
サステナブルツーリズムの”サステナブル”とは、何を持続させることなのだろうか。環境への配慮が進む一方、観光業界で深刻な問題とされているのが、現場の人手不足である。本記事では、観光業界が直面する働き手確保の課題に触れながら、持続可能な観光のあり方を探っていく。
環境より先に、現場が悲鳴を上げている

観光地の「環境」「文化」「経済」の3点における持続可能性を目指す、サステナブルツーリズム。旅行者の増加が引き起こすオーバーツーリズムが問題視され、自然環境や生態系への影響が注目されてきた。
だが今、観光業界において深刻な課題とされているのは「働き手の確保」である。リクルートが発表した「観光業界課題調査2025」によると、観光事業における課題として「観光現場の人員不足対策」が回答者の立場を問わず上位にランクインした(*1)。
特に、宿泊施設や観光施設などでは現場の働き手不足を48.6%が課題として挙げ、観光マネジメントを担う専門スキル人材や高度人材の不足も41.3%に上る。人手・人材不足による影響については、「深刻な影響がある」が17%、「かなり影響がある」が30%、「やや影響がある」が37%と回答されており、特に行政と宿泊施設では約90%が「影響がある」と答えている。
サステナブルツーリズムの実現に向けて環境への配慮を目指す動きが広がる一方で、実際に対策を講じる現場の人材が確保できていないという矛盾が浮き彫りになっている。宿泊業・飲食サービス業では、コロナ禍前から休日の少なさや賃金の低さが課題とされてきた。こうした労働環境の厳しさから、離職率も高い傾向が続いている。
また昨今では、労働者の高齢化も懸念されている。宿泊業の就業者を年齢別に見ると、全産業と比較して30歳代の割合が低く、60歳以上の割合は3割に達している(*2)。「若者が少なく、高齢者が多い職場」というイメージは、若年層にとって就職のハードルとなりうる。若手の入職が減り離職が増加すれば、さらなる高齢化の悪循環に陥るだろう。 加えて、2040年には高齢者人口がピークを迎え労働力不足がさらに深刻化する「2040年問題」が発生するといわれており、現在60歳以上が3割を占める宿泊業では、大量退職による人手不足の深刻化も懸念される。
観光業界の人材不足は、事業の継続そのものを脅かす事態を招いている。サービス・ツーリズム産業労働組合連合会の調査によると、旅行・宿泊業の加盟組合のうち85%の事業者が、人手が足りないために営業制限をかけざるを得ない状況に追い込まれている。旅行業では予約受付の制限や営業時間の短縮、宿泊業では営業日数や受入人数の制限といった対応を迫られているのだ。
特に地方では、繁忙期であっても十分な人員を確保できず、本来なら稼ぎ時であるはずの時期を乗り切れない施設もある。オーバーツーリズムへの対策以前に、そもそも旅行者を受け入れられないという事態が起きている。
担い手が減る産業で、持続可能性をつくるには

そもそも観光産業は、労働集約型である。宿泊施設での接客・飲食店でのサービス・観光地での案内業務など、多くの場面で人の手が必要とされる。
担い手となる人材の確保は業界自体が成長していくうえで不可欠だが、旅行者数がコロナ禍前に戻りつつある昨今においても、人手不足は一貫して解消されていない。
厚生労働省の令和6年雇用動向調査結果の概況によれば、宿泊業・飲食サービス業の平均離職率は25.1%と他業種と比較しても高い。入職率も28.4%と高く、人の入れ替わりが激しい業界である。
離職率が高い理由として、厳しい労働環境が挙げられる。2024年の宿泊業・飲食サービス業の年間休日数は100.3日で、全産業の平均より約10日少ない(*3)。有給休暇の取得も5.9日と、全産業の半分ほどにとどまる(*4)。さらに賃金面では、宿泊業や飲食店で働く正社員の年間賃金は269.5万円と、全産業の中で最も低く、平均を約75万円も下回っている。(*5)こうした休暇の少なさと低賃金が、人材流出を招く要因の一部となっている。
人材不足を解消するには、まず現状の課題を洗い出し、次のステップとして機械の導入や仕組み化を取り入れることが必要だ。大切なのは、単に人を減らすのではなく、人を守るための工夫である。
機械の導入においては、清掃や配膳などの作業をロボットに任せることで業務の負担を減らし、従業員はより質の高いサービス提供に集中できるようになる。また仕組み化では、紙で管理していたものをデータ化することで、情報共有や業務の効率化が可能になる。宿泊予約システムや会計ソフトなどを活用すれば、業務はよりスムーズに進む。
実際の成功例を見てみよう。群馬県の伊香保温泉にある旅館「福一」では、自動チェックイン機と電子宿帳システムを導入した。それまでフロントでのデータ入力業務が負担となっていたが、導入後は1日で6〜7時間の作業時間削減を実現。業務効率化と質の高いサービス提供の両立に成功している(*6)。
ただし注意したいのは、すべてのサービスを機械化すれば良いわけではないという点だ。人ならではの気配りや地域ならではの温かみが薄れれば、観光の魅力そのものが損なわれかねない。人材不足の中で持続可能性をつくるには、「人を減らす」のではなく、現在働く人の負担を軽くし、より質の高いサービスを提供できる環境を整えることが重要だ。
働き続けられる観光の仕組みに向けて

観光の持続可能性とは、環境への配慮のみを指すわけではない。真の意味での持続可能性は、「環境」「人」「地域経済」の三つの要素が重なり合うことで成り立つ。たとえば、人材不足問題が緩和し安心して働き続けられる環境が整えば、地域資源の保全やツアーの品質向上、混雑対策にもプラスの影響が生まれる。
こうした好循環を生むには、地域が一体となった取り組みが不可欠だ。行政や事業者、住民が課題を共有し、人材の確保・定着を支援していく体制を整える必要がある。
同時に大切なのが、地元住民が誇りを持てる環境づくりだ。旅行者の消費と行動が地域に良い影響を与える関係性を築けば、それが住民の誇りとなり、地域で働き続けたいという思いにつながっていく。
サステナブルツーリズムを考えるうえで問い直したいのは、「観光は誰のためにあるのだろうか」ということだ。環境への配慮がいくら進んでも、現場で働く人が疲弊し続けるなら、それは持続可能とはいえない。
観光地の裏にある人々の声に耳を傾け、訪れる人も迎える人も幸せを感じられる仕組みを地域全体でつくっていく。それこそが、本当の意味でのサステナブルツーリズムではないだろうか。
Edited by k.fukuda
注解・参考サイト
注解
*1 じゃらんリサーチセンター「観光業界課題調査2025」
*2 日本総合研究所「コロナ禍後を見据えた観光業の雇用改革に向けた課題―労働生産性の向上と雇用の安定による人手不足克服が急務―」
*3 厚生労働省「令和6年就労条件総合調査」
*4 厚生労働省「令和6年就労条件総合調査 結果の概況」
*5 厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」
*6 観光庁「観光地・観光産業における人材不足対策事業 事例集」
参考サイト
観光業界課題調査2025|株式会社リクルート
宿泊業・飲食サービス業の人手不足への対応|日本総合研究所
令和6年就労条件総合調査の概況|厚生労働省
令和6年就労条件総合調査|厚生労働省
令和6年賃金構造基本統計調査|厚生労働省
観光人材育成の取組事例集|国土交通省観光庁
サービス連合第70号|サービス ・ツーリズム産業労働組合連合会
観光地・観光産業における人材不足対策事業事例集|観光庁























エリ
大学時代は英米学科に在籍し、アメリカに留学後は都市開発と貧困の関連性について研究。現在はフリーライターとして、旅行・留学・英語・SDGsを中心に執筆している。社会の中にある偏見や分断をなくし、誰もが公平に生きられる世界の実現を目指し、文章を通じて変化や行動のきっかけを届けることに取り組んでいる。関心のあるテーマは、多様性・貧困・ジェンダー・メンタルヘルス・心理学など。趣味は旅行、noteを書くこと、映画を観ること。( この人が書いた記事の一覧 )