
身体的・精神的・社会的に良い状態であることを意味する「ウェルビーイング」。国内では2022年頃から教育政策に取り組まれており、学校などでは子どものウェルビーイング向上に向けた取り組みも行われている。本記事では、子どものウェルビーイングに関心が集まっている背景や、国内で行われているさまざまな取り組みを紹介する。
関心が高まる子どものウェルビーイング

ウェルビーイング(Well-being)とは、「良い(Well)」と「状態(Being)」を組み合わせた言葉。身体的・精神的に健康で、さらに社会的・経済的に良好な状態にあることを指す。
近年よく耳にするようになったが、1946年署名の「WHO(世界保健機関)憲章」(日本では1951年に公布)で、「健康とは肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義したことで広く認識されるようになった。
2015年に採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」に、目標3「すべての人に健康と福祉を(Good Health and Well-being)」として組み込まれたことで改めて注目された。2021年にはWHOがウェルビーイングを「個人や社会が経験するポジティブな状態」(注1)と再定義した。
また、OECD(経済協力開発機構)が実施する学力調査「PISA2015年調査国際結果報告書」(注2)において、ウェルビーイングは「生徒が幸福で充実した人生を送るために必要な、心理的、認知的、社会的、身体的な働きと潜在能力」と定義。さらに2019年5月に「ラーニング・コンパス2030」で〝教育におけるウェルビーイング〟を提唱した(注3)ことで、子どものウェルビーイングに対する関心が高まった。
子どものウェルビーイングをめぐる国際動向と日本の教育政策

世界中の国や国際機関で子どものウェルビーイング向上に向けた取り組みが行われているが、代表的なのはOECDとUNICEF(国際児童基金)だ。
OECDでは、子どものウェルビーイングを比較するために、「こどものウェルビーイングデータポータル」を2017 年に整備。比較可能な指標群として「こどものウェルビーイングダッシュボード」を公表した(注4)。
またUNICEFでは、先進国の子どもの状況を比較・分析するための研究を実施。2000年から約1年半ごとのペースで、通信簿を意味する報告書「レポートカード」を発表している(注5)。
2020年発表の「レポートカード 16」では、先進国の子どもの精神的・身体的な健康と、学力・社会的スキルについて、ウェルビーイングの観点からランキング形式で報告している。
子どものウェルビーイングに関心が高まる中で、日本ではいじめや不登校(注6)、中途退学、貧困、ヤングケアラーといった社会的課題が顕在化。学力は高い一方で、生活満足度や自己肯定感が国際的に低い傾向が調査で示され(注7)、一人ひとりの多様な幸せと社会全体の幸せを実現するための取り組みが急務とされてきた。
こうした中、2022年12月には「生徒指導提要」を改訂。生徒指導の目的を、子どもたちのウェルビーイングにつなげるための教育活動の一つとして位置付けた。また、2023年6月策定の「第4期教育振興基本計画」(注8)では、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」をコンセプトの一つとした。
2023年12月には「こども基本法」に基づき、子ども施策の方針を定める「こども大綱」を閣議決定。翌年5月には、すべての子ども・若者がウェルビーイングで生活を送ることができる「こどもまんなか社会」の実現を目指して、「こどもまんなか実行計画2024」を策定した。
日本教育政策が考える子どものウェルビーイング

「第4期教育振興基本計画」では、子どものウェルビーイングに関して「獲得的ウェルビーイング」と「協調的ウェルビーイング」のバランスが重要としている。それぞれ何を示すのか見ていこう。
獲得的ウェルビーイング
獲得的ウェルビーイングとは、個人が獲得したり、達成する能力、あるいはその状態に基づくウェルビーイングのこと。具体的には自己肯定感や自己実現を指し、「欲しいものは自分で手に入れる」「幸せを自分でつかみとる」といった考え方に近いとされる。
協調的ウェルビーイング
一方の協調的ウェルビーイングとは、人とのつながりや利他性、社会貢献意識などの協調的な要素によるウェルビーイングのこと。人とのつながりや協働性によって得られる幸福感を指している。
世界的な傾向は獲得的ウェルビーイングが主体だが、日本の社会的・文化的背景を考慮した場合、どちらも不可欠と判断。「第4期教育振興基本計画」では、両者を一体的に向上させていくことが重要としている。
子どものウェルビーイング向上に向けた教育機関での実践例

日本政府の政策を受け、各教育機関では「安心できる居場所づくり」や「小さな環境改善」といった取組を進めており、学校全体を児童生徒や教職員にとって調和のとれた生活・活動の場とすることが重視されている。
こうした流れを踏まえ、ここでは「共創」「生活」「学び」「環境」「安全」の5つの分野に分けて具体的なアイディアを紹介する。
共創:北海道・中頓別町「人生100年の学びの場づくり」
義務教育学校の整備に伴い、生涯学習センターの中に学校が組み込まれた。地域の大人が学んでいる環境の中に子どもたちを置き、ともに学び続けられる場づくりを進めている。
具体的には、特別教室を「学びの広場」として配置。児童・生徒と町民の共有空間としている。

生活:岐阜県・瑞浪市立瑞浪北中学校「適温に導く校舎」
過ごしやすい校内環境のために、空調設備ではなく自然の力を利用。南西からの風を校内全体に行き渡らせるよう、南棟を約10°傾けて配置し、さらに体育館の壁面をカーブさせた。
これにより森で冷やされた空気を、校舎内に取り込むことに成功。校内の快適性を高めている。

学び:千葉県・柏市立土小学校「壁も扉もホワイトボードに」
1学年2学級を2名の担任がペアで担当する学年担任制を採用している柏市立土小学校では、大規模改修時に隣り合った2つの教室の間に扉を設置。クラスの行き来をしやすくしたことで、連携も取りやすくなった。

環境:東京都・江東区立有明西学園「地場産業の木材を生かした校舎」
木材加工流通の拠点である「新木場」のある江東区では、公共建築物の新築・改装時の木材利用を推進。江東区立有明西学園では、普通教室を中心に校舎の木構造・木質化を行った。
また校舎や林業、森や木への愛着が持てるように、植樹体験や自然体験教室といった「木」の学習を取り入れている。

安全:三重県・伊勢市立桜浜中学校「鍵ボックスの設置」
地域の課題である津波への対策として、屋上に避難するための階段を設置。震度4以上の地震を感知した際に自動で開く鍵ボックスも取り付けた。教職員がいない場合でも、屋上に緊急避難することができる。(注9)

まとめ

子どものウェルビーイングを育む取り組みが世界中で行われている。子どもが心身ともに健康的で幸福感に満ちて日々を過ごすことは、社会的課題の解決や経済的な発展につながり、良好な社会基盤を築くからだ。
日本でも「こども大綱」や「教育振興基本計画」などにおいて明文化され、教育機関では取り組みも実施されている。その成果として「令和7年度全国学力・学習状況調査の結果」(2025年7月31日公表)では、「自分には良いところがあると思う」「普段の生活の中で、幸せな気持ちになる」と答えた児童・生徒の肯定的な回答率が90%を超えており、前回を上回った。。
また、2025年5月14日に公表されたUNICEF「レポートカード19」では、日本の「子どもの幸福度」の総合順位は36カ国中14位となり、前回の20位から6ランク上昇した。
しかし、日本はかねてから社会での子どもの優先順位が低いなどの特徴が指摘されている。実際に、いじめや不登校、自殺率が劇的に改善したという報告はまだ十分ではない。
2024年2〜3月に行われた日本財団の「18歳意識調査」第62回テーマ「国や社会に対する意識(6カ国調査)」によると、「生きる意義・いきがいに満足している」が65.2%であり、いくつかの項目で他国と比べて低めの数値が見られる。
日常生活の中で子どもの人権を尊重しているか、接し方や話し方などを見直すことが求められる。
Edited by c.lin
注解
注1 WHO「Glossary of Terms 2021」にて “Well-being is a positive state experienced by individuals and societies.” と定義されている(WHO公式サイト:Promoting well-being)
注2 独立行政法人国立教育政策研究所、「PISA 2015年調査結果 日本語報告書」PDF(2017年4月19日)。
注3 OECD『Learning Compass 2030』(OECD Future of Education and Skills 2030 プロジェクト, Concept Note, 2019年5月)では、「student well-being(生徒のウェルビーイング)」および「individual and collective well-being(個人と集団のウェルビーイング)」を教育の目標の一つとして掲げている。
注4 OECD は「Child Well-Being Data Portal」を 2017年11月に公開し、子どもの福祉・環境などを国際比較可能な指標で整理している。さらに、2022年にはこのポータルを基盤として、「Child Well-being Dashboard」を発表し、子どもの成果および政策背景を含む主要指標の比較が可能になっている。
注5 UNICEF Innocenti の Report Card シリーズは、2000年以降、欧州および OECD 加盟の先進国における子どもの権利・健康・教育・生活条件などをモニターし、比較・分析する報告書。最新の Report Card 19 は 2025年5月発表。発表頻度は一定ではなく、必ずしも約1年半ごととは限らない。
注6 文部科学省「令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によれば、2023年度のいじめの認知件数は 732,568件(1,000人あたり57.9件)で過去最多。不登校児童生徒は小・中学校で約 34万6,482人、全体の約3.7%に達している。
注7 OECD PISA調査では、日本の生徒は従来から生活満足度がOECD平均を下回ると指摘されてきた。2022年調査では「生活に満足していない」と答えた生徒は18%で、2018年の25%からは減少したものの、依然として国際的に低めである(OECD, PISA 2022 Country Note: Japan)。また、こども家庭庁『令和6年版こども白書』によれば、「心身の状態・悩みや不安を抱えている子ども」が一定割合存在し、「自分自身に満足している」「自己肯定感」といった自己意識の評価が他国比較で低めであることが指摘されている。
注8 文部科学省「第4期教育振興基本計画」(令和5年6月16日閣議決定)。
注9 本文中の事例はすべて文部科学省『ウェルビーイング向上のための学校施設づくりのアイディア集』に基づく。























倉岡 広之明
雑誌記者として活動した後、フリーライターとして独立。さまざまなジャンルの記事を執筆しているが、北海道で生まれ育ったこともあり、自然環境や気候変動、SDGs、エネルギー問題への関心が深い。現在は、住宅やまちづくり、社会問題、教育、近代史など、多岐にわたるテーマを手がけている。
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