拡張する“ヒト”の身体と認知。AIとの共生における人間の主体性
スマートフォンはただの「持ち物」ではなく、もはや「自分の一部」かもしれない。AIアシスタントに記憶を預け、ウェアラブルデバイスで身体を測定する時代で、技術が人間を拡張するとき「私」の境界線はどこにあるのか。人間の主体性をめぐる問いを共に考えてみたい。

スマートフォンはただの「持ち物」ではなく、もはや「自分の一部」かもしれない。AIアシスタントに記憶を預け、ウェアラブルデバイスで身体を測定する時代で、技術が人間を拡張するとき「私」の境界線はどこにあるのか。人間の主体性をめぐる問いを共に考えてみたい。

「嘘をついてはいけない」という規範は、誰もが子どもの頃から教わってきた。しかし現実には、真実をそのまま伝えることが相手を傷つける場面も少なくない。誠実さと配慮は、どこで折り合いをつければよいのか。カントとアリストテレスの視点を手がかりに、対話における「正直さ」の本質を考える。

「みんな同じ」は効率的だが、脆い。「みんな違う」は面倒だが、強い。 気候変動が加速する今、食卓を支える作物の「遺伝的多様性」が失われつつある。19世紀のジャガイモ飢饉の悲劇から、現代の「ノアの箱舟」と呼ばれる種子貯蔵庫まで、多様性がもたらす生物学的な「保険」のメカニズムと、私たちが未来のために取り戻すべき「寛容さ」について考えていこう。

これまで群衆の構造と同調のメカニズムを考えてきた。では「群れること」と「つながること」は何が違うのか。SNS時代に再現される群衆心理を念頭に置きながら、哲学者レヴィナスの「顔」という概念を手がかりに、他者とのつながりについて問い直してみたい。

自分で考える自由を持ちながら、なぜ人はそれを手放してしまうのか。エーリッヒ・フロムは「自由」が持つ重たさにその原因を見た。心理学の実験では、普通の人がいかに容易く同調や服従に傾くかを示している。「自由から逃げる」心理メカニズムを読み解いていきたい。

SNSで多数派の意見に流されそうになるとき、私たちはすでに大衆の一部かもしれない。19世紀末、ル・ボンは群衆の中で個人の理性が溶けていく構造を見抜き、さらに20世紀のオルテガは「みんなと同じ」であることに安心する個人こそ、大衆であると論じている。二つの古典から「大衆」の正体を探っていきたい。

「自分らしく生きたい」と願いながら、なぜか孤独を感じてしまう。現代社会では「個人の自由」が「自分さえよければいい」という利己性に変質し、他者とのつながりが見えにくくなっているのではないか。自由を否定せず、共同体の価値を問い直す思想「コミュニタリアニズム」。その視点から個人と社会が共存する在り方を考えていこう。

ただ訪れるだけの旅から、地域と共生する旅へ。欧州の小都市がマスツーリズムの弊害を乗り越え、観光を「地域再生の手段」として再定義している。環境保全、住民参加、観光資源の再設計という3つの軸から、旅と地域の新しい関係を見ていく。

2022年12月、生物多様性の損失を止める世界目標「昆明・モントリオール枠組」が採択された。注目を集める「30×30目標」とは、2030年までに陸域と海域の30%を保全する計画である。愛知目標の課題を乗り越えようとする、新しい枠組みは社会の未来をどう変えるのか。日本の取り組みと私たちの役割についても紹介する。