Sea The Stars

名乗らない“優しさ”のゆくえ。承認欲求を手放す、「純粋な善行」の形

名乗らない“優しさ”のゆくえ。承認欲求を手放す、「純粋な善行」の形

寄付報告やゴミ拾い動画が拡散される現代において、善意は「いいね」で評価され、再生回数で消費される。しかし、すべてを見せる必要があるのだろうか。名前を伏せた善行には、贈る側と受け取る側の力関係を静かに変える可能性がある。承認欲求を手放したとき、私たちは何を得るのか。「秘密の庭」が持つ力を考える。

自然を「資源」と捉えるか? ディープエコロジーが唱える、自然の内在的価値とは

自然を「資源」と捉えるか? ディープエコロジーが唱える、自然の内在的価値とは

自然には人間の都合とは無関係に、それ自体として存在する価値がある。1970年代、この「内在的価値」を軸にしながら、ノルウェーの哲学者アルネ・ネスは「ディープエコロジー」を提唱した。ニーチェやハイデガーの系譜にも連なる、人間中心主義を問い直す思想の流れをたどっていきたい。

フィクションの中で踊る──社会が提示するルールとの向き合い方

フィクションの中で踊る──社会が提示するルールとの向き合い方

会議、選挙、就活──私たちは日々、誰かが決めたルールに従って生きている。しかし「なぜ従うのか」と問われると、明確に答えられる人は少ない。歴史家ユヴァル・ノア・ハラリは、社会を支えているのは「共有されたフィクション(作り物)」だと論じた。社会はフィクションだと気付いたとき、私たちはどう振る舞えばよいのだろうか。

「怒り」が正義を呼ぶ?公共の場における感情の倫理とネット社会の寛容性

「怒り」が正義を呼ぶ?公共の場における感情の倫理とネット社会の寛容性

SNSで怒りが拡散され、世論が動き、当事者が謝罪に追い込まれる。怒りは社会を変える力を持つ一方、過剰になれば建設的な対話を壊してしまう。アリストテレスは「適切な怒り」を徳と考え、哲学者ヌスバウムは怒りを前向きな行動へ「移行」させる必要性を説いた。感情と理性のバランスをどうとるか、ネット時代の公共空間を考える。