
同じ教室にいるのに、互いのことを何も知らない。話したいのに、言葉が出ない。そんな子どもたちの「わかり合えない」現実が、演劇という表現を通して変わり始めている。他者の役を演じることで育まれる共感力と想像力。コミュニケーション能力と社会性を高める演劇教育の可能性を探る。
教室の中で“わかり合えない”現実

不登校児童生徒数は過去最多を更新し続けている。教室に行けなくなる子どもの多くが、小さな誤解やすれ違いから孤立を深めていく。何らかのトラブルを抱えていても、誰に助けを求めればいいかわからない、状況をうまく説明できない、話したくない、話せる相手がいない。そうして一人で抱え込み、気づかれないまま教室から遠ざかっていく。
誤解やすれ違いの一因は、相手のことをよく知らない、よくわからないことにある。コミュニケーションの方法が変わり、リアルに他者と関わる機会が減った今、他者の視点に立って考える力、他者を理解する力が育ちにくくなっている。
子どもが孤立する背景は多様だ。虐待や相対的貧困といった家庭の問題、障がいに対する合理的配慮の不足、性的マイノリティへの偏見や差別、外国ルーツの子どもへの言語・文化的サポートの欠如など、さまざまな要因が複雑に絡み合っている。
このような個々の背景に関わらず、すべての子どもが同じ場で、共に学び、尊重しあい支えあうことを目指して始まったのがインクルーシブ教育だ。
ところが日本では、障がいのある子どもの教育の延長線でインクルーシブ教育が進められてきた経緯があり、性的マイノリティや貧困家庭、外国にルーツをもつ子どもたちへの配慮や対応が十分なされてきたとは言い難い。加えて、障がいのある子どもの教育に関しても、2022年9月、国連障害者権利委員会から「分離された特別支援教育の中止」と「インクルーシブ教育への転換」を求める勧告を受けた。(※1)
そうした現状のなか、教室という小さな空間で子ども同士の小さな誤解やすれ違いが積み重なり、心を閉ざし孤立していく子どもは決して少なくない。その力を伸ばすこと、そのために必要な経験を積む場を整えることが、教室の中のわかり合えない現実を変える鍵なのではないだろうか。
役を生きることで気づく、自分の中の他者

他者の視点に立って考えるには、他者を知り理解することが必要だ。その方法の一つとして、ロールプレイングやワークショップ、即興劇など、他者を演じることで異なる立場を疑似体験できる演劇的手法に注目が集まっており、さまざまな研究と実践による検証が行われている。
脳の働きからみた演劇的手法の有効性
イギリスのサリム・ハシュミ博士のチームの研究により、子どもが人形遊びをしている時、情緒や社会的能力に関わる脳の領域の働きが活発になることが明らかになった。(※2)この結果は、他者を演じることで他者の視点を取り込み、その感情を模倣する演劇的手法が、他者の心を理解する共感力と想像力、社会的能力を伸ばす可能性が高いことを示唆している。
即興劇の創作と演出体験を通して学ぶ他者の視点
誰かを演じる、役になりきることがもたらす効果について研究を重ねているチームは、日本にもある。京都大学のDE&I(ダイバーシティエクイティ&インクルージョン)コンソーシアムだ。「演劇×教育×DE&I」クロスオーバープロジェクトー演劇を通じた多様性理解の実践ーと称して、演劇的手法を用いた授業を複数の小学校で実施している。
グループごとの即興劇の創作や演出経験、フィードバックを通して、立場の違いによる視点や考え方の違いを知り、多面的かつ多角的な対話を深める力と主体性を育てることが目的だ。対話力の深まりによって、より深く他者を知ることができ、多様性を受け入れやすくなるという。(※3)
演劇的手法導入の課題と教員サポートの必要性
教育現場における演劇的手法の有効性が示されるようになっても、導入にあたっては越えなければいけないいくつかの課題がある。なかでも、演劇的手法を専門としない教師が演劇的手法を用いた授業が行えるかどうかは大きな懸念事項であり、何らかのサポートが必要となることが予想される。
そのため明治学院大学の根本淳子教授と小林由利子教授は、教師が実践しやすい演劇手法の調査と、必要な支援策を明らかにすることを目的に、2024年度明治学院大学心理学部付属研究所特別研究プロジェクトの助成を受けて、教員向けのワークショップを複数回実施し、その成果を分析した。
レポートによると、参加した教員たちは演劇的手法が創造性やコミュニケーション能力、自己理解を高める可能性が高いと認識できた一方で、教育現場での実践に役立つ教材や教員向けの研修機会、現場でのサポート体制が強く求められていることが明らかになった。(※4)
理解し合える教室は、こうして少しずつ育っていく

2020年、文部科学省は新しい学習指導要領のなかで「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」を目指すことを打ち出し、以下の3つを育むことを教育の柱とした。(※5)
- 学びに向かう力、人間性
- 実際の社会や生活で生かせる知識及び技能
- 思考力、判断力、表現力
前述してきたように、演劇的手法はこれらを育むのに適しているという声が各方面から上がっていることに加え、文部科学省も教育の一環としての演劇の有効性を認識していることから、演劇手法を用いた授業は今後増えると予想されている。
他者を演じる機会が増えることで、教室の中でうまれる誤解やすれ違いが減り、多様な背景をもつ子どもたちも馴染みやすい環境が整っていくことが期待できる。
海外では「生きる練習」ともいわれる演劇教育。子どもの孤立を防ぎ、多様な背景をもつ子どもが排除されることなく、誰もが共に学び、尊重しあい支えあうインクルーシブ教育の実現において、演劇は重要な役割を果たす可能性を秘めている。演劇的手法を通じた教育の広がりが、すべての子どもが共に学べる教室づくりの鍵となるだろう。
Edited by k.fukuda
注解・参考サイト
注解
※1 外務省「日本の第1回政府報告に関する総括所見(国連障害者権利委員会)」
※2 学術誌『NeuroImage』「Doll play prompts social thinking and social talking: Representations of internal state language in the brain」
※3 京都大学DE&Iコンソーシアム「『演劇×教育×DE&I』クロスオーバープロジェクト-演劇を通じた多様性理解の実践-」
※4 根本淳子・小林由利子「教育現場における演劇的手法の活用可能性と課題:ワークショップの実践を通じて」
※5 文部科学省「主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善」(2020年)
参考サイト
多様な子どもたちが共に学ぶ「インクルーシブ教育」。いま、子どもたちになぜ必要か?|日本財団
インクルーシブ教育の国際的動向と 日本におけるインクルーシブ教育の推進 -特別支援教育をめぐる動向を踏まえて-|東京学芸大学教育実践研究第 21集 pp. 43-52.2025
「子どもの社会的孤立」はなぜ生じてしまうのか?その背景と課題、影響を考える|ピースワラベ
外国人児童生徒等教育の現状と課題|文部科学省
外国人の子どもの不就学実態調査の結果について|文部科学省
国際的に注目される「演劇教育」の効果|こども演劇プロジェクトN.G.A

























Satoyo S
大学時代は英文科に在籍していたものの、建築設計の道へと進み、結婚・出産を機に退職。その三年後にHR広告営業を経て、障害福祉事業所の運営、行政事業の執行に携わり、現在はコンサルタントとして独立。社会福祉法人の理事も兼務している。ウェルビーイング、地域文化、伝統食品、市民活動、市民政治をテーマに執筆。物事の背景を深く掘り下げることを得意とし、「誰もが互いの個性、価値観、気候風土が育んだ文化を認めあい共生できる社会」を目指している。
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