「学びたい」を諦めない。テクノロジーが変える教育格差

「もし100年前の教師が現代にやってきたとしても、何ら問題なく授業をおこなえるだろう」。

社会学者であるラリー・キューバンは、自身の著書で上記のような趣旨の指摘をしている。この思想は、教育が通信・医療・交通・工業などの領域に比べ、技術革新の影響を受けにくいことを象徴的に表現している。

教育現場は、長年良くも悪くも聖域化されてきた。変化がないからこそ、進化がない代わりに退化もない。なぜなら、教育の仕組みに変化を取り入れることは、ある種の危険を伴うものだからだ。対象者である子どもたちへの影響は計り知れない。そして教育施策の失敗は、国や社会の将来的な衰退につながる。

ハイリスクであることから、不変であることを選び続けてきた教育現場。しかし今、テクノロジーの進化によって、静かに、しかし大きな変革が為されようとしているのだ。

学びたい気持ちと教育格差の現状

世界では、国や家庭の格差によって教育にも格差が生じている。

同じ時代に生まれた子どもでも、治安が安定した国に住む富裕層が受けられる先進的な教育と、発展途上国の子どもたちが受ける青空教室による教育を比較すると、その質の差は明らかだ。

また、教育格差は国外に限った話ではない。国内であっても、家庭の所得格差によって教育の機会が奪われることは珍しくないだろう。さらには地理的な理由から、質の高い教育を受けられない現状も重く受け止めるべきだ。

「誰もが平等に学べる社会の実現」は、まさに「言うは易し行うは難し」であり、どれほど国が教育の基準値を上げようとも、教員の能力の差がなくなるわけではない。また技術や設備が進化するほど、自治体や学校ごとの予算が追いつかなくなるケースも増えていく。

「教育予算に余裕のある都会の学校」と「教育予算に苦しむ過疎地の学校」とでは、教育の質に差が生まれるのは致し方ない。長年、そんな諦観にも似た常識が教育現場を支配してきた。

しかし昨今、IT技術の発達によってその教育格差が縮まろうとしている。その立役者となる概念が「EdTech」だ。

EdTechがもたらす3つの革新

文部科学省は2019年より「GIGAスクール構想(学校ICT環境を整備することで教育の質を向上する方針のこと)」を提唱しており、全国の教育機関では教育のICT化が急速に拡大している。

ここでは、「今までの教育と何が変わるのか」という疑問に対し、EdTechならではのイノベーションについて解説していく。EdTechの革新性を学び、これまで当たり前だと思っていた仕組みや制度が激変する過程に注目してみよう。

地理的な壁を越えるオンライン学習

そもそもEdTechとは、特定の技術ではなく、教育領域に革新を起こすビジネス・サービス・スタートアップ企業などの総称を指す。EdTechにおける多くのサービスのなかでも、代表的なものがオンライン学習だ。

オンライン学習では過疎地の子どもたちでも、都会の子どもたちと同水準の授業を受けられる。日本でも教育格差における物理的な課題を解決する手段として、コロナ禍を皮切りに現在も拡大中だ。

とくに2012年にアメリカから始まった『MOOCs(ムーク)』は、大きなイノベーションとして知られている。MOOCsとは、誰でも無料で受講できる学習サービス。通信環境とデジタルデバイスさえ確保できれば、年齢・性別・学歴を問わず良質な学びを得られるのが大きな魅力だ。

所得や在住地にかかわらず、大学レベルの高度な知識を幅広く学べるMOOCsは、世代や企業の垣根を超えて「人類の学習レベルを向上する取り組み」といえるだろう(*1)。

AIが実現するパーソナルな学び

EdTechを構成する要素のなかに、AI技術による教育の多様化が挙げられる。教育にAIが活用されることにより、生徒一人ひとりの学習状況や得意不得意に合わせ、最適な学びをパーソナライズすることが可能だ。

とくに日本のような画一的な教育が是とされやすい環境では、AI導入による「個人のための学習提供」が功を奏しやすい。AIが正答率や回答時間などを自動で解析すれば、教員側も生徒たちの理解度を把握でき、要点を共有できる。

また教育のAI化は、教員の負担軽減にもつながる。データ分析や教材製作をAIが担えば、教員はより創造性の高い指導(対話・協働・探求学習など)にリソースを割けるのだ。結果として学習の質が上がり、生徒教員ともに生産性が高い時間を確保できる。

多様な学びの選択肢

EdTechでは、テクノロジーによって多様な教材や学習方法の選択肢が生まれる。新時代の学習方法として代表的なものが、VRを活用した疑似体験学習だ。

VR教育の例としては、以下のようなアイデアが挙げられる。

  • 歴史的建造物のバーチャル見学
  • 月面着陸や宇宙遊泳など、非現実的な体験学習
  • 人体構造や地中など、通常は見れないものを対象とした学習
  • バーチャル上で大人数の前でのプレゼン練習 など

ほかにも学習内容や生徒の特性に応じて、文字・映像・音声・対話などの手段から学習方法を選択することもできる。EdTechは、教育自体の目的はそのままに、メソッドや仕組みに大きな変容を与える概念なのだ。

EdTechが生み出す、新しい学びのカタチ

ここでは、EdTechによって可能になった「時間や場所に縛られない新しい学びの形」を紹介していこう。従来の学習とはまったく異なる、最新テクノロジーの導入ならではの教育スタイルは、現在進行形で進化を続けている。

子ども向けプログラミング教材の展開

EdTechでは、デジタルデバイスを通じて学習機会を提供する。教材がアナログからデジタルに変化することで、劇的に理解度が高まる分野の一つが、プログラミングだ。

2020年から、小学校におけるプログラミング教育が必修化されたことは記憶に新しい。とはいえ教員側が専門的なプログラミング知識を持っているとは限らない。授業内でプログラミングを扱う場合、外部教材に頼ることは有効な手段だ。

株式会社ワオ・コーポレーションでは、教材販売会社を通じて、全国の小学校にプログラミング教材『ワオっち!はじめてのプログラミング』を導入している。デジタルの特性を活かしたコンテンツでは、生徒たちの創造性や思考力を引き出す仕組みが満載だ(*2)。

タブレットと融合した「次世代黒板」

株式会社サカワは、タブレットと黒板を融合するサービス『Kocri』を展開している。Kocriでは、アナログの黒板にタブレット上の画面を表示することで、それぞれの長所を活かした授業が可能になる。

たとえばPDF画像を黒板に写し、その上からチョークで情報を追加することも可能だ。タブレットに描いた文字や図形も、すぐさま投影面の黒板に反映される。ICT教育に不慣れな教員でも扱いやすく、渋谷区立の小中学校を中心に展開されている(*3)。

学校側のケアもセットになったデジタル教材

三重県の教育委員会は、県内の公立小学校にデジタル教材を導入した。ワンダーラボ株式会社が制作した学習サービス『Think!Think!』は、1日10分で楽しみながら学べるIQテストのような教材だ。

導入時は学校に向けたサポートとして、製作企業のノウハウを生かした教育的助言や、教員の研修に必要な講師派遣などを実施。新しい教育環境における教員の負担増加をフォローしつつ、子どもたちの新たな力を引き出す取り組みをおこなっている(*4)。

テクノロジーが拓く、個人の可能性

EdTechは、学習を「受け身の学び」から「主体的な学び」へ転換する。

従来の授業は、教員が一方的に知識を与え、生徒がそれを受け取る「受け身の学び」だった。授業の内容や進度はあらかじめ定められており、生徒は決められた枠のなかで学ぶしか選択肢がなかった。

しかしEdTechを導入することにより、AI、オンライン教材、オープンな学習用プラットフォームなど、新しい選択肢が生まれる。学ぶ場所や時間、方法を生徒が自分で選べるため、より「主体的な学び」が実現するのだ。

学びの形を「自分で選び、創造する」ことを覚えた子どもたちは、将来的なキャリアを自ら選択する力を養える。個人の好奇心や関心に基づいた学びを得られれば、より自分らしく豊かな未来を手にできる可能性も高まるのだ。

EdTechが描く、誰もが輝ける未来

インターネット上では、「国ガチャ」や「親ガチャ」というスラングがある。「生まれる国や家庭を自分の意思で選ぶことはできない」という事実を、ソーシャルゲームにおけるランダム性の高いガチャシステムに例えて、皮肉的に表現した言葉だ。

実際に、生まれた国や家庭次第で自分の将来がある程度限定されてしまいかねないケースは多い。しかしEdTechはそのような暗い現状を切り開き、誰もが自己実現できる未来を創り出す可能性に満ちている。

生まれた環境を乗り越えるために、そして理想の自分やキャリアを実現するために、もっとも必要な要素が「教育」だ。どのような国や家庭に生まれた子どもでも、平等な教育さえ受けられれば、自分で人生を変える力を持てる。

EdTechは、環境に左右されることなく、誰もが人生のビジョンを追い求められる社会を提示する。大人から子どもまで、すべての人が「自分の学びたいことを自由に選べる世界」。そんな教育の未来を実現するEdTechの展望に、今後も目が離せない。

注解・参考サイト

注解
(*1)MOOCs(MOOC)とは? おすすめサービス10選、日本のJMOOC|kaonavi人事用語
(*2)ワオっち!はじめてのプログラミング|未来の教室
(*3)Kocri(コクリ)|未来の教室
(*4)Think!Think!(シンクシンク)|未来の教室

参考サイト
EdTechとは|デジタル・ナレッジ
エドテック(EdTech)って何だろう? 今、注目されている理由とメリット・デメリットをご紹介|学研教室
EdTech(エドテック)とは?意味や具体例、注目される理由を紹介|朝日新聞
EdTechとは?子どもの学びを支える最新教育技術を紹介!|コエテコbyGMO
プログラミング教育|文部科学省

About the Writer
山口愛未_METLOZAPP

METLOZAPP

数多くのジャンルの経験を生かし、分野横断的な執筆を得意とするWebライター。ウェルビーイングやメンタルヘルス領域を中心に、生活に新たな気づきを与えるコンテンツを発信中。マイノリティな感性に悩む人や、孤独や寂しさを抱きながら暮らす人の心に、少しでも寄り添えるような記事執筆を目指して活動する。現在は、女性のキャリア形成や、人間と動物の関わり方などに興味を持ち学習中。
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