
気候変動は人の生活や健康をおびやかしており、医療においても地球温暖化対策、特にカーボンニュートラルが課題となっている。医療分野では、医薬品や機器の製造から診療行為まで多くのCO2が発生するが、フィリップスは2045年までにネットゼロを達成する方針を公表。温室効果ガス削減と医療の質を両立させる道を切り開こうとしている。
医療現場にのしかかる“脱炭素の課題”

国際的にはパリ協定で「2050年までのネットゼロ」が共通目標とされ、世界各国や多くの企業がこれを基準に戦略を描いている。ネットゼロとは、温室効果ガスの排出と吸収を差し引きして実質ゼロにする取り組みだ。
フィリップスが掲げる2045年という年限は、この国際目標より5年早く、医療業界における先進的な姿勢を示している。ここでは、医療分野の排出の特徴と、フィリップスが描く2045年ネットゼロの全体像について整理する。
では、医療分野はどれほどの温室効果ガスを排出しているのだろうか。医療は人々の健康を守るために不可欠である一方で、温室効果ガスの排出源としても無視できない。
国際的な環境NGOであるHealth Care Without Harmによれば、世界全体のCO2排出量の約4.4%(*1)を医療分野が占め、年間で約2ギガトンに相当するとされる。これは航空業界に匹敵する規模である。
排出の内訳を見ると、病院や診療所からの直接的な排出(スコープ1)は全体の17%、病院や診療所が購入した電力やガスによる排出(スコープ2)は12%を占める。また、医薬品や医療機器の製造、廃棄物処理、食品供給といったサプライチェーン由来の排出(スコープ3)は71%にのぼり、最大の要因となっている。特に手術室で使われる揮発性麻酔薬は強力な温室効果を持つことが知られている。
こうした現状を受け、気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では21か国・54機関が「低炭素で気候変動に強い保健システム」を構築する国際プログラムに参加。ネットゼロに向けた行動を始めた。
フィリップスが掲げる「2045年ネットゼロ」
こうした国際的な動きの中で、フィリップスは医療機器メーカーとして具体的な行動計画を打ち出している。2020年にはすでに自社の事業運営(スコープ1・2および出張・物流)においてカーボンニュートラルを達成し、2022年にはその範囲をサプライチェーン全体へ拡大している。
さらに1.5℃シナリオ(*2)に沿い、2045年までにサプライチェーン全体でネットゼロを達成することを公約した。具体的な数値目標としては、自社拠点からの排出量を2015年比で2025年に75%削減、2040年に90%削減する。さらに取引先や製品使用段階の排出(スコープ3)を2030年までに2020年比で42%減らすことを掲げている。スコープ3は全体排出量の95%以上を占めるため、サプライヤーや顧客との協働が欠かせない。
このように、自社だけでなく医療産業全体を持続可能にするという視点で取り組んでいる。
MRIや画像診断モニターに見る、排出削減のアプローチ

では、フィリップスは具体的にどのような技術で排出削減を進めているのか。特に消費エネルギーが大きいMRIや画像診断モニターでは、環境負荷を減らす取り組みが進んでいる。
●MRI
従来のMRIは、磁場を維持するために大量の液体ヘリウムを必要としてきた。しかしフィリップスが開発した「BlueSeal MRI」は、従来約1,500リットル必要だったヘリウム量をわずか7リットルにまで削減した。この大幅な削減により、資源の消費を抑えるだけでなく、輸送・補充時の排出削減にもつながる。またシステムの効率化により、稼働時のエネルギー使用も軽減され、医療現場における持続可能性の向上を実現している。
●画像診断装置
画像診断装置では、AIを用いた解析技術を導入し、スキャンの速度と精度を同時に高めている。短時間で診断が可能になれば、1回あたりの電力消費を削減できるだけでなく、患者の移動や検査回数の減少によって間接的な排出も抑えられる。また高度なソフトウェア制御により、装置がアイドリング状態で浪費するエネルギーの削減を実現している。
このような診断機器の改良は、医療の質と環境配慮を両立させる実践例といえる。
病院と企業が進める、循環型モデルへの転換

診断機器の技術革新に加えて、フィリップスは製品を使い捨てしない循環型モデルへの転換も進めている。病院と企業が協働し、調達から廃棄までのライフサイクル全体で排出削減を意識した仕組みの導入だ。
具体的には、契約段階から温室効果ガス削減の目標を共有し、機器の導入後も修理や再利用、リサイクルを前提とする。フィリップスはサーキュラーエコノミー(循環型経済)の方針を掲げ、医療機器を部品レベルで回収・再生するプログラムを展開している。これにより新規製造に伴う資源使用やエネルギー消費を削減でき、環境負荷の軽減につながる。
病院側にとっても、このモデルは長期的なコスト削減や機器の安定供給につながり、医療サービスの質を保ちながら持続可能性を確保する手段となる。複数の病院や地域全体で循環型の仕組みが広がれば、医療業界全体のサステナビリティ向上も期待できる。
気候変動対策と医療の質の向上は、決して矛盾するものではない。フィリップスの取り組みは、両者を両立させる道を示す一例といえるだろう。
この挑戦が道しるべとなり、医療業界全体が脱炭素への歩みを加速させることを期待したい。こうした取り組みが広がることで、医療業界全体の脱炭素化が進む可能性がある。
Edited by k.fukuda
注解・参考サイト
注解
*1 Health Care Without Harm「Health Care’s Climate Footprint」(2019年)
*2 1.5℃シナリオとは、世界の平均気温上昇を産業革命前と比べて1.5℃に抑えることを目指す「1.5℃目標」を達成するための、具体的な道筋を示したもの。
参考サイト
Carbon Reduction Plan|Philips
Climate change and healthcare organizations: a call to arms|PMC (PubMed Central)
BlueSeal magnet|Philips
























曽我部 倫子
大学で環境問題について広く学び、行政やNPOにて業務経験を積むなかで環境教育に長く携わる。1級子ども環境管理士と保育士の資格をもち、未就学児や保護者を対象に自然体験を提供。またWebライターとして、環境、サステナブル、エシカル、GXなどのテーマを中心に執筆している。三姉妹の母。
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