#13 2040年の海の森に思いを馳せる

ずっと海を見ていたのに

ずっと海を見ていた。15年間ずっと。だが、わたしが見ていたのは海の表面に過ぎなかったのかもしれない。穏やかな凪の下に広がる海の森で何が起きていたのか。毎日見ていたのに、わたしは森が消えゆくことに少しも気づけなかった。

地上の森であれば伐採や山火事、台風や塩害で木々が減っていく様は誰の目にも明らかだ。だが、海の森は誰の目にも触れることなく消えていく。そこで命を営んできた多くの生き物たちとともに、音も立てずに消えていく。さよならも言わずに。

ずっと見ていると思い込んでいただけで、わたしは海の本質を何ひとつ見ていなかったのかもしれない。後悔と罪悪感を改めて感じたのはちょうど一年前の9月のこと。東京湾側の追浜で娘と「海の森作り」に参加したときだ。

海の森を再生する

7年前、横須賀市が造成した東京湾側の浅場で取り組まれている「アマモの再生活動」。主催しているのは「よこすか海の市民会議」という、海の環境保全と子どもたちへの環境教育に取り組んでいる有志団体である。ネイチャーポジティブの考えに基づき、多様な生き物が息づく干潟を再生しようと活動されている。

追浜の造成浅場は通常は立ち入ることができない場所にある

わたしたちが植えたのはコアマモ。胞子で繁殖し、岩にしがみついて育つ海藻と異なり、種子を作り、海底に地下茎を伸ばして生長する海草だ。

コアマモの苗は海流に流されないよう自然に還る紙粘土に包んで植える

近海で採取された種から陸上で育てられた100株ほどの苗を娘とともに定植した。膝下まで海に浸かり、横一列になって海草の苗を植える様はまるで田植えのようだった。

貼られた糸に沿ってコアマモの苗を植えた

もっともコアマモの苗を植えなければならないのは、わたしたち自身が同じその手で海のサイクルを壊してきたからなのだけれど。

今なぜ海の森を再生しなければならないのか

海の森作り――すなわち「藻場の再生活動」は、近年、三浦半島の各地で様々な団体の手によって実施されている。沿岸部の埋め立て、工業廃水、そして温暖化による海水温の上昇や海の酸性化など複合的な要因で磯焼けが急速に進んでしまったせいだ。わたしが暮らす秋谷・佐島でもここ数年でカジメや漁網に絡みつく「ジャマモク」と漁師に毛嫌いされるほど繁殖していたアカモクが消失した。8年ほど前に始まった黒潮の大蛇行が決定打だったのではないかと推測されているが、確かなことは専門家にもわかっていない。

磯焼けが進んでいる相模湾沖(25年3月に撮影)

藻場はわたしたちの食料となるだけでなく、英語で「Seaweed bed」(ワカメやコンブなどの海藻)もしくは「Seagrass bed」(アマモなどの海草)と呼ばれる海洋生物たちの生育の場でもある。また、わたしたちが排出したCO2の吸収源「ブルーカーボン」としても重要な役割を果たしてきた。

水産業への経済的打撃に直結していることもあり、地元では官民一体で減少した藻場を再生すべく食害生物であるウニの駆除や、海草の植え付けなどによる海の森の再生が行われている。

ブルーカーボーンクレジット

活動原資のひとつになっているのが、ブルーカーボンクレジットという制度だ。

地球温暖化対策を推進する法律に基づき、温室効果ガスを特に多く排出する事業者には排出量の算定と国への報告が義務付けられている。その数値は投資を判断する材料にもなっている。そんな状況を背景に生まれたのがCO2排出量を相殺できるブルーカーボンクレジット。排出量を減らしたい事業者はCO2を吸収する藻場の再生活動への資金提供などを行い、創出されたブルーカーボンクレジットを購入することで、算定上のCO2排出量を間接的に相殺できる。

CO2を排出することの免罪符に使う事業者も出てくるのではないかと懸念する声もあったが、莫大な資金と人手を必要とする藻場の再生活動には水産業者や有志のボランティアだけの力では成り立たっていかないという現実もある。

点が面になっていかない

しかも、植えたからといって、すべてが再生するわけでもない。秋に植えた苗が思うように根付かず流されてしまうこともあれば、海水温の上昇で越冬するようになったウニなどの食害に遭うこともある。また、人の手で植えられるのは広い海底のごく一部に過ぎない。

この夏、わたしが審議委員を務める横須賀市の環境審議会では、特に相模湾側の小田和湾などで藻場の再生が思うように進んでいないという報告を聞いていた。葉山沖など一部の海域で海草が根付くことはあっても、あくまで点止まりで、面として広がっていかないという話も。

植えることも大切だが、根本原因のひとつである温暖化を阻止して、海の森が再び自生できるような環境を取り戻していくこと。カーボンニュートラルを早期に実現することが不可欠なのだとここでも改めて実感した。

一年前にコアマモを植えた造成浅場は今

「そういえば、一年前に植えたコアマモちゃんたちどうなったかな」

夏の終わり、海を散歩していたとき娘が思い出したように言った。忘れていたわけではない。ずっと気になっていたが、正直聞くのが怖くて連絡できずにいたのだ。環境審議会で藻場の再生活動が思うように進んでいないという話を聞けば聞くほど。

「でも、気になるよね」

数日後、わたしは思い切って「よこすか海の市民会議」の川口将人さんに連絡を取った。

川口将人さん(よこすか海の市民会議)

「順調に育っていますよ」

返ってきたのは思いがけない朗報だった。

「去年の9月に植え付けたコアマモは小さな森になっています。こないだはシマイサキやワタリガニの赤ちゃんがたくさん遊びにきてくれていました。藻場が海のゆりかごなのを改めて実感しています」

ドローンで撮影された上空からの写真を見せて頂いた。浅瀬の砂の上に所々、濃い緑が群生しているのがわかる。その中に去年わたしたちが植えたコアマモの群生による小さな森もあった。

 *1 (株)マリンワークジャパンによるドローン撮影画像(25年9月撮影)

相模湾側の各地で藻場の再生が難航していることを伝えると、

「東京湾側ではアマモとコアマモは順調に育っているんです。どうしてかはわからないんですけど」

川口さんが声を弾ませ気味に言った。

「海の森の未来には、ワクワクとドキドキしかないですよ」

審議会での報告とは対照的に、川口さんの言葉には、海の森の未来に対する希望があった。そして、我が子の成長を見守るような愛情があった。

海の森の未来への小さな希望

全国に視野を広げれば、海の森の未来に小さな希望が感じられるような話もたくさんある。

たとえば、長崎の五島列島では浮体式洋上風力発電施設の根元に藻場が発生して好漁場になっているとか。同じように藻場が鉄に発生する性質を利用すべく、沈めた鉄鋼スラグに藻場を再生させようとしている取り組みも各地で行われている。

さらに、南洋には海水温の上昇に併せて、熱帯海域の海草を植えている地域もあるという。元の環境を取り戻せればそれが一番だが、環境の変化に適応する自然を作っていくというのも確かに理に適ってはいる。もっともそれが生態系にどのような影響を及ぼすかについても熟慮すべきなのだけれど。

それでも、わたしたちはメリットとデメリットを天秤に掛け、最適解を選択しなければならないところまで追いつめられてしまっているのかもしれない。いや、追いつめてしまっているのかもしれない。わたしたちの生命を育んでくれた母なる海を。

「過去は変えられないけど、未来は変えられる」

コアマモを植えてから一年、わたしは娘とともに大阪で開催中の関西万博を訪れていた。

世界各国のパビリオンで母なる海を未来に受け継いでいくための新しい技術やメッセージが様々な言葉で伝えられていた。

万博はわたしたちに未来への夢と希望を見せてくれるが、それを実現するのはそれらの技術や言葉というバトンを受け取り、未来を生きていく今の子どもたちなのだ。

そんな万博に娘を連れていったのは、わたしが脚本を執筆したアニメ「Future kid Takara」(https://sdgs.nhk-ep.co.jp/futurekidtakara/)の世界初上映が行われるからでもあった。娘にたったひとつのことを伝えるために3年掛かりで準備してきた作品だ。

大画面で作品を見た娘がエンドロールにわたしの名前を見つけ「おぉ!」と目を丸くした。隣のわたしの背中を叩いて「パパのクセに一丁前!」と褒めてくれた。

二日間に渡って様々な国の、様々な人たちの地球の未来やそこで生きていく子どもたちに対するメッセージを娘に見せてきたけれど、最後の最後に他の誰かの言葉ではなく、親であるわたし自身の言葉で「過去は変えられないけど、未来は変えられる」と伝えられたことに親としての役目を果たせたような感慨があった。大袈裟でもなんでもなく、今日この瞬間のためのこれまでだったのかもしれないという感謝があった。単なる自己満足なのかもしれないけれど。

ずっと海を見ていく

ずっと海を見ている。海を見ながら、その先にある遠くて広い世界を想像する。人間の手が及ばない大海原に思いを馳せる。まばゆい陽射しの下に広がる豊かな海の森で、多様な海洋生物が生命を謳歌していてくれたらと祈っている。今も、そして、娘が大人になる2040年の海の森でも、と。

旅するように暮らす、この町で。

2025年9月26日

注解

 *1 (株)マリンワークジャパンによる。

About the Writer

青葉 薫

横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
この人が書いた記事の一覧

種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~

文・写真 青葉薫

夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。

15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで

「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。

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