気候時計とは
気候時計(Climate Clock)とは、地球温暖化の危機に対する人類の残された猶予を視覚的に示すカウントダウン型の時計である。
地球全体の平均気温の上昇を1.5℃未満に抑えるために、人類が今後排出できる温室効果ガスの総量(カーボンバジェット)と、現在の排出ペースにより、残された時間が計算されリアルタイムで表示されている。
2025年4月の時点で、残された時間は4年102日となっている。この時間が0になると気候変動の影響がさらに大きくなると警告されている。世界の温室効果ガス排出量が増加し続ければ、気候時計の残り時間がゼロに近づくペースは早まり、逆に削減できれば時計の残り時間は増加することになる。
気候時計は、「いつまでに」何をすべきかを明確に提示し、私たちに主体的な気候行動を促すものである。
平均気温の上昇を1.5℃未満に抑える理由

地球の平均気温上昇を産業革命以前と比べて1.5℃に抑えることの意義と、そのために必要な温室効果ガス排出削減の経路を科学的に評価したものが「1.5℃特別報告書」である。
この報告書はパリ協定のもと、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)により2018年に発表された。報告書では、1.5℃と2°Cの上昇に伴う影響の違いや、1.5℃に抑えることで得られる恩恵が科学的根拠に基づいて示されている。
1.5℃と2°Cの上昇に伴う影響の違いについて、予測されている具体例は次のようなものである。
- 暑さにより、農業や人間の健康が悪影響を受ける頻度が増す。
- 永久凍土・雪・氷河・氷床・湖氷・北極域の海氷の減少度合いが大きくなる。
- 干ばつは、特定の地域で増加し、規模や強度が増す。
- 大雨と洪水は、アフリカとアジア・北米・欧州のほとんどの地域で、強度と頻度が増大する。
- 強い熱帯低気圧の割合が増加。
- 熱波と干ばつの同時発生がより頻繁になる可能性が高い。
- 複合的な沿岸浸水が増加。
- 作物生産地域などで、極端現象が発生する頻度が増加。
- 火災の発生しやすい気象条件が増加。
- 2100年までの海面水位の上昇は、1.5℃上昇の場合は2°C上昇の場合よりも約0.1m低くなる。水位上昇の大きさと速さは、将来の温室効果ガスの排出ペースによる。
- 種の喪失と絶滅を含めた陸域の生物多様性と生態系への影響は、1.5℃上昇の方が2.0°C上昇より小さい。淡水、沿岸域の生態系が受ける影響は1.5℃上昇の方が小さく、人間が受ける生態系サービスはより多く保持される。
- 1.5℃上昇に抑えた場合、海水温の上昇とそれに関連する海洋酸性度の上昇、海洋酸素濃度水準の低下を低減することができる。これにより、海洋の生物多様性、漁業資源、人間が受ける恩恵に対するリスクが小さくなる。
- 1.5℃上昇であっても、人間の健康、生計、食糧安全保障、水供給、経済成長などに対するリスクは増加し、2°C上昇ではさらにリスクが増加する。しかし、気温上昇を1.5℃に抑えることで、ほとんどの場合に適応できる可能性が高くなる。
たとえ1.5℃上昇に抑えたとしても、人間社会と自然のシステムの適応能力には限界があり、ある程度の損失が生じるとも述べられている。気温上昇を1.5℃以内に抑えるには、2030年までにCO₂排出量を2010年比で約45%削減し、2050年頃には排出量を実質ゼロにする必要があるとされる。
さらに、すべての国が協力し、社会全体での構造的な変容と持続可能な開発への投資が不可欠であることが強調されている。現在、地球の平均気温の上昇を1.5℃に抑えるという共通目標に向かって、世界の連携と協力、主体的な行動が求められている。
カーボンバジェットとは
カーボンバジェット(炭素予算)とは、地球温暖化を1.5℃未満に抑えるために、排出が許容される地球全体の炭素を定量化したものである。
世界全体の気温上昇を特定の水準に抑えるためには、過去から現在まで排出されてきた累積CO₂量をカーボンバジェットの範囲内に抑える必要がある。累積CO₂排出量はこれまでの地球温暖化を決定づけ、将来の排出は将来の追加的な温暖化の原因になる。
カーボンバジェットは、温暖化を特定の気温水準以下に抑えるために、まだ排出し得るCO₂の量を示している。
2021年、IPCCは第6次評価報告書第1作業部会の報告 『気候変動 – 自然科学的根拠』を発表した。この報告書には、地球温暖化を1.5℃に抑えるためのカーボンバジェットについて最新の推定値が含まれる。
地球温暖化を1.5℃に抑制できるカーボンバジェットは下記のとおりとされる。
- 可能性50%の場合: 500ギガトンCO₂
- 可能性67%の場合: 400ギガトンCO₂
- 可能性83%の場合: 300ギガトンCO₂
気候時計は、67%の可能性で地球温暖化を1.5℃に抑えられるカーボンバジェットである400ギガトンをもとに計算されている。また、炭素排出量については、メルカトル地球コモンズ・気候変動研究所のデータによる年間平均42.2ギガトンを用いている。
気候時計と終末時計との違い
気候時計と終末時計は、いずれも人類が直面する危機を象徴的に示す指標だが、その目的と焦点には違いがある。
気候時計は、地球温暖化対策の緊急性を可視化するためのツールである。現在の排出ペースが続いた場合、残された猶予がどのくらいであるかを示し、全ての主体による迅速な行動の必要性を訴えている。
一方終末時計は、核戦争や気候危機など、人類の存続を脅かすさまざまな要因による危機の度合いを象徴的に示す時計である。
1947年に米国の科学誌『原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)』によって導入され、午前0時を人類滅亡の瞬間と設定し、その時刻までの残り時間を分単位で示している。2025年現在では、核戦争のリスク増大や気候変動の深刻化など複数の要因を踏まえて、残り89秒とされている。
気候時計は主に気候変動に特化してその緊急性を示すのに対し、終末時計は核戦争など複数の人類存続に関わるリスクを総合的に評価し、全体的な危機感を示すという違いがある。
気候時計の誕生
ニューヨークのユニオンスクエアにある気候時計は、2020年9月に設置され、気候変動対策の緊急性を示す象徴的な指標として世界中の注目を集めた。当初、残された時間は7年102日であった。
しかし、気候時計の設置が試みられたのはこれが初めてではなく、2009年にドイツ銀行はニューヨークのタイムズスクエアに人類の炭素排出量として「カーボンカウンター」の看板を短期間設置したことがある。
また、2015年から稼働するブルームバーグ・カーボン・クロック(Bloomberg Carbon Clock)は、現時点での大気中のCO₂2濃度を月平均に基づいて推定し表示している。
しかし一方で、地球温暖化対策の必要性と緊急性を誰もが分かりやすく認識できるよう、世界中で同期する時計を継続的に設定することを求める声も生まれていった。そのような中、気候変動活動家や科学者などが集結したClimate Clockによって気候時計は考案された。
まず、環境保護活動家のグレタ・トゥーンベリさんが2019年9月に国連気候行動サミットで演説するのに合わせ、気候時計が作成された。スピーチの最後に国連事務総長に手渡すはずであったが、国連の警備員に時計の携行を止められ叶わなかった。
その後紆余曲折を経て、ニューヨーク市の中心部にあった世界的な時の彫刻、ユニオンスクエアのメトロノームを気候時計として再生することが決定された。デザインは、気候変動の進行状況を常に反映して、人々が主体性を感じられるシンプルで力強いものである。
2020年9月、ニューヨークのユニオンスクエアのビルの気候時計が稼働を開始すると、40か国450の報道機関で取り上げられ、今では地球温暖化対策を訴えかける象徴的な存在となった。
気候時計の設置場所
気候時計は、ニューヨーク(アメリカ)をはじめ、ベルリン(ドイツ)、ソウル(韓国)、ローマ(イタリア)、グラスゴー(スコットランド)など世界各国30か所以上の都市に設置されている。
国内では、若者による気候変動アクティビスト集団a(n)actionがクラウドファンディングを募り、2022年に東京・JR渋谷駅前と渋谷区内の100か所への設置を実現した。
そのほか、パルシステム神奈川、龍谷大学、カリタス女子中学高等学校、株式会社セイビ堂なども設置を公表している。
気候時計を運用するClimate Clockは、世界の主要都市すべてに気候時計を設置し、世界のリーダーたちに行動を起こさせることを目標とする。
気候時計は参加型プロジェクトであり、Climate Clockとつながることで世界中で利用することが可能だ。国内では多くの自治体がカーボンニュートラル宣言を実施しており、具体的な施策のひとつとして気候時計の設置も考えられる。
私たちができること

気候時計の進行を遅らせるためにすべきことは、温室効果ガスの排出を減らすことである。私たちが普通に暮らしていくだけでもCO₂は排出されるが、化石資源に依存している現状で、日本は世界で5番目にCO₂排出量が多い国となっている(2023年時点)。
一人ひとりが暮らしの中で環境問題を意識し、小さな行動を続けることの大切さは無視できない。環境省は国民・消費者の行動変容、ライフスタイル変革を強力に後押しするための運動としてデコ活を展開中だ。
デコ活に参加することで、生活のさまざまな場面での行動におけるCO₂削減効果を算定したデータベースを利用できる。くらしの中でのCO₂排出を減らすために、無理なく長く続けられる行動を選択したい。
また、気候時計を手に入れることも可能だ。職場や学校に設置したい場合は、持ち運び可能なデザインの時計をClimate ClockのShopページから購入できる。
さらに、気候変動への危機感を共有できる組織や団体と協力することで、ニューヨーク、ソウル、ローマなどのような気候時計の設置を呼びかけることも手段の一つだろう。
まとめ
地球の平均気温の上昇を1.5℃に抑えられるかどうかー気候時計によると私たちに残された時間は2025年4月現在、4年100日あまりとなっている。ニューヨークタイムズスクエアに設置された当初、2020年9月の表示は7年102日であった。
約5年の間に3年間分も進んでしまっている現実に絶望してしまいそうだが、希望は失いたくない。日本は、2025年2月に新たなNDC(国が決定する貢献)を国連気候変動枠組条約事務局へ提出した。
その中で温室効果ガス削減目標として、2013年度比で2035年度に60%、2040年度に73%削減するとした。実現のため、脱炭素にむけた法改正、投資促進やエネルギー転換などが進行中だ。
生活者としても、目先の利益や痛みよりも長い目で見たメリットを選択できるように心がけたい。
参考記事
Climate Clock
IPCC 第6次評価報告書統合報告書 Summary for Policy Makers(政策決定者向け要約)解説資料
1.5℃特別報告書のポイントと報告内容が示唆するもの 気候変動の猛威に対し、国・自治体の“適応能力”強化を | 地球環境研究センターニュース
気候変動 2021 – 自然科学的根拠
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