#24 気候変動時代の青春映画『大海のひとしずく』が共有したかったもの

わたしの中のもうひとりの僕

「なんで脱炭素社会を実現したいなら石炭火力発電所は止めるべきだって言わなかった?」

環境審議会の後、わたしの中のもうひとりの僕が毒づいてきた。1986年の冬「あんな大人にはならない」と悔し涙を流した雨の夜からひとつの身体を共有してきた17歳の私だ。

「言えるわけないだろバカ」

理想を口にするには現実を知り過ぎた。正しさだけでは守れないものを許容し過ぎた。社会の一員として生き延びるために身につけてきた生存戦略が理想郷で生きるもうひとりの自分の声を封殺していた。

あれから3年。胸の奥で燻り続けていた違和感について筆を執らせたのは、一本の映画だった。

『大海のひとしずく』

2019年に始まった横須賀火力発電訴訟を始めとする気候訴訟を記録したドキュメンタリー映画だ。監督は山本大貴さん。慶應義塾大学に通う、22歳の青年だ。

少年の心に影を落とした、未来への不安と恐怖

冷たい雨が降る月曜の朝、京急久里浜駅で山本さんと落ち合った。「久里浜に来るのは撮影のとき以来ですね」と気まずそうに笑っていた。近くの喫茶店に入り、彼は紅茶を、わたしはコーヒーを注文した。初号試写の感想を伝えると安堵したように顔を綻ばせた。わたしは山本さんが環境問題に関心を持ったきっかけから話を聞いた。

「やっぱり大きいのは未来に対する不安と恐怖ですね」

2019年秋、台風19号が関東を直撃した。東京の多摩川流域でも浸水被害があり、調布市にある山本さんの家の前を流れる支流もギリギリのところまで増水した。

「身の危険を感じたことで、遠い国の、遠い未来の話だと思っていた気候変動が足下まで迫っているのを感じました」

当時16歳だった山本さんは父親に「一緒に来て」と頼んで、より大きな被害を受けた栃木県の災害ボランティアに参加した。待っていたのは、途方に暮れるほど壊滅した町と、果てしない泥掻き作業だった。

「ショックでした。海面上昇で沈んでいく遠い外国の島ではなく、東京から少し離れたところにもこういう脆弱な地域があることが」

翌2020年、緊急事態宣言で休校になった。モヤモヤを抱えたまま家に閉じ込められた山本さんは、SDGsサークルを通じて存在を知った「Fridays For Future Japan(FFF Japan)」に参加した。全国の仲間とオンラインで繋がった。気候科学の専門的な解説を聞いた。

「自分が60歳になった時、今とはまるで違う世界になっているかもしれない。未来を描くことが怖くなる瞬間が何度もありました」

胸騒ぎが確信に変わっていた。当たり前だと思っていた自分たちの暮らしが温室効果ガスを大量に排出し、各地で気候災害を引き起こしている。自分の未来を自分自身の手で壊しているような恐ろしさも感じた。

その一方で「もっと自由に生きていいんだ」という気づきもあったと山本さんは言う。小・中学校で当たり前のように抑圧されていた心に高校の自由な校風が変化をもたらした。衝動の赴くまま、新たな世界の扉を開いた先で知らなかった自分に出会えた。心を自由に表現することの解放感を知った。

「矛盾しているように聞こえるかもしれないですけど」

こんな風に話している今も、彼の中に揺れ動くものがあるのを感じた。わたしの中のもうひとりの僕が静かに共鳴していた。

大人との対話で突きつけられた現実

FFF Japanでは国の舵取りを担う政治家に提言したり、対話をする機会にも恵まれた。

「仲間内でこんな世界になったらいいなと話していたことを政治の中枢にいる大人に面と向かって伝えられることに喜びもありましたし、立場の違う人とは話さなければ分からないことがあるのも知りました」

一方で、ある政治家からこう言われた。「もっと有権者の関心を広げて欲しい。環境政策が票になるようにしてくれれば話は変わる」。票にならなければ政治は動かないという現実を前に、別の戦略を模索し始めた。

想いを切り取られないように作った映画『気候変動が叫ぶ』

大学入学とともに持病を患い、強制的に活動から離れた2022年、山本さんはFFF JAPANで意気投合した同志と、映像メディアを立ち上げた。気候危機を市民運動の視点から共有する映像メディア「record1.5」だ。

「いくら頑張ってSNSで発信しても、メディア取材を受けても、若者活動家というイメージだけが独り歩きして、本当に伝えたいことが伝わらないしんどさがありました」

自分たちの映像メディアならば絶望も希望も、怒りも悲しみも、祈りも、矛盾する感情や葛藤も何ひとつ切り取られることなく伝えられるかもしれない。そう思ったという。

クラウドファンディングで渡航費を調達し、エジプト開催の「COP27」に飛び込んだ様子を記録した第一作『気候変動が叫ぶ』は上映会を中心に千人以上に届けられ、新たな市民グループが請願活動を始める種蒔きにもなった。

「政治家の方に言われた数を増やすというのとは逆ですけど、誰かの心に深く刺さったり、同じ思い抱えている人と繋がるきっかけになりました」

二作目で横須賀石炭火力訴訟を題材にした理由

COPで撮影した前作には宿題も残った。CO2排出量が世界で5番目に多い自分たちの国が世界でどう見られているのか。排出量の少ない国々にも大きな影響を及ぼしている気候変動に対してどう責任を取るべきなのか。

「だったら排出量の4割を占めるエネルギー転換部門にカメラを向けるべきなんじゃないかと話していた時に出会ったのが、2019年5月に横須賀で始まった石炭火力発電所に対する気候訴訟だったんです」 

2023年6月、横須賀市の久里浜にリプレースされた横須賀火力発電所。燃料は石炭で、事業者が2018年に公表した「環境影響評価書」によるとCO2の年間排出量は726万トン。同じ年に市全体で排出されたCO2の約4倍に相当する。同市の環境審議委員であるわたしがCO2排出量の削減策について審議する上で避けて通れないと考えていた施設でもあった(※後に「市民の努力では減らないエネルギー転換部門のCO2は市の排出量に含まれない」という通例があることを知った)し、地元の漁師さんが裁判に参加しているのも知っていた。

山本さんは2024年2月の控訴審判決の前から原告団にカメラを向けてきた。

映画「大海のひとしずく」より(Ⓒrecord1.5)

「訴訟も負け続きで、疲弊している中で撮り始めました」

取材対象となった原告は発電所の近隣住民や漁業関係者、3人の未成年を含む48人。誰もがごく普通の市民だ。山本さんにとっては一市民として気候変動問題に取り組んできた自分を客観的に見つめ直す機会でもあったという。

「撮っていてすごく惹かれたのは原告の団長だった鈴木陸郎さん。元高校の教師で、この訴訟まではこういう活動とはほとんど縁がなかった方です。祖父母の世代にあたるんですけど、気候変動問題に取り組み始めた時期が自分と同じくらいということもあって、年の差を感じない親近感がありました」

映画「大海のひとしずく」より(Ⓒrecord1.5)

訴える側も訴えられる側も、どちらもしんどい

訴訟を起こされている事業者はCO2を排出しない「ゼロエミッション火力」による2050年までの脱炭素化の挑戦を掲げている。すなわち提訴された側も「今のままの火力発電ではいけないこと。カーボンニュートラルを実現しなければならないこと」を認めていると言える。訴訟する側と提訴された側が同じ未来を見ていながら、対立してしまうのはどうしてなのだろう。

「2050年までのカーボンニュートラル実現という方針を政府が示している以上、事業者は従わざるを得ない。その中で技術大国のプライドを背負って難しいことに挑戦している。しんどさもそれなりにあるんじゃないでしょうか」

訴える側が守りの戦略ならば、訴えられる側は攻めの戦略とでも言うべきなのか。だが、どちらも思うように進まない。だから、どちらもしんどい。お互いが地球規模の気候変動という巨大な底無し沼から抜け出せないような感覚。それが問題の根底にあるのではないかと山本さんは言う。

「見ている未来は同じなのだから、方法論が違うからと決裂するのではなく、対話をやめたくないと思っているんですけど…」

気候訴訟は事業者と対話するための場作りでもあるのかもしれないとわたしには感じられた。

「大海のひとしずく」という棄却理由に感じた思い

クランクインから10ヶ月が過ぎた2024年10月、横須賀石炭火力訴訟は裁判所が原告らの上告を棄却する形で幕を閉じた。

映画「大海のひとしずく」より(Ⓒrecord1.5)

「横須賀火力発電所のCO2排出量は世界全体の排出量の5000分の1、”大海のひとしずく”に過ぎない」というのが理由だった。一ヶ月前にはイギリスですべての石炭火力発電所が操業を停止するなど多くの国々で廃止が強く求められている中での暴挙と原告団は憤りを滲ませていた。

棄却理由は開き直りとも思えたし、諦めとも取れた。同時に原告団を揶揄しているようにも感じられたが、山本さんはあえてその言葉を映画のタイトルに据えた。そこにはどんな思いがあったのだろうか。

「気候変動がどのような問題なのか。今の日本の社会通念を裁判所が客観的に示してくれたものだとも思いました」

皮肉にも聞こえたが、それ以上に山本さんの人間に対する失望を感じた。

地球規模で起きている気候変動を止めることができていない原因のひとつは、わたしたち一人ひとりの中に存在する「大海のひとしずく」という利己心にあるのではないか。16歳のときから気候変動問題に取り組んできた山本さんはその言葉に人間の甘えや弱さ、狡さを感じ取ったのかもしれないと思った。本作の中に原告の鈴木さんが一滴のインクで瓶の水を濁らせるシーンがあったのだが、わたしはそこに山本さんの心情を重ねていた。澄み渡る海のような少年の心を一滴の黒いインクが濁らせていくところを。

「一方でその一滴というものをどう捉えるかを限定したくはなかった」と山本さんは言う。何度も編集を重ねた稿の中にはラストに「たった一滴かもしれないけれども、そのたった一滴の集積が社会を変えてもきた」というような受け取り方によっては希望にも感じられるナレーションをつけていた時期もあったという。

「自分自身が声を上げることにしんどさを感じるようになったこともありますけど、今は希望よりも、共有しなければならないことがある。そう思ったんです」

その裏には横須賀石炭訴訟を撮影していた時期に舞い込んだ”ある誘い”に対する迷いと決断があった。

日本で最初の若者による気候訴訟の原告になる

それは、日本で最初の「若者気候訴訟」の原告にならないかという誘いだった。若者の未来を脅かしている日本の主な火力発電事業者10社に対し、少なくともIPCCが示す水準までCO2の排出を削減することを求める裁判だ。世界各国ではすでに国や事業者を相手取った若者気候訴訟が幾つも行われており、「基本的人権の侵害にあたる」と勝訴するケースも急増していた。しかし――。

「正直迷いました。横須賀の石炭火力訴訟を取材していて原告のしんどさも見ていましたし、起こしても負けるだけじゃないかという気持ちにもなっていました」

2024年8月、迷い抜いた末に参加を決断した。

「先に訴訟を起こした人たちがやってきたことを無駄にしちゃいけないと思ったんです」

映画「大海のひとしずく」より(Ⓒrecord1.5)

横須賀で気候訴訟を起こした人々にカメラを向けていた山本さんはそのカメラを気候訴訟の原告となった自分自身に向け始めた。

「私たちは、すぐに大きな変化を望むことが難しい時でも、なぜ声を上げ続けるのか」

その問いに対する答えを外側にではなく、内側に探し始めた。

「一人ひとりとは、「私」とは、どんな存在なのか」

山本さんが23歳の現時点で辿り着いた答えとは。そして、希望よりも共有しなければならなかったものとは――それはぜひ公開後に確かめて欲しい。同じ時代を生きる一人ひとりの心で。

『大海のひとしずく』は完成と公開を目指してクラウドファンディングを実施している。(*1)

気候変動時代の青春映画が共有したかったもの

雨は上がっていた。喫茶店を出て、久里浜の町を海に向かって歩いた。映画の中で「気候変動問題に関わって一番変わったのは自分自身だと思う」と石炭火力訴訟の原告・鈴木陸郎さんが話していた浜辺だ。

映画「大海のひとしずく」より(Ⓒrecord1.5)

大きく頷きながら聞いていた山本さんもその思いに共感したに違いない。その変化が喜ぶべきものだけなのかはわからないけれど。

対岸に横須賀火力発電所が見えた。1979年、冷戦下における「核の恐怖」を背景に生まれた映画「太陽を盗んだ男」で沢田研二演じる理科教師が原爆製造のためにプルトニウムを強奪した原子力発電所の撮影に使われた場所でもある。その場所が時代を越えて再び青春映画の舞台となっていることに因縁めいたものを感じていた。

『大海のひとしずく』は気候変動を題材にしているが、わたしはそこに青春映画としての普遍性を感じていた。わたしが好む青春映画にはいつも時代の空気とともに刻まれているものがあった。それは本作を通じて山本さんが共有したいものと同じだった。そのことを伝えると、山本さんは嬉しそうに笑ってくれた。

最後に一番聞いてみたかったことを質問した。もしも気候変動が起きていない時代だったら今、何をしていたと思うか、と。

「めちゃくちゃ理系で、宇宙物理学の研究者になりたかったんです。高校1年生までは本をずっと読みまくっていました」

気候変動問題に取り組むようになった結果、大学では社会学系の学部を選択した。今も宇宙物理への思いは消えず、理系の講義を受けに行くこともあるという。一方で「気候変動問題と出会う前の以前の自分が何を考えていたのかはもうほとんど思い出すことができない」と山本さんは笑った。

気候変動の影響で命を落とした人もいれば、こんな風に未来を変えられた若者もいる。影響を受けていない人はこの地球にひとりもいない。

2026年1月に開かれた若者気候訴訟の第五回口頭弁論に原告のひとりとして立った山本さんは意見陳述をこんな言葉で締めくくっている。

「それでもわたしたちは生きていくのです」

火力発電所の煙突から煙が立ち上っていた。その煙は社会の需要――すなわち電力を消費しているわたしたちひとりが生み出しているものでもある。だからこそ、一人ひとりが答えを出さなければいけないのだ。未来を生きる誰かを大切に思うならば、自分が今、何をすべきなのかを。

「あのときならないと決めた大人にはなるなよ」とわたしの中のもうひとりの僕が言う。気候訴訟の原告も政治家も火力発電所で働く人も、かつてはみんな少年だった。だからこそかつての自分に恥ずかしくない未来を選ばなければと『大海のひとしずく』という青春映画が思い出させてくれた。

旅するように暮らす、この町で。

2026年3月26日

注解

*1 『大海のひとしずく』は完成と公開を目指してクラウドファンディングを実施している。

About the Writer

青葉 薫

横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
この人が書いた記事の一覧

種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~

文・写真 青葉薫

夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。

15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで

「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。

#26 2040、未来の君へ
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