
冬に咲く小さなお茶の花は、かつて暮らしのそばにあった「茶のある風景」を静かに思い出させてくれる。世界的な抹茶ブームの裏で、国内の茶畑は岐路に立たされている。茶畑の減少、後継者不足、取引価格の低迷といった構造的な問題が横たわるなか、この豊かな茶文化と茶畑を未来に引き継ぐために、私たちができることは何かを考える。
冬に咲くお茶の花が語るもの――“茶のある風景”の記憶

秋から冬にかけて、ひっそりと白い花を咲かせるチャノキ。花の少ない季節に咲くこの可憐な花は、かつて日本の暮らしのなかに当たり前のようにあった「茶のある風景」をそっと思い出させてくれる。
茶葉を摘み取るための樹木であるチャは、商品作物であると同時に、人々の暮らしを支える身近な木でもあった。武蔵野の台地では、庭先や畑の縁に植えられ、風を防ぎ土を守る役割も果たしていたといわれる。チャの垣根は、農村の景色を形づくる大切な要素の一つだった。
しかし今では、小規模な製茶工場の廃業が進み、摘んだ茶葉を持ち込み加工する場所自体が減ってきている。一部の地域では、原発事故の影響で茶葉から放射性物質が検出され、出荷停止や需要の落ち込みに見舞われたケースもある。
さらに、茶葉の価格低下や担い手不足が重なり、お茶づくりを続けることがますます難しい現状だ。庭や畑にチャノキが残っていても、葉を摘む人がいなくなり、冬になると花だけが静かに咲き続ける―チャの花はそんな「忘れられた風景」になりつつある。
かつて茶が暮らしの中に息づいていた時代を思い起こしてみる。その記憶に触れることが、日本茶文化とそれを支える生産者の未来を考えるための第一歩になるだろう。
抹茶ブームの陰で、茶畑は減っている

世界的な抹茶人気が高まる一方で、日本の茶畑は確実に縮小している。抹茶ドリンクの流行やSNS発信の拡大により海外での需要は急増している。しかし、需要に応じた供給は難しい。
このブームの恩恵が国内の生産者には十分に届かず、国内生産量が減少し続けているのは何故なのだろうか。
世界的な抹茶人気の急加速
世界的な抹茶人気は、この10年で明らかに加速している。公益社団法人日本茶業中央会が公表した資料によると、2024年の日本茶輸出量は8,798 トン(前年比 16.1%増)となり、なかでも抹茶を含む粉末茶の輸出量が6割ほどを占めた。(*1)
かつて日本の伝統飲料のひとつにすぎなかった抹茶が、いまや国際市場を席巻する存在になっている。背景には、SNSによる情報拡散とウェルネス志向の高まりがある。
鮮やかな抹茶の緑色や、カフェで楽しむラテやスイーツといったビジュアル性は、写真映えしやすく、「手軽で健康的な飲み物」として注目されるようになった。
また、若年層を中心に、コーヒーの代替として抹茶ドリンクを選ぶ傾向も広がる。欧米など海外のカフェ文化に抹茶が取り入れられ、その人気は確実に広がりつつある。
このように、抹茶は健康イメージとトレンドが重なり合って世界中から熱い注目を集める一方、急激な需要拡大が、供給不足と価格の上昇という問題を引き起こしている。
江戸から戦後へと拡大した日本茶生産
今から1200年以上前に中国から伝えられた茶は、江戸時代に庶民の間にも喫茶が広まったことで生産が大きく拡大した。このころ、茶は日常生活に欠かせない飲み物となり、各地で栽培が広がった。
明治期に入ると輸出が急増し、生糸と並ぶ主要産業として発展。特に明治時代には生産量の8割以上が輸出向けとなり、全国の茶産地が活気づいた。戦後も復興需要に支えられて生産は再び増加し、1970年代には荒茶(*2)の生産量が年間約10万トンを超えた。(*3)
しかし、現在の生産量は緩やかに減少し、農林水産省によると2023年の荒茶生産量は6万8千トン。(*4)茶の栽培面積は最盛期から半減しており、江戸期から戦後まで続いた生産拡大は過去のものとなっている。
さらに、家庭で急須で淹れるための茶葉(リーフ茶)の購入量も年々減少し、総務省家計調査によると消費量はこの20年で3割ほど落ち込んでいる。(*5)消費スタイルの変化もまた、日本茶を取り巻く環境を大きく変えつつある。
消えてゆく茶畑と国内生産の危機
茶畑が減少している一因は、農家の収益が上がりにくい構造である。原料価格の低迷と複雑な取引構造により、生産者に十分な利益が戻らず、後継者が育ちにくい現状がある。
ペットボトル向けの需要が拡大したことで、原料茶の価値が相対的に低下した。大量生産・大量調達を前提とする飲料メーカーは、コスト削減のために安価な原料を求める傾向が強い。結果として「安い茶葉でも製品になる」市場が広がり、茶葉そのものの単価が押し下げられたのだ。
国内では安価な原料茶が大量に求められる一方、丁寧に育てた高品質茶の市場が広がらないため、地域の小規模製茶工場も減少傾向にある。
また、全国的に茶葉を供給する樹木が高樹齢となり収量が落ちており、改植には多額の費用と時間がかかる。さらに、近年需要が高まる抹茶用の原料(てん茶)は、日光を遮って育てる被覆栽培や特別な製茶設備が必要で、すぐには転換できない。
こうした要因が絡み合って、生産者離れを一段と進めている。このままでは、国内の需要を満たす基盤そのものが弱体化してしまうかもしれない。
“急須離れ”が失うもの――茶のある時間と文化

急須で茶を淹れる習慣の減少は、単なる嗜好の変化ではなく、暮らしの質と文化の厚みをも失わせている。
茶を淹れる行為は、湯を沸かし、急須を温め、茶葉の香りを確かめるといった一連の動作の中で、心静かに自分と向き合う時間でもある。言い換えれば、マインドフルネスの時間になり得る。
かつての家庭では、湯飲みを手にちゃぶ台を囲み、縁側で湯気の立つ急須を挟んで語り合う光景が日常に存在した。訪問客に茶とお茶請けを出してもてなす作法、季節の挨拶として新茶を贈り合う習慣など、茶は人と人の距離をほどよく縮める道具でもあった。
生産地では地域総出で茶摘みを手伝い合うなど、地域のつながりを育て、文化を育んできた一面もある。
こうした茶のある暮らしは、単なる嗜好品の楽しみにとどまらず、個々の心を静かに満たし、家族や地域のコミュニケーションを支える「生活のインフラ」であった。急須離れが進む現在、文化的なインフラとしての役割が目に見えないかたちで弱まりつつある。
ペットボトル茶の普及は便利さをもたらしたが、茶を淹れる時間そのものの価値は置き去りにされている。単なる道具の喪失ではなく、「ゆっくりお茶を淹れる」という行為が育んできた文化と心の余白が消えていくことを意味する。
茶の時間を見直すことは、忙しさのなかで置き忘れた、内面の豊かさを取り戻す手がかりになるだろう。
いま私たちにできること――持続可能なお茶の未来へ

お茶の未来は、私たち消費者の選び方次第で大きく変わる。どの銘柄を買い、どのように楽しむかを意識するだけでも、茶畑の存続や地域の文化を守る力になり得る。
まずは、お茶を適正な価格で購入することが大切だ。静岡や鹿児島などでは、独自品種の開発や有機栽培の拡大に取り組む生産者がいる。消費者がこうした努力を理解し、たとえ少し高くても地域産のお茶を選ぶことで、生産者の挑戦を後押しできる。
また、便利さだけを優先せず、急須でお茶を淹れる時間や、家族や友人とお茶を囲むひとときを「豊かさ」として楽しむことも重要である。
ペットボトル茶は確かに手軽だが、心を落ち着けて急須でお茶を淹れる時間をあえて作ってみると新たな充実感を得られるはずだ。自分のため、大切な人のためにゆっくりとお茶を淹れる時間は、日常に小さな幸せをもたらすだろう。
持続可能なお茶の未来は、私たちの小さな選択の積み重ねによって作られる。お茶の産地と生産者の労力に思いをはせ、心の豊かさと便利な生活のバランスを見直してみる――こうした日々の小さな行動が、お茶の文化を未来につなぐ鍵となる。
冬に咲く小さなお茶の花のように、日本の茶文化は脈々と息づいている。日常のなかで、急須でお茶を淹れ自分自身の心を温める時間を作るのはもちろん、伝統文化である茶道に触れてみるのも一つの方法だろう。自分らしいお茶のある暮らしを続けていくことが、日本茶文化と茶畑の未来を明るく照らすことにつながっていくはずだ。
Edited by c.lin
注解・参考サイト
注解
*1 公益社団法人日本茶業中央会「2024年12月 茶輸出実績(速報)」によると、日本茶輸出総量は8,798.0トン(対前年比116.1%)。このうち、粉末茶(抹茶を含む)の輸出量は5,091トンであり、総輸出量の約6割を占める。
*2 生葉を蒸して揉み、乾燥させた一次加工の状態。
*3 戦後の生産増加のピークは1970年代にあり、この時期の荒茶生産量は年間約10万トンを超過していた(農林省農業総合試験場報告「茶業における経営の変遷に関する研究」より)。
*4 農林水産省「令和5年産茶の摘採面積、生葉収穫量及び荒茶生産量」(2023年産)によると、荒茶生産量は6万8,200トン。
*5 総務省家計調査より、一世帯あたりの緑茶(リーフ茶等)購入数量は、平成20年(2008年)と比べ約3割減少している(農林水産省「茶をめぐる情勢」より)
参考サイト
狭山茶の歴史|入間市博物館
Matcha’s ‘unprecedented’ TikTok-fuelled popularity brews a global shortage|ABC NEWS
茶業及びお茶の文化の振興に関する基本方針|農林水産省
茶をめぐる情勢|農林水産省






















曽我部 倫子
大学で環境問題について広く学び、行政やNPOにて業務経験を積むなかで環境教育に長く携わる。1級子ども環境管理士と保育士の資格をもち、未就学児や保護者を対象に自然体験を提供。またWebライターとして、環境、サステナブル、エシカル、GXなどのテーマを中心に執筆している。三姉妹の母。
( この人が書いた記事の一覧 )