感情リテラシーで変わる人間関係。感情に振り回されないためには

感情リテラシーとは

感情リテラシーは、自分や他者の感情をきちんと理解し、正確に表現、管理できる能力のことである。感情リテラシーが身につくと、ある感情が生じた理由や背景を正しく認識することができ、より良い人間関係を築いたり、その場を収めたりすることができる。昨今では、特にコミュニケーションの場において感情リテラシーが重要視される一方で、これが低下傾向にあることも指摘されている。

感情の自己管理能力は、家族やパートナー、職場の人など近しい人間関係の中では大人になっても難しく感じる場面も多いだろう。また、それだけではなく見ず知らずの人へ感情をぶつけてしまい、トラブルに発展する事例も見られる。顧客から企業や従業員への不当な言動、理不尽な要求などを指す「カスハラ(カスタマーハラスメント)」は、まさに感情リテラシーの欠如から起こるとも考えられている。

では、こうした人間関係のトラブルを減らすために、どのようにして感情リテラシーを身につけていけばいいのだろうか。

なぜ私たちは感情的になってしまうのか

そもそも感情は、私たち人間の本能でもある自己防衛機能だ。「怖い」「不安だ」といった感情が備わっているおかげで、慎重に行動したり危険を回避したりできる。そのときの感情を理解することで、いま自分がどういう状況にあるか、自分にとってどういう意味を持つか(楽しい、不快など)を正しく認識することができるのだ。

しかし、怒りや不安というのは多くの場合、突然やってくる。友人や同僚に言われた一言やドタキャンなどで瞬間的に怒りが湧いてきた、という経験は誰でもあるだろう。

こうした出来事はすべて「刺激=ストレス」であり、このときに抱く怒りや悲しみなどは「ストレス反応の表れ」である。また、人間は基本「変化しない」ことを目標とする傾向にあるため、突然の変化を起こすものに対して「攻撃」と認識し、敵対心を抱いてしまうのだ。

怒りや不安など以外にも、ストレス反応にはさまざまなものがある。集中力が低下する、涙が出る、暴飲暴食、拒食、動悸や目まい、腹痛などもその一つだ。誰かの言葉や対応が衝撃となり、瞬間的に思考力や判断力が低下してしまった、という経験を持つ人も少なくないだろう。

そのほか、自己肯定感や自己愛が低い人、こだわりに偏りがある人も、感情的になりやすいといわれている。

精神分析学者であるハインツ・コフートが「人は自己愛が満たされていないときに不機嫌になる」と述べたとおり、ささいなことで不機嫌になり、それを周りにぶつける人は、そうすることで自己愛を満たそうとしていると考えられている。

また、こだわりが強すぎる人は他人の行動が気になり、自分と違う言動をとられることでイライラしてしまう傾向にあるという。

「感情的にならないから大丈夫」という意識の落とし穴

感情的になることに悩む人がいる一方で、「自分は感情的にならない」という人もいる。しかし、実はそういう人ほど感情に支配されている可能性を考慮しなくてはならない。「自分は感情的にはならない」と思っている人が、実は「感情的になるのは見苦しい」と考え、無意識に感情を抑え込んでいることがあるからだ。

我慢することによって与えられるストレスもかなりのものであり、いずれ爆発してしまう可能性もある。また、感情的になりそうな状況を避け続けることが行動の動機になり、だんだん疲弊してしまうことも考えられる。

だからこそ、「感情的にならない」ことよりも「感情リテラシーを身につける」ことの方が大切だといえるのだ。

感情リテラシー教育の重要性

令和6年に行われた文部科学省の調査結果によると、全国の小学生の暴力件数は過去10年で最多の70,009件と急増傾向にある(*1)。この背景に「自分の感情を言葉にできない」こと、つまり感情リテラシーの低下があるという指摘がある。

幼いころは感情のコントロールが難しく、特に思春期には不安定になりやすいとされる。この頃に感情リテラシーに関する教育を受けることは、これから大人になっていく過程で非常に重要になるだろう。

特に懸念されるのは「いい子」という評価を受ける子どもだ。もちろん、本当に感情的に問題がない子どももいるが、中には自分の感情を押し殺して「いい子」になる努力をしている子どももいることを念頭に置かなければいけない。

先述の大人と同じように「その場をやり過ごすために、感情を押さえている」という可能性も考慮しながら、子ども自身と向き合っていく必要がある。

(*1)令和5年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果 概要|文部科学省

感情リテラシーを身につけるには

感情リテラシーを身につけるには

STEP1:感情の種類を知る

感情リテラシーを身につけるために「感情を認識し、名前をつけること」が重要であるが、まずは感情にはどのようなものがあるのか知っておくことが大切だ。ここでは、アメリカの心理学者ロバート・プルチックが1980年に提唱した「プルチックの感情の輪」を参照したい。

プルチックによると感情は、①喜び②期待③怒り④嫌悪⑤悲しみ⑥驚き⑦恐れ⑧信頼の、8つの感情を基本としている。これらの感情はヒトと動物に共通する一次感情であり、ヒトはさらに、2つの基本感情から混合感情(二次感情)が生まれる。たとえば、隣り合っている恐れと信頼が同時に起きれば「服従」、怒りと嫌悪が同時に起きれば「軽蔑」となる。隣り合うだけではなく、1つ飛ばし、2つ飛ばしでも混合感情は生まれるという。

さらに、8つの感情には、それぞれ対になる感情が存在している。「喜びと悲しみ」「信頼と嫌悪」「恐れと怒り」「驚きと期待」だ。これらの感情同士は対極にあるため、同時には存在しない。つまり、悲しんでいるときに喜びは感じられず、信頼しているときに嫌悪感は生まれにくい。

この感情は、「喜び・信頼」のポジティブ感情、「恐れ・悲しみ・嫌悪・怒り」のネガティブ感情、「驚き・期待」の中和感情に分けられるが、こうしてみると人間の感情の種類はネガティブなものが多いことがわかる。その理由は、先述のとおり生存本能によるものだ。そのためネガティブ感情を抱かないようにする、無くす努力をする、というのは到底難しいことに気づくだろう。

そうであれば、次に考えることは「ネガティブ感情にどう対応していくか」だ。

STEP2:ネガティブな感情への対処する

自分自身がいま抱える感情がどんなものであるかが認識できたら、次にどう行動するかの選択を行う。感情リテラシーが必要になるのは、多くの場合ネガティブ感情を抱いたときだ。そのため、ネガティブ感情への対処法がとても重要である。

①「正しさ」を見直してみる

感情的になるとき、多くの場合お互い自分が正しいと思っていることを主張し合っている。怒りが頂点に達したときでも、「あなたは間違ってない」と言われればスッと落ち着けるだろう。

この場合に考えたいのが「人によって正しさは異なる」ということだ。そして感情的になる前段階で、相手に「なぜそう思うのか」と冷静に問い、「自分はこういう理由でこう思った」と伝えてみよう。ただし、感情的になっているときに冷静な対応を取られると腹が立つ人もいるので、そうなる前に行うことが重要だ。

②自己肯定感を育てる

感情的になり「正しさ」を主張したくなる理由の一つに、自己肯定感の低さが挙げられる。特に自分の正しさを否定されたとき、まるで自分自身を否定されたかのように感じる人は、自己受容ができていないと考えられる。この場合、先述の「人によって正しさは異なる」を受け入れられないことがあるため、まずは自己肯定感の向上に努めることが大切だ。

たとえば、本心を打ち明け「なるほど。分かった」と言ってもらうだけでも、受け入れられたと感じることができる。こうした小さな経験を積み重ねて、自己肯定感を少しずつ高めていこう。

③体調を把握する

意外なことに、心を整えるためにはまず体を整える方が先だと考えられている。特に女性はホルモンバランスの影響を受けやすく、月経が自分の機嫌を左右するという人が多い。また、寝不足のときに怒りっぽくなる、ジャンクフードが続くと不安定になる、といった人もいる。このように、体の調子と心の調子はリンクしていることも多い。

最近感情的になりやすいというときは、昼寝をしてみる、家で何もせずゆったりすごす、体に優しい食事を摂るなどを試してみよう。また、周囲の人に「こういう体調のとき、こういう感情になりやすい」と伝えておくと理解を得やすくなるだけでなく、自分自身でも改めて認識することで「いまは感情的になるのも仕方ない」と自己受容に繋がっていくだろう。

まとめ

まとめ

感情リテラシーは、老若男女問わずあらゆる人々が身につけたい能力である。不安定な社会情勢が続く中、鬱憤を自分の中だけで晴らせず、残虐非道な犯罪に手を出してしまう人も少なくない。近年では闇バイトのみならず「誰でもよかった」と言って簡単に見ず知らず人を殺してしまう通り魔事件も相次いでいる。殺伐とした世の中では、どんな人でも感情的になりやすく、それによって相手との関係が悪化してしまうこともあるだろう。コミュニケーションの方法も多様化し、今後ますます人間関係は複雑になっていくと予想される。

そんなとき、感情リテラシーが身についていれば、自分も相手も傷つけることなく、円滑なコミュニケーションが築けるだろう。「感情的にならない」「我慢すればいい」のではなく、自分や相手がいま抱えている感情をしっかり理解し、その場で適切な表現を判断することを意識してみよう。

きちんと食べる、しっかり眠る、適度に運動するといった生活習慣を整える総合的なセルフケアの中に、「感情リテラシーを身につける」を取り入れてみてはいかがだろうか。

参考文献
心療内科の名医が教える 怒り、不安がすぐ消える魔法の感情整理術|ゆうきゆう監修|日本文芸社
「つい感情的になってしまう」あなたへ|水島 広子著|河出書房新社

参考サイト
闇バイトになぜ?応募する若者たち 心理は?見えてきた特徴「言語化力」「感情リテラシー」の低さ | NHK | WEB特集 | クローズアップ現代
“ヤバい・エグい”は危険!? 注目される感情リテラシー – クローズアップ現代|NHK
感情語の類似性と連想性の解析による感情モデルの構造の検討|岩城 史享,高橋 達二|2023年度日本認知科学会第40回大会

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秋吉 紗花
大学では日本文学を専攻し、常々「人が善く生きるとは何か」について考えている。哲学、歴史を学ぶことが好き。食べることも大好きで、一次産業や食品ロス問題にも関心を持つ。さまざまな事例から、現代を生きるヒントを見出せるような記事を執筆していきたいです。