
2022年12月、生物多様性の損失を食い止め、回復へと向かわせるための世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」が採択された。注目を集める「30×30目標」とは、2030年までに陸域と海域の30%を保全するという計画である。
愛知目標の課題を乗り越えようとする新しい枠組みは、社会の未来をどのように変えていくのか。日本の取り組みと、私たち一人ひとりの役割についても見ていこう。
愛知目標から昆明・モントリオール枠組(GBF)への転換

昆明・モントリオール枠組(GBF)は、従来の愛知目標が抱えていた限界を克服し、より実効性のある生物多様性保全の世界目標として生まれ変わったものである。
この新しい枠組みを理解するために、まずは生物多様性条約の基本的な仕組みから見ていく。
生物多様性条約の基本的な枠組み
生物多様性条約は、1992年のリオ地球サミットで採択された国際条約で、現在196の国と地域が加盟している。その目的は以下の3点にまとめられる。
1.生物多様性の保全
2.生物資源の持続可能な利用
3.遺伝資源から生じる利益の公正かつ衡平な配分
つまり、自然の恵みを将来にわたって享受できるようにするための国際的な約束である。
愛知目標の限界
2010年に採択された「愛知目標」は、生物多様性条約の下で策定された行動指針であったが、20の目標のうち完全に達成されたものは1つもなかった。
その要因として、「適切に保全する」「大幅に削減する」といった曖昧な表現が多く、各国が何をどの程度実施すべきかが不明確だったことが挙げられる。また、進捗を測定するための指標や、実行を支える資金・人材の仕組みも十分に整っていなかった。
新枠組みの特徴
こうした愛知目標の反省を踏まえ、2022年12月にカナダのモントリオールで採択されたのが昆明・モントリオール枠組(GBF)である。
「生物多様性版のパリ協定」とも呼ばれ、2050年ビジョンとして「自然と共生する世界」を掲げ、2030年までに「ネイチャーポジティブ(自然の回復が損失を上回る状態)」の実現を目指す。最大の特徴は、その具体性にある。
2030年までに達成すべき23項目の「世界目標(グローバルターゲット)」が設定され、そのうち8項目には明確な数値目標が盛り込まれている。これにより、各国は客観的な基準に基づいて進捗を把握し、より実効的に取り組めるようになった。
注目の30×30目標と新たな保全手法

30×30目標とは、2030年までに地球上の陸域と海域のそれぞれ少なくとも30%を効果的に保全するという国際的な目標である。
この「30%」という数値は、科学的な根拠に基づいて設定された。研究によれば、地球上の多様な生物種を将来にわたって保全するためには、少なくとも陸域と海域の30%を保全する必要があることが明らかになっている。
世界と日本の保全状況
現在、世界全体では陸域の約17%、海域の約8%が保護地域として指定されている。(*1)
一方で日本では、陸域の20.5%、海域の13.3%が保護地域に指定されており(*2)、陸域は目標に近い水準にあるものの、海域については依然として道半ばである。
ただし、既存の保護地域の拡大だけでは30%の達成は難しい。そこで、従来の「保護区」に加えて、新たな保全手法への注目が高まっている。
OECMという新しいアプローチ
その鍵となるのが、「OECM(Other Effective Area-Based Conservation Measures/その他の効果的な地域ベースの保全措置)」である。これは国立公園などの法的保護地域ではないものの、結果として生物多様性の保全に実質的に貢献している地域を指す。
たとえば、里地里山、企業が管理する森林、社寺林、学校のキャンパス緑地など、多様な主体によって維持・管理されている土地がOECMの対象となる。
OECMの導入により、「規制による保護」から「協働による保全」への転換が進みつつある。地域の文化や暮らしと調和しながら、生物多様性を守る柔軟で現実的なアプローチが可能になった点が大きな特徴である。
包括的な2030年目標と資金メカニズム
昆明・モントリオール枠組(GBF)による23の世界目標は、「30×30目標」だけにとどまらない。
生物多様性の損失要因に包括的に対処するため、農業・林業・都市計画・金融など、幅広い分野にわたる野心的な目標が設定されている。
重要な数値目標
23の世界目標には、30×30目標以外にも次のような具体的な数値目標が盛り込まれている。
・侵略的外来種の管理・制御
・農薬および過剰な栄養分による環境リスクの半減
・世界の食料廃棄物の半減
また、企業や金融機関には、生物多様性への依存関係・影響・関連リスクや機会を特定し、定期的に監視・評価し、透明性をもって開示することが求められている。
強化された資金支援体制
新枠組みでは、途上国への資金支援体制も大幅に強化された。
2025年までに年間200億ドル、2030年までに年間300億ドルの国際資金動員を目指しており(*3)、各国政府に加えて国際機関・民間資金・企業投資も重要な役割を担う。
これらの目標は相互に関連し、保全・持続的利用・資金・ガバナンスを統合的に進める「全体最適のアプローチ」が求められている。
生物多様性の危機に対して、政策・経済・社会の各分野が連携して取り組む枠組みこそ、昆明・モントリオール枠組(GBF)の本質である。
日本の対応と多様な主体の参画

日本政府は、昆明・モントリオール枠組(GBF)の採択を受けて、2023年3月に「生物多様性国家戦略2023-2030」を閣議決定した。
この戦略では、2030年までにネイチャーポジティブを実現するための5つの基本戦略を掲げ、新たな世界目標への対応を明確にしている。
自然共生サイト認定制度の推進
30×30目標達成に向けては、自然共生サイト認定制度が重要な役割を果たしている。
2025年3月時点で全国328カ所・合計約9.3万ヘクタールが認定されており(*4)、企業や自治体、学校、地域団体など多様な主体が参画している。
さらに、こうした取り組みを後押しするために、2025年4月から「地域生物多様性増進法」が施行された。この法律により、認定対象が生物多様性の豊かな「場所」から、自然を維持・回復・創出する「活動計画」へと拡大。
これにより、より幅広い地域や団体の保全活動が、国全体の目標達成に貢献できる仕組みとなった。
企業の積極的な取り組み
企業の取り組みも近年活発化している。
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)では、2024年1月のダボス会議において、日本企業約80社を含む320社が早期開示を宣言した。(*5)
また、SBTs for Nature(科学に基づく自然目標)の設定や、サプライチェーン全体での生物多様性配慮の取り組みも広がっている。
さらに、30by30アライアンスには企業、自治体、NGO、研究機関など多様な主体が参加しており、ベストプラクティスの共有や共同プロジェクトの推進が進められている。
市民の参画と行動
生物多様性の保全は、行政や企業だけでなく、市民一人ひとりの行動にも支えられている。
地域の生きもの調査への参加、持続可能な製品の選択、フードロスの削減、自然共生サイトでのエコツーリズム参加など、日常の中でできる多様なアクションが広がりつつある。
生物多様性版のパリ協定としての意義と展望

昆明・モントリオール枠組(GBF)が「生物多様性版のパリ協定」と呼ばれるのは、196の国と地域――事実上全ての国――が参加する普遍的な合意であるためだ。
生物多様性は国境を越えて存在する。ゆえに、その損失を止めるには、地球規模の課題に対して地球規模の協力が不可欠である。
先進国と途上国の協力体制
今回の枠組みでは、先進国と途上国が資金・技術協力を前提とした公平な責任分担のもとで共通目標に取り組む体制が整えられた点が画期的である。
「30×30目標」や「農薬リスク半減」「食料廃棄半減」など、測定可能な数値目標が設定されたことにより、各国の進捗を客観的に評価することが可能になった。
また気候変動対策との相乗効果も期待されている。森林保全は炭素の吸収・貯蔵に貢献し、湿地の保護は洪水や干ばつの防止につながる。
こうした自然を基盤とした解決策(Nature-based Solutions/NbS)を推進することで、生物多様性保全と気候変動対策の双方を同時に進める道が開かれる。
私たちにできること
昆明・モントリオール枠組(GBF)は、政府や企業ではなく、私たち一人ひとりにとっても無関係ではない。日々の消費行動、働く企業の方針、暮らす地域での活動──それらすべてが、生物多様性に影響を与えている。
たとえば、地元の里山保全活動への参加、認証製品(FSC認証・MSC認証など)の購入、生きもの観察会への参加など、身近なところから行動を起こすことができる。2030年まで、残された時間はわずか4年余り。
生物多様性の損失を止め、回復へと転じるという野心的な目標の実現には、政府、企業、そして市民一人ひとりの取り組みが欠かせない。自然と共生する持続可能な社会を次世代に引き継ぐために、今こそ行動を起こすときである。
Edited by c.lin
注解・参考サイト
注解
*1 UNEP-WCMC & IUCN “Protected Planet Report 2024”による。
*2 環境省「生物多様性国家戦略2023-2030」p.64の記載(2023年1月時点)による。
*3 COP15決定文書「昆明・モントリオール生物多様性枠組(CBD/COP/DEC/15/6)」ターゲット19(2022年12月採択)
*4 環境省「令和6年度後期『自然共生サイト』認定結果について」報道資料による。
*5 朝日新聞「TNFDアーリーアダプター(早期採用者)に320社・団体 日本から80社、国別で最多に」による。
参考サイト
自然再興|環境省
「自然共生サイト」の認定について|環境省
「自然共生サイト」の認定について|農林水産省
国際目標「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」|公益財団法人森林文化協会
新法「地域生物多様性増進法」で日本企業の取り組みは変わるか?|SB JAPAN


























Sea The Stars
大学院で哲学(環境倫理学)を学んだあと、高校の社会科教員に。子どもの誕生をきっかけに、ライターへ転身。哲学や歴史をメインに執筆し、西洋哲学に関する書籍の執筆も担当。厳しい時代だからこそ、寛容さ(多様性)が大事だと考えている。週末は海外サッカー(プレミアリーグ)に夢中。
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