代を超えて手渡されるなか、いま私たちが目にしている森へと姿を変えてきた。

2015年の調査では約3,000種の動植物が確認され、都市開発で周囲から姿を消した生きものが、タイムカプセルに守られるように今も息づいている。

かつての空襲では延焼を免れ人々の避難の場となり、現在も空気を浄化し夏の暑さを和らげ続けている。都市の中の森は、単に街を彩るための緑にとどまらず、人びとの暮らしと無数の生きものを静かに支える基盤となってきた。

暮らしに寄り添い、災いから守り、時間をかけて育っていく森。その森は、まるで街を鎮守するように、都市と人の営みを包み込んできた。

明治神宮の森:100年前に描かれた“未来の自然”

多くの観光客も立ち寄る明治神宮の森は、都心の緑のネットワークを語るうえで欠かすことのできない存在だ。100年以上前、人の手によって計画的に造られたこの森は、時間とともに自然に「遷移」し、いまでは豊かな生態系を育んでいる。

人の手によって造られ、自然が完成させた森。世界的に見ても稀有なこの森は、都市の中に自然をどう根づかせるかという問いに対する、一つの答えといえるだろう。

自然に育たせるために人が計画した森

明治神宮の森は、”永遠の杜(もり)”を目指した、100年単位の時間を見据える壮大なプロジェクトだった。造営前、畑と荒地が広がる一帯にすぎなかったこの場所に、当時の学者たちは、時間とともに成熟していく森を構想した。

鍵となったのが、植物の「遷移」(*1)を逆算した計画である。最終的に主役となるシイやカシ、クスノキなどの照葉樹(*2)が自然に育つよう、初期段階では成長の早い樹木を混ぜ、森が自ら姿を変えていく道筋が描かれた。

当時、従来の神社林にならい、「スギ林がふさわしい」とする声もあった。しかし林学者たちは、近隣を走る鉄道や将来の都市化を見据え、公害に弱いスギは都会に適さないと判断。照葉樹を主体としてこそ、永遠の杜となるという主張は、今日の植物生態学から見ても先駆的な決断といえる。

最初にこそ人の手が入るが、その後は管理を最小限にとどめ森自身の力に委ねていった。100年を経た現在、遷移は設計通りに進み、人工林でありながら天然林に近い姿へと成長している。

多様な生物が定着し、単純な植栽では再現できない複雑な生態系が形づくられてきた。自然を「つくる」のではなく、自然が育つ条件を整えることで生まれたこの森は、人と自然の協働の成果ともいえるだろう。

“完成形をつくらない”という日本の美学

明治神宮の森づくりで特筆すべきは、すぐに手に入る完成形を求めなかった点にある。計画者たちは、森は人が仕上げるものではなく、時間とともに自然が育てていくものだと考えた。

人は一歩引き、自然の力に委ねるという姿勢が、結果として人工林でありながら自然林に近い森を生み出した。

こうした発想の背景には、日本の風土と文化がある。四季の移ろいを受け入れ、変化の途中に価値を見出す感性。伊勢神宮の式年遷宮に見られるように、完成や永続を固定するのではなく、更新し続けることで守るという考え方が根底にある。

庭木が四季を通じて表情を変えるように、日本の自然は季節ごとに絶えず変化し、時には豊かな恵みを与え、時には厳しさを突きつけてきた。そのような環境において、日本人は自然を力で制するのではなく、自然から学び、寄り添い、順応する知恵を培ってきた。

自然に抗わず、変化の中で生きる姿勢こそが、日本の美意識やものづくり、さらには森づくりの根底に流れている。自然の力と長い時間を前提に設計された明治神宮の森は、効率や即効性を求めがちな現代において、私たちの自然への向き合い方を問い直しているようだ。

大手町の森:50年かけて育てる“未来の都市風景”

東京・大手町の超高層ビル群の足元に広がる「大手町の森」は新しいかたちの都市の森だ。コンセプトは「森(しん)・呼吸できるまちづくり」。

2013年の完成から10年以上が経過し、希少種を含む約300種の植物が根づき、野鳥や昆虫を呼び寄せる都市の生態系が着実に育っている。

約3,600㎡のまとまった緑は、樹木の蒸散作用や土壌の保水機能によって、周囲より気温の低いクールスポットを生み、ヒートアイランド現象の緩和に貢献。さらに雨水を循環利用する仕組みが、都市水害のリスクを抑えながら森を支えている。

都市で森を成立させるための仕組み

大手町の森は、単に木を植えただけの緑地ではない。ビルの屋上や人工地盤という制約の中で、いかに「森として生き続ける環境」を成立させるかが、設計の核心だった。

地中には多層構造の土壌と保水システムが組み込まれ、雨水をため、ゆっくりと循環させることで、都市にいながら森林に近い水の流れを再現している。

植栽は「異齢・混交・疎密」という自然林の特徴を取り入れ、高木・低木・草本が立体的に配置された。光と影、風の通り道が生まれ、鳥や昆虫など小さな生きものが入り込む余地が確保されている。

人の手による管理は前提としつつも、最終的には生態系が自立して回り始めるよう設計されている点が、大きな特徴だ。都市で森を維持するために、育ち続ける仕組みを組み込んだ試みといえる。

「いまはまだ若い森」─完成は50年後

現在の大手町の森は、まだ若い。樹木はこれからさらに背を伸ばし、枝葉を広げ、光環境や林床の植生も少しずつ姿を変えていく。50年後には、ビルの谷間に成熟した森が広がり、都市風景をやわらかく包み込む姿が思い描かれている。

人がきっかけをつくり、その先は時間と自然に委ねていくという長期構想は、明治神宮の森の思想とも深く通じている。即効性や見た目の完成度を優先しがちな都市開発の中で、未完成からスタートするこの森は、人の時間を超えて育ち続けるプロジェクトだ。

いま目の前にある風景は、未来への途中経過にほかならない。

日本の森づくりが教えてくれる、“時間のデザイン”

明治神宮の森と大手町の森を並べて眺めると、日本の森づくりが大切にしてきた「時間のデザイン」が浮かび上がってくる。森は、植えた瞬間に完成するものではない。年月をかけて樹木が育ち、入れ替わり、土と生きものが関係を結び直しながら成熟していく。

こうした長い時間軸で自然と向き合う視点は、林業や雑木林の手入れなど、日本の暮らしの中で脈々と受け継がれてきた知恵でもある。

都市の緑に生じがちな害虫や落枝、落ち葉といった課題も、単なる管理の問題として切り取るのではなく、生態系全体の時間と循環の中で捉え直すことで、別の解決の道が見えてくるはずだ。

人の寿命を超える物差しを前提に、自然と共に街を育てていく。その姿勢こそが、長く大切にされる緑を守り、心地よく住みやすい空間を未来に受け継ぐ鍵となるのではないか。

世代を超えて受け継がれる“都市の杜”

明治神宮の森と大手町の森は、私たちに「森づくりは未来に手渡すプロジェクトだ」ということを教えてくれる。

時代も技術も異なる二つの森に共通するのは、人がすべてを制御しようとせず、自然の力が発揮される余白を設計に組み込んだ点だ。遷移を見据えた樹種の選択や、人の関与を最小限に抑えながら育てていく姿勢は、日本の森づくりの知恵といえるだろう。

都市の緑は、目に見える即効的な効果だけを目的とするものではない。数十年、あるいは百年という時間のなかで成熟し、次の世代の暮らしや心身の健やかさを支えていく長寿命のインフラとなる。

これらの森は完成された風景ではなく、私たちはいま、その途中に立ち会っている。街の中で育ち続ける緑を見守り、次の世代へつないでいく——その時間に伴走することこそが、この都市の森が私たちに託している役割なのかもしれない。

Edited by c.lin

注解・参考サイト

注解
*1 「植物群落の構成種が、時間とともに変化していくこと。これ以上遷移が進まなくなった最終的な安定状態を「極相」という。
*2 冬でも落葉しない広葉樹(常緑広葉樹)の一種。葉の表面の角質層が発達し、光沢のある深緑色の葉を持つことから名付けられた。

参考サイト
杜(もり)・見どころ|明治神宮
寺田寅彦 日本人の自然観|青空文庫
虫目線で見た神の森|セブンイレブン記念財団
大手町の森で学ぶ都市と自然の再生|東京建物

About the Writer
曽我部倫子

曽我部 倫子

大学で環境問題について広く学び、行政やNPOにて業務経験を積むなかで環境教育に長く携わる。1級子ども環境管理士と保育士の資格をもち、未就学児や保護者を対象に自然体験を提供。またWebライターとして、環境、サステナブル、エシカル、GXなどのテーマを中心に執筆している。三姉妹の母。
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