完璧じゃなくても、大丈夫。「ま、いっか」が教えてくれる心の余白

完璧じゃなくても、大丈夫。「ま、いっか」が教えてくれる心の余白

仕事、子育て、学校――私たちはあらゆる場所で自分の役割を担っている。本来、役割を負うのは素晴らしいことだが、ときにその役割が重い枷となる。

終わらない日々のタスクに、失敗が許されない風潮。「ちゃんとしなきゃ」という重圧に押しつぶされ、息苦しさを感じる人も多いだろう。いわゆる、”完璧主義”の状態だ。真面目な人ほど完璧主義に陥りやすく、日常的に強いプレッシャーを感じている。

誰もが最初から完璧主義というわけではない。子どもの頃はもっと自由に、自分の気持ちに素直に生きていたはずだ。それがいつしか心の余白が奪われて、大人になればなるほど、人に頼ることも、自分を許すことも、難しくなっていく。

責任感が強く、仕事が丁寧な完璧主義は、見方によっては長所だ。しかし、頑張りすぎると心が折れて、生きるのがつらくなってしまう。完璧主義をやめたいが、どうすればいいかわからない――そんなあなたに、「ま、いっか」という言葉を届けたい。

絵本『ま、いっか』──失敗を責めない世界の見方

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『ま、いっか!』 作:サトシン 絵:ドーリー 出版社:えほんの杜

絵本作家のサトシンさんの著書に、『ま、いっか』という絵本がある。主人公の「テキトーさん」のある1日を描いた話だ。

物語は、テキトーさんが朝寝坊したシーンから始まる。目覚まし時計の音で目を覚ますが、すでに遅刻の時間。普通であれば青ざめてしまう場面だが、テキトーさんは「ま、いっか!」と思い、のんびりと朝支度に取り掛かる。

その後もトラブル続きでなかなか職場にはたどりつかないのだが、テキトーさんは「ま、いっか!」の一言で乗り切っていく。むしろ、バスを乗り過ごしたら見慣れぬ風景を楽しんだり、海に着いたら海水浴を楽しんだりと、自分の置かれた状況を楽しんですらいる。

「ま、いっか!」と笑顔で吹き飛ばしてしまうテキトーさんを見ているうちに、心が軽くなったという感想を抱く大人は多い。子どもはもちろん、窮屈になった大人の心に響く絵本だ。

テキトーさんは「できなかったこと」に目を向けるのではなく、「できなかったから、こうしよう」という前向きな発想を見せてくれる。「ま、いっか」は、妥協ではなく、前に進むための肯定のコトバなのかもしれない。


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なぜ私たちは完璧を目指してしまうのか

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期待に応えたい、失敗が怖い、迷惑をかけたくない……そんな思いが、完璧を追い求めるきっかけとなる。何かに挑戦したり、役割を与えられたりしたとき、”最高のパフォーマンス”を発揮したいと思うのは、ごく自然なことだ。

だが、完璧をめざす思いが強くなりすぎると、徐々に心の余白が奪われ、自分で自分を追いつめてしまう。特に、真面目で責任感が強い人ほど、自分より他人を優先してしまうので、完璧主義に陥りやすい。他者への配慮ができることは美徳だが、その分自分に大きな責任を課してしまい、「失敗してはダメ」という偏った思考になってしまう。

完璧主義には、「他人からの評価」を重視する現代社会の構造も絡んでいる。今、私たちはSNSや職場、学校などのあらゆるシーンで「自分がどう見られているか」を気にせずにはいられない。”見られている”という意識から理想の自分像が肥大化し、常に「ちゃんとしなきゃ」という思いに囚われてしまう。常に他人と比較される環境に置かれて、「自分の欠点を見せたくない」という心理が生まれるのも当然だ。

また、日本社会では「ちゃんとしている=いい人」という社会通念があることも、完璧主義を助長している。「人に迷惑をかけないこと」が善とされる傾向にあり、「ちゃんとできない=人に迷惑をかける=ダメな人」という思い込みに繋がりやすい。

ここで、改めて考えてほしい。その「ちゃんとしている」の基準は、本当にあなた自身が決めたものだろうか。もしかしたら、メディアや周囲の人々、あるいは過去の経験から無意識に刷り込まれた「ちゃんとしている」という理想像を、無理矢理自分の枠に押し込もうとしているだけかもしれない。


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白黒思考から抜け出す「ま、いっか」の魔法

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完璧主義から抜け出して、気持ちにゆとりを持ちたい人は、ぜひ「旅行者の目線」になってほしい。少しだけ自分から離れて、物事を客観的に見てみよう。

たとえば、今日中に終わらせる予定の仕事ができなくても、ひとまず「ま、いっか」で切り上げる。成績が一番じゃなくても、「ま、いっか」。ご飯を炊くのを忘れても、「ま、いっか」。部屋の片付けができなくても、「ま、いっか」。

残った仕事は明日すればいいのだし、成績が一番でなくても努力したならそれでいい。ご飯を炊くのを忘れたら、代わりにパスタをメニューにすればいい。部屋の片付けができなくても、誰にも迷惑はかけない。ミスやトラブルを目の前にすると焦ってしまうが、実は自分が思うほど、悪い状況ではないことも多い。一年も経てば、思い出せないようなことが大半だ。

うまくいかない毎日や、小さな失敗も、命に関わることではない。自分自身の視点を変えたとき、目の前の風景や考え方も変わっていく。「ま、いっか」は、完璧ではない自分を受け入れる魔法の言葉だ。


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立ち止まって、五感で今の自分を感じてみる

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忙しさに飲まれて、心が“いまここ”から離れている状態にある人は、「本当の自分」に戻る時間を作ってみよう。のんびり散歩してもいいし、ちょっと足を延ばして海や山に行ってみるのもいい。もちろん、家の中で過ごしても構わない。五感を使い、深呼吸をしてみる。ゆっくりと自分に戻る時間を持つ。他者から「完璧」を強要されない場所で、本当の自分と対話しよう。

完璧を求めて頑張ってきた人ほど、本当の自分に戻ることは難しいかもしれない。そんなときは、自分の好きなものに目を向けてみよう。自分の好きな音楽を聴いたり、好きな食べ物をゆっくり味わったり、昔好きだった本を読み返したり。自分自身を丁寧に振り返る中で、心の奥底にしまい込んでいた本当の自分に近づけるはずだ。

そして、本当の自分に出会えたら、「ま、いっか」と声に出してみてほしい。「ま、いっか」が立ち止まりのスイッチとなり、張りつめていた心にゆとりが生まれるだろう。それは、“回復する自分”と出会う瞬間だ。


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「ま、いっか」で人に頼る勇気をもつ

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これまで完璧主義で頑張ってきた人は、自分が誰かに迷惑をかけることを許せないかもしれない。でも、そもそも社会は、お互いの支え合いで成り立っているということを忘れないでほしい。

自分ひとりでできないことは、誰かに頼っていい。あなたが「手伝ってほしい」と言えば、誰かが手を差し伸べてくれるはずだ。頼ることに苦手意識のある人は、まずは簡単なことから始めてみよう。「自分の意見はこうだけど、あなたのアドバイスがほしい」「困っていることがあるから、話を聞いてほしい」など、少しだけ相手に寄りかかってみる。弱い自分をさらけ出して、誰かに頼るうちに、「完璧ではない自分の生き方」を少しずつ受け入れることができるはずだ。

完璧でない自分を受け入れてもらった経験が、他人への優しさを生む。そして、誰かに助けを求められる人は、誰かから助けを求められる人でもある。「迷惑をかけない」ではなく、「困ったときは助け合う」という考え方ができるようになると、人生はもっと生きやすくなる。

完璧じゃない自分を受け入れて、「ま、いっか」と言える人ほど、他人にも優しくなれる。完璧を求め合うのではなく、お互いの弱さを受け入れ合う関係が、真の絆を生み出す。


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「完璧」じゃなくても、ここにいる

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大切なのは、ちゃんとやることよりも、「ちゃんと生きていること」だ。失敗のない人生などない。どんなに優秀な人でも、必ず失敗を経験している。

完璧でないからこそ、人はお互いに支え合い、その過程で信頼が育まれていく。完璧ではない”弱い自分”を受け入れることが、他者との結びつきを深めるきっかけとなるだろう。

ちゃんとしなくても、大丈夫。失敗しても、終わらなくても、自分を責めなくていい。完璧ではないあなたも、大切なあなた自身なのだから。

今日のあなたが「ま、いっか」と言えたら、それが前進だ。


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About the Writer
小島奈波

夢野 なな

ライター、イラストレーター。芸術大学美術学科卒業。消費が多く騒々しい家族に翻弄されながらも、動植物と共存する生き方と精神的な豊かさを模索中。猫と海、本が好き。神奈川県の海に近い自然豊かな田舎で暮らす。創作に浸る時間が幸せ。
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