
ノルマのように名所を巡り、SNS映えする写真を撮る旅行客。それに伴って、混雑やマナー違反に遭遇する地域住民。観光のあり方は、果たしてこれでよいのだろうか。いま、観光は別の在り方も示している。本記事では国内外の事例を紐解きながら、土地や人と深くつながる新しい観光の可能性を探る。
名所をめぐる旅に感じる違和感

バタバタと名所を訪れ、景色や料理にスマートフォンを向ける。写真をSNSに投稿したら、すぐに次の目的地へ。宿に着けば翌日のスケジュール確認…。こうした旅行は、本当に満足できるものなのだろうか。
この違和感は、旅行者の志向の変化にも通じている。世界最大級の宿泊予約サイト・Booking.comの調査を見てみよう。2017年の調査では、世界の回答者の45%が「旅行のバケットリスト(死ぬまでに一度は行きたい場所・やりたいこと)を持っている」と回答。そのうち82%が「2018年にはそのリストにある場所へ行きたい」と答えた。日本でも44%がリストを持ち、68%がそのリストにある場所への旅行を希望していた(注1)。
ところが2024年の調査では様子が変わる。世界の旅行者の60%(日本の旅行者では34%)が「心身の健康を満たすリトリート」に関心を持っているという結果が示されたのだ(注2)。
この変化からは、旅の目的が名所・名物を“消費する”ことから、心の安らぎや内省を求める方向へと移りつつあることが見て取れる。もしかしたら、従来の旅のあり方に違和感を感じている人もいるのかもしれない。
観光公害が突きつける現実

名所を巡るのは、決して悪いことではない。ただし、その欲求が先行した“消費型”の観光の加速は、「観光公害(オーバーツーリズム)」につながってしまう。
例えば京都では、私道への無断侵入や舞妓さんへの無許可撮影が問題となっている。京都市内のバスでは、大きなスーツケースを持ったまま乗車する旅行客によって、車内が混雑する事態も起きている。
富士山では登山者の急増に伴い、寝袋やブルーシートを敷く、たき火をするなど、危険や迷惑を及ぼすケースが多発している。また、富士山を撮影できるコンビニエンスストアが有名になり、撮影者のマナーが問題化したことも記憶に新しい。
海外に目を向けると、スペインのバルセロナでは多数の観光客の流入によって、物価が高騰し地域住民の生活が圧迫された。2024年には150以上の団体が参加する数千人規模の抗議デモが発生している。
国内外では近年、観光によるさまざまな課題が指摘され、地域住民にとって大きな負担となりかねない状況が見られる。今こそ、“消費”で終わらない新しい旅のあり方を模索すべき時なのではないだろうか。
新しい観光を探る──「消費」の次にあるもの

「消費」にとどまらない観光は、すでに各地で芽生えつつある。いくつかの地域事例を通して、そのヒントを探ってみよう。
新潟・大地の芸術祭
“消費型”の観光から脱却するヒントになる事例の1つが、日本有数の豪雪地、新潟県の越後妻有地域にて開催される「大地の芸術祭」だ。大地の芸術祭では、「人間は自然に内包される」を基本理念としてアート作品が展示されている。2000年から3年に一度、トリエンナーレが開催されている。それ以外の期間でも、約200点もの常設展示が、観光客を楽しませている。これらの作品を支えているのは、よそから来たアーティストと地域住民、そしてボランティアの協働だ。
面白いのは、これらのアート作品の展示舞台が、里山の風景のなかに設定されている点である。各作品は田んぼや路地、廃校など、日常生活と近い場所に散在・点在している。作品が1カ所に集約されている美術館とはまったく異なる、一見すれば非効率なやり方だ。だが、このやり方だからこそ、アートと地域の共存が成立するように思える。観光客にとっても、里山の美しさ・厳しさを五感で味わい、地域住民の暮らしや文化に思いをはせることで、従来の消費型の観光にはなかった充足感を得られるのではないだろうか。
愛媛・MACHIBITO
大正時代に「伊予生糸」の産地として栄えた、愛媛県大洲市。そんな「100年前の大洲」を再現しようというコンセプトのもと、クラフト・食・アート・音楽などの企画が実施されるのが、「MACHIBITO」だ。イベント期間中は、新鮮な野菜のお店や雑貨のお店が並び、チンドン屋や和太鼓の演奏が披露される。
MACHIBITOで注目したいのは、観光とまちづくりの現場が地続きになっている点だ。イベント開催にあたっては、「住民・来場者・出店者・主催者の誰もが“まちびと”」という理念が掲げられている。この理念は、観光客を「お金を落とす外部者」ではなく、町を演出する参加者として位置づけていると言えるだろう。これにより観光客は、自然とマナーへの意識が高まり、地域の歴史や暮らしに対する興味・敬意を持つようになると考えられる。
台湾・池上秋收稻穗芸術節
海外における事例としては、「池上秋收稻穗芸術節」が挙げられる。池上秋收稻穗芸術節は、台湾の米どころ、池上で開催されている芸術祭。黄金色の稲穂が揺れる、約175ヘクタールもの田園地帯が舞台となっているのが特徴だ。本イベントは、2009年に第1回が開催された。当時ピアニストによる演奏が披露され、その様子がアメリカのニュース誌『TIME』オフィシャルサイトに取り上げられた。以来、歌やダンスなどのパフォーマンスが行われ、多くの観光客を魅了し続けている。
池上秋收稻穗芸術節の注目すべき点は、土地と芸術体験の共鳴だ。田園という場所を舞台に設定することで、観光客は解き放たれた芸術のパワーと自然が織りなす時間に浸ることができる。揺れる稲穂の音や吹き抜ける風の感触、空模様の移り変わり…これらを芸術とともに味わうことで、単なる商品・サービスの消費とは異なる喜びに包まれるのではないだろうか。
土地や人との関係性から生まれる「観光」

上記の事例に共通するのは、観光客と地域住民に分断がなく、つながり合っていることだ。いずれも、観光客が単なる「消費者」ではなく、「参加者」あるいは「共創者」となり、地域の暮らし・文化に触れながら独自の価値をともに育てていた。このことをふまえると、従来の“消費型”から脱却した観光とは、「観光客の体験価値」と「地域住民の生活」を両立させたものと言えるだろう。
観光地によっては、訪問人数・時間の分散推奨、あるいは規制がなされている場所がある。観光客の立場からすると、これらは一見、自分を縛る窮屈なルールのように思えるかもしれない。だが地域住民の立場を加味して長期的な目線で考えると、これらは「守るべきを守り、楽しむべきを楽しむ」場を作るために必要な工程なのだ。こうして作られた場でこそ、観光客の体験価値の最大化、そして地域住民の生活の維持へとつながる。このように、土地や人との関係性を重視した観光こそが、持続可能な観光に必要なことなのではないだろうか。
次は、どんな旅をしたいだろうか。

名所を巡る旅はとても素敵なものだが、旅の形はそれだけではないように思う。例えば、里山の自然をのんびり歩く。レトロな建物の軒先でたわいのない会話を交わす。風に揺れる田んぼの稲穂を見つめる。こうした小さな豊かさに注目して日常と地続きの風景に身を置くと、名所を“消費”する旅とは違った感覚を味わえるだろう。
次の旅は、“消費”する観光から一歩だけ踏み出して、なぜ旅に出たいのか、自分の心に静かに問いかけるところから始めてみるのはどうだろうか。指標になるのは誰かの「いいね」や「SNS映え」ではなく、あなたが本当に得たいものだ。そこに地域住民の生活・文化へのリスペクトが加われば、自分自身と旅先、その両方を少しだけ豊かにできるはずだ。
Edited by c.lin
注解・参考サイト
注解
(注1)1億件以上の口コミと、日本を含む26ヶ国1万9,000人以上を対象に調査を実施! ブッキング・ドットコムが、2018年の「旅行業界8大トレンド」を予測 | Booking.com
(注2)ブッキング・ドットコム、2025年の9つの「旅行トレンド予測」を発表 | Booking.com
参考サイト
【京都駅が“大混雑”】京都の市バス車内がスーツケースで一杯に 通路ふさぐ外国人観光客に市民も困惑 新たな対策『手ぶら観光バス』利用者は2日で8人 オーバーツーリズム | カンテレNEWS
【祇園のマナー違反】罰金1万円『私道に進入禁止』の看板…それでも立ち入る外国人観光客の姿 さらにツアーガイドまで「看板見ていなかった」【怒り】 | MBSニュース
富士山に登山者数上限が “オーバーツーリズム”解決なるか? | NHK
「富士山ローソン」の黒幕はオーバーツーリズム対策に一石 財政負担増す自治体に名案なく | 産経新聞
「観光客は帰れ」バルセロナでオーバーツーリズムに抗議する大規模デモ、参加者は観光客に「水鉄砲」 | Business Insider Japan
大地の芸術祭
「大地の芸術祭」の里 | 観光庁
アートの町十日町市へ!大地の芸術祭を楽しむ観光スポット&体験ガイド | 新潟県十日町市
城下のMACHIBITO
2022 池上秋收稻穗藝術節(2022池上秋収稲穂芸術祭) | Discover Taitung
「池上秋収稲穂芸術節」、雲門舞集が舞う | Taiwan Today
町を総動員した芸術の祭典 池上秋収稲穂アートフェスティバル | Taiwan Panorama


























早瀬川 シュウ
フリーライターとして活動中。「日々の生活に『喜び』を」がモットー。特に、「快適さ」や「居心地のよさ」へのこだわりが強い。子どもの頃から海や森林公園を訪れていることもあって、自然環境や景観への興味関心も持っている。せせらぎの音や木漏れ日、お茶をじっくり味わう時間を好んでいる。
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