#21 環境と政治について-環境保全のために市議会議員になるという選択

下水汚泥の再資源化を進めるために必要なこと

「やっぱり根本的に変えたいのは下水ですね」

天白さんが”もうひとつの顔”を見せたのは環境問題の解決に”政策”という言葉を用いたときだった。

「今、横須賀市では下水汚泥を乾燥して焼却処分しているんです。でも汚泥にはなくしちゃいけない成分もある。土壌や海を豊かにしてくれる成分もあるんです。だからその成分を焼却せずに自然に返したい」

下水汚泥の中には窒素やリン、カリウムといった植物やプランクトン、海藻の成長を促す成分が豊富に含まれている。中でもリンは農業における肥料や飼料に、また工業製品の原料に欠かせないものでありながら、リン鉱石が採掘できない日本では100%を輸入資源に頼っている。世界的に供給国が限られているため、国際情勢や輸出規制の影響を受けやすく、価格の変動は物価高として私たちの暮らしにも跳ね返ってくる。

「海を守るっていうのもありますし、汚泥って炭素の量が多いので燃やせばCO2も排出してしまうんです」

下水汚泥の再資源化は気候変動対策でもあるのだ。その技術はすでに確立されているものの、実現するには下水汚泥を焼却処分している自治体の下水道政策を変える必要がある。そこにはコストなども含めた地域住民との合意形成も欠かせない。

最終判断をするのは、政治だ。

過去と未来をつなぐために、今できることをやる。切れかかった糸をつなぐことに自らの人生をかけて挑んできた天白さんは、そのスピードを加速させるために横須賀市市議会議員選挙に立候補した。今から3年前、2023年4月の話だ。

市議会議員になった一番の理由

きっかけは天白さんが取り組んでいた環境学習をサポートしてくれていた市の環境政策部が組織変更で廃止され、事業が縮小されたことだった。

「がんばってくれていた人たちもいたのに、年間数十万の予算すら通らなくなってしまった」

環境政策の事業縮小は、自身が描く生物多様性保全という未来が遠のくことでもある。時を同じくして統一地方選が控えていた。天白さんは悩みに悩んだ末、公示の3週間前に出馬を決意する。

天白まきお公式ホームページより転載 (*1)

掲げた公約は、〈議員報酬を自然環境のために拠出する〉。

「議員報酬って1200万円くらいあるんですけど、かたや環境政策では20万円とか30万円という事業に予算がつかない。だったら議員になってその報酬を環境政策に当てればいいんじゃないかと思ったんです」

無所属かつ、環境政策だけを訴えての出馬。拠り所になったのは、市民の8割が「横須賀の魅力は豊かな自然環境にある」とアンケートで答えていたことだった。

39の議席に対して55人の候補者が立候補した中、2,214票を獲得した天白さんは得票数32位で当選を果たした。それは地域のかけがえのない自然を大切にして欲しいという民意が可視化された瞬間でもあった。

天白さんは今も公約通り、議員報酬のほとんどを里山の再生を始めとする環境活動に注ぎ込んでいる。また、議会では環境政策や生物多様性の保全をテーマに横須賀の里山や海で起きている現状を伝え、具体的な施策を提言することで他の議員や市長の意識改革に努めている。

最初に存在感を発揮したのは、2023年9月の市議会での質疑だったと記憶している。天白さんは横須賀市のトノサマガエルが30年以上前に絶滅したことを例に一度絶滅した生物は二度とよみがえらないこと。市の自然環境はフィールドにも、人にも、知識にも恵まれているが、山積する問題にも事欠かず、宝の持ち腐れになっていることを訴え、次のような市長答弁を引き出した。

「トノサマガエルがいなくなったというのは初めて聞いて、不勉強だなと思った。生物多様性というのは、多分根源的に言えば、人類史をどう捉えるかという哲学的な問題まで発展してくる。もともとそういう問題だと思っているので、ぜひ、これから日本の、人間の社会を継続にするためには、多分生物多様性は不可欠であろうと思うので、ぜひ旗振り役で頑張っていきたい」(横須賀市長 上地克明)

政治の場にネイチャーポジティブについて論じることのできる政治家が存在していなければ決して引き出すことのできなかった答弁だと思った。新たな生命が芽吹き、世界が静かに緑を取り戻していくのを感じた。

環境再生を経済成長につなげていくためには

政治の場で環境問題を論じる時、障壁になるのは科学、そして経済だ。1991年から地球温暖化対策として国際政治の場で繰り返されてきたCO2排出量交渉の最大の障壁も各国の経済的利益だ。それは自国経済を優先するアメリカのパリ協定脱退など今も続いている。

世界のCO2排出量推移 (*2)|出典:ビジネス・ブレイクスルー大学大学院

環境破壊は経済成長のために自然を開発してきたことが原因なのは明白だが、わたしたちは、成長を前提とした経済の仕組みの中で暮らしている。その経済を無視して、環境だけを語ることはできない。環境活動家であれば経済は度外視して環境を守るための理想を叫ぶこともできるが、税収に支えられている政治の場で経済を軽視することは許されない。わたしも環境審議委員として議論の場に立つたびに環境と経済のバランスを取ることの難しさを実感してきた。

だが、天白さんは「いや、そういうことを感じたことは一度もないですね」と難題をしなやかに乗り越える術を提示する。

「もともと環境保全団体を経営していたので、行政よりも自然で経済を回すことを考えてきたと自負しています。自然保護か開発か、環境か経済かという善悪の二元論ではないんですよ」

三浦半島には自然環境でビジネスが成り立つだけのポテンシャルがあると天白さんは言う。市民が愛する自然環境を育みながらその魅力を最大限発揮させて、地域を活性化するにはどうすればいいかを市政に反映させるのが天白さんの活動の軸のひとつだ。自然の恵みを循環させて経済を回すことが環境の保全につながっていく。自然の恵みを循環させながら経済を回す。その発想は、近年「里山資本主義」や「SATOYAMA」という言葉で語られる考え方とも重なっているように感じた。

「すでにいくつかの企業の方と、子どもたちに様々な自然体験をしてもらえるような一大拠点が横須賀にできるといいねという話をしていたりもします」

それは、天白さん自身が子どもの頃の自然体験によって今の自分が形作られたという経験に基づく施策――環境教育の推進にもつながっている。

環境教育は未来への希望をつなぐ種蒔きでもある

横須賀市秋谷――海辺の町で生まれた娘は歩き始める前から砂浜で遊んでいたおかげで、ビーチクリーンが習慣化している。保育園でも小学校でも地域の自然体験を通じた環境教育を受けながら育ってきた。

先日は課外授業で地元の漁師さんとサザエの稚貝を放流したことを誇らしげに話してくれた。

「娘さん、5年生になったら田植えの体験学習でぼくの授業を受けますよ」と天白さんが教えてくれた。

しかし、こうした環境学習も市内にある44の小学校すべてで実施できているわけではないという。

「現状できているのは15校くらいです。中には一度も環境教育を受けずに卒業してしまう子もいる」

学校間格差が大きいのが課題だという。

「それぞれの地域にある自然を活かした環境学習ができたらと思って市内すべての小学校の学区の自然地図を作っているんです。横須賀に環境学習あり、と言われるところまで持っていきたい」

環境教育を推進する理由は自身の経験の他にもある。里山を保全する人々の高齢化だ。

「自分が知る限り里山保全団体のメンバーは軒並み高齢化している。幸いうちの団体は子育て世代の方が多く参加してくれているおかげで次を担ってくれる世代の育成ができているけど、今後は世代交代をどうしていくかが課題になってくると思うんです」

生物多様性の保全も気候変動対策も結果が出るまでに長い年月を要する。人類がカーボンニュートラルを達成するには次の世代へ確実にバトンを渡していく必要がある。環境教育は未来への希望をつなぐ種蒔きでもあるのだ。

天白さんとの話はエネルギーの地産地消や資源循環についての施策にも及んだ。

「おかしいことはおかしいと言い続けることが大切なんです」科学的根拠に基づいた政策提言のできる政治家がひとりでもいることが、未来への希望であると強く感じた。一方で、気候変動対策が選挙の争点にすらならないのは、政治の場で専門的な議論が十分に行われていないことも影響しているのかもしれない。

一方で、こうも思う。政治は大切だが、すべてではない。政治は空腹を満たしてくれる穀物や野菜を育てないし、時に誰かの人生を変えてしまうほどの芸術を生み出すこともない。エネルギーだってそうだ。わたしたちが日々生きていくために必要なものを生み出しているのは政治ではなく、ひとり一人の知恵と名もなき手の営みだ。政治はそれを法律で規制したり緩和したり、税金による投資で後押ししているに過ぎない。手を動かしているのはわたしたちひとり一人なのだ。それは、環境問題においても変わらない。その事実は、国政が機能不全に陥っているように感じられる昨今の希望にも感じられた。政治に不満が多くなるのは、依存し過ぎていることの裏返しとも言える。ひとりでも多くの人が食とエネルギーという生活基盤を自分の手に取り戻し、育てていく。それもまた政治が混迷している現代における生存戦略なのではないか。それは15年前、わたしが〈自分が食べるものを自分の手で育てるために〉この海辺の町に移り住んできたときの初心でもあった。

「戦争のときだって食べるものはあったよ。米も野菜も売るほど作っていたからね」

わたしの恩師——戦時中も毎日畑に出て土を耕し、種を蒔いていた南房総のおばあちゃんの言葉を2026年の今、改めて噛み締めている。旅するように暮らす、この町で。

2026年2月8日

注解

*1 天白まきお公式ホームページより転載
*2 世界のCO2排出量推移

About the Writer

青葉 薫

横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
この人が書いた記事の一覧

種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~

文・写真 青葉薫

夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。

15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで

「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。

#21 環境と政治について-環境保全のために市議会議員になるという選択
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