キャンセルカルチャーとは
キャンセルカルチャーとは、著名人や企業が社会的に好ましくない発言や行動をした際に、SNSやメディアを通じて非難し、人の解雇や製品のボイコットなどの制裁を加える行為である。人々の行動や発言を「キャンセル」して制裁を加えることで、社会からの排除を目的としているのだ。キャンセルカルチャーの標的となると、SNSでの猛烈な批判、テレビ番組やCMの放送中止、不買運動、支援の取りやめなどが行われる。
キャンセルカルチャーという用語の起源は、1980年代の曲に登場する「別れる」という意味の俗語「キャンセル」に由来するといわれている。その後、映画やテレビで使われ、SNSが普及したことで、現在の意味合いで使われるようになった。
キャンセルカルチャーに深く関係する概念として、ポリティカルコレクトネス(以下、ポリコレ)がある。ポリコレとは、法律には触れないが社会的に不適切とされる表現に対して、注意や配慮を求める考え方である。キャンセルカルチャーは、ポリコレに反する発言や行動をした人に向けられる。 また、ポリコレは考え方を指すのに対し、キャンセルカルチャーは具体的な行動を取るという違いがあり、キャンセルカルチャーはポリコレの延長線上にある現象だと位置づけられている。
「炎上」や「コールアウトカルチャー」との違い
炎上とキャンセルカルチャーは両方ともSNS上で批判される現象を指すが、一つ異なる点がある。炎上はある発言や行動が拡散されることで、批判や賛否両論の議論が巻き起こる状態を指す。一方、キャンセルカルチャーは批判だけでなく、問題の発言や行動を理由に、特定の個人や製品を排除しようとする行為が伴う。そのため、キャンセルカルチャーは炎上よりも当事者にとって深刻な問題となる。
キャンセルカルチャーの類義語として、コールアウトカルチャーと呼ばれるものもある。コールアウトカルチャーは、人の間違いを大衆の前で徹底的に批判し、他者を切り捨てて排除しようとする行為だ。他者を大衆の前で「必要ない(Call-out)」」と切り捨てて排除することから、キャンセルカルチャーよりも過激な運動だとされている。
キャンセルカルチャーの問題点

キャンセルカルチャーには「一方的な誹謗中傷を受けて排除される」「忘れられる権利が適用されていない」「文脈が間違っている」といった問題点が挙げられる。
一方的な攻撃を受ける
キャンセルカルチャーでは、法律や公正な手続きによる裁きではなく、批判者が標的に対して一方的に攻撃を加えることが多い。これは、標的となった人や企業に過剰な不利益が課されることや法の支配を脅かすことにもつながりかねない。また、キャンセルカルチャーによる一方的な誹謗中傷を受けることを恐れ、人々が自由に意見を表明できず、言論・表現の自由が侵害されるリスクもある。
「忘れられる権利」が適用されていない
「忘れられる権利」とは、ネット上に残る個人情報や過去の出来事に関する情報を削除してもらう権利である。そのため、過去の言動が掘り起こされ非難を受けることで排除されるキャンセルカルチャーでは、過去の掘り起こしへの対応方法として、忘れられる権利が期待される。EUでは、一般データ保護規則(GDPR)により権利が認められているものの、日本では表現の自由や情報流通の観点から権利は導入されておらず、検索結果の削除について慎重な基準が適用されてきた。忘れられる権利を持ち出してキャンセルカルチャーに抗うことは、過去の過ちや罪を認めて反省する機会を奪うためとされているのだ。
事実確認をせずに行為がなされる
キャンセルカルチャーでは、問題が初めて浮上した段階と事業者による正誤判断や対応が行われる段階の区別を無視して、嫌疑や異議申し立てが行われることがある。つまり、物事の一側面などの限られた情報だけを頼りに非難・排除行為をして、事実確認をする前に物事が大きくなってしまうのだ。雇用者やメディアなどは、キャンセルを呼びかける人々の呼びかけに安易に屈することなく、自律的に判断することが重要だとされている。
キャンセルカルチャーが表現の自由に及ぼす影響
SNSやメディアを通じて特定の人や企業を批判し排除するキャンセルカルチャーは、表現の自由の行使として行われる一方、他者の表現の自由を事実上抑制するというジレンマを引き起こす。2020年には著名な言論人や研究者が、キャンセルカルチャーが反対意見への不寛容や報復への恐れを生み出し、自由な情報交換や開かれた討論を抑制していると指摘し、公開書簡を公表した。
また、米国が2020年に行った世論調査では、表現の自由を抑制すべきでないと考える人とキャンセルカルチャーは不当な罰を与えていると考える人に分かれた。日本においても、キャンセルカルチャーが他者の表現の自由を制限するという声もあり、法的な対応が求められている。しかし、キャンセルカルチャーは表現の自由に密接に関わっていることから、法による介入には限界があるため、発信における自己規律が重要とされる。
世界のキャンセルカルチャー事例

世界にはどのようなキャンセルカルチャー事例があるのだろうか。ここでは、アメリカで起こった3つの事例を見ていく。
トランスジェンダーへの差別発言に対する批判
『ハリーポッターシリーズ』の著者として有名なJ.K.ローリングは、数回にわたってSNSに投稿した内容がトランスジェンダーに対する差別だと批判を受けた。これを通して、映画版の『ハリーポッター』や『ファンタスティックビースト』シリーズに出演する俳優らが批判のコメントを出す事態となった。また、英国エセックス州にある中学校では、J.K.ローリングにちなんで名づけられた校舎名「ローリング」が、ローリングの見解が学校の方針と合わないことから違う名前へと変更された。
ブラック・ライブズ・マター運動
ブラック・ライブズ・マター運動(以下、BLM運動)は、2020年に世界的に話題となった「ジョージ・フロイド事件(黒人男性が白人警察官に頸部を押さえつけられ死亡したもの)」を発端に、警察による黒人取り締まりに対する抗議運動として広がったものである。 BLM運動では、歴史上で奴隷制や人種差別にかかわった人物の銅像の撤去を求める活動が広がったり、一部地域でデモが過激化し、暴動による略奪や破壊が起こったりした。
アカデミー賞における新基準の設定
アカデミー賞では、2015年と2016年に2年連続で白人ばかりがノミネートされたことから「#OscarsSoWhite(オスカーは白人だらけ)」というハッシュタグがSNSで広まった。これをきっかけに、受賞者の多様性を受け入れるための新基準が設定された。翌年から投票権を持つ会員の多様化を図り、新たなアカデミー会員における非白人の割合は以前の3倍となった。
日本のキャンセルカルチャー事例
日本においてもキャンセルカルチャーは起こっている。ここでは、国内での事例を2つ紹介する。
Amazonプライム解約運動
Amazonプライム解約運動とは、AmazonのCMに出演したある国際政治学者に関し、CMに起用したことを抗議するために、SNS上で「#Amazonプライム解約運動」のハッシュタグが拡散された事例だ。彼女が過去に発した徴兵制に関する発言などが差別的だと批判を受け、その学者を起用したAmazonを非難するべく、Amazonプライムを解約しようという動きが広がったのだ。この運動では「他人を傷つけたり、事実と異なる話をしたりする人物を広告に起用するのは、企業がその発言に同意することである」とSNSで論争が起きた。
東京オリンピックにおける重要人物の辞任
2021年の東京オリンピックでは、キャンセルカルチャーに関わる騒動が多発した。エンブレムデザインは、盗作疑惑が浮上しデザイナーが撤回する事態になり、開会式の楽曲担当ミュージシャンは、過去のいじめを自慢した発言が批判され辞任した。ほかにも、組織委員会の会長が、女性蔑視と受け取られる発言を理由に辞任に追い込まれた。このように東京オリンピックでは、過去の言動が問題視され、キャンセルカルチャーの事例が相次いだ。
まとめ
キャンセルカルチャーとは、有名人や企業が不適切な発言や行動を行った際に、SNSやメディアを通じて批判し、人の解雇や製品のボイコットなどの制裁を加える行為である。キャンセルカルチャーでは、事実確認をせず一方的に非難されることも多く、過去の発言や言動を掘り起こされて批判を受けることもある。
このような行動は表現の自由の行使ともされ、対抗する法制度の導入は、表現の自由を脅かすことにもなるため難しい。だが、シンガポールでは昨年、世界で初めてキャンセルカルチャー対策の法律を検討していることが明らかになった。それでも、法は表現の自由と対抗していることから果たせる役割は限られているため、発言や行動における自己規律が求められる。今後は、批判や抗議を受けた人や企業が批判者との対話を通じて、発言を慎重に審議し、場合によっては撤回させる動きが期待されるだろう。
【参考記事】
キャンセルカルチャーと表現の自由|九州大学学術情報リポジトリ
Americans and ‘Cancel Culture’: Where Some See Calls for Accountability, Others See Censorship, Punishment|Pew Research Center
キャンセルカルチャーは刑法に触れて犯罪になる可能性がある? 法律的な観点から解説|ベリーベスト法律事務所 船橋オフィス
キャンセルカルチャーの意味や効果・問題点とは?日本・海外の事例も紹介|NTTコム オンライン
著名人や団体を糾弾する「キャンセルカルチャー」、シンガポールが法規制を検討|CNN
米アカデミー賞、作品賞に「多様性」の条件設置へ|BBC
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