人間と野生動物が共に生きる道とは?「諦めない思考」が創造する、新しい共生のかたち

鹿による作物被害や、熊による死傷被害。近年、野生動物の人里への侵入により、各地でさまざまな課題が発生している。殺処分は共生と呼べるのか。「かわいそう」は正しい意見なのか。私たちは、個人レベルで何ができるのだろうか。この記事では、人間と動物の共生の道について探っていく。

人間も野生動物も、地球という同じ環境で生きる平等な生命である。野生動物が捕食や繁殖の工夫で生き残ってきたように、人間も知恵を絞り、個体数を増やしてきた。

「子孫繁栄」という本能のもと、人間と野生動物はそれぞれの「道」で生命を紡いできた。しかし昨今、お互いの道が不自然に混ざり合い、さまざまな弊害が生まれている。

たとえば近年では、各地の住宅地で野生動物の出没が相次ぎ、農作物の被害のみならず人が熊に襲われるなどの痛ましい事件が発生している。鳥獣被害対策が講じられる一方、「かわいそう」という声が挙がるケースも少なくない。

人間側の安全や生命のためには、人間の「道」に侵入した野生動物を排除する必要がある。しかしその前に、人間側が先に彼らの「道」に侵入していることを、私たちは正しく認識できているだろうか。

今回は、人と野生動物が共生し、お互い「ちょうどいい距離間」で暮らせる未来をつくることは可能なのかを探っていく。

野生動物による被害の現状

林野庁の発表によると、令和5年度における野生鳥獣による森林被害面積は、約5,200haにのぼる(*1)。これは東京の練馬区や江戸川区よりも広い面積だ。

熊やノネズミによる被害も目立つが、なかでも深刻なのが鹿による森林被害。鹿が枝葉を食べたり木の皮を剝いだりすることによる被害は、野生鳥獣による森林被害全体の約62%に及ぶ。

また、令和5年度の野生鳥獣による農作物被害は約164億円と、前年度と比較して8億円増加しており、被害量は51万tにも及ぶ(*2)。

農作物では、森林被害と同じく鹿、そして猪や鳥類による被害が目立つ。鹿による年間被害額は約70億円、猪は36億円にのぼる。柵の設置や罠、狩猟免許を持つ猟師による狩猟などで対策を講じてはいるが、被害件数の劇的な改善はいまだ見られていない。

森林被害や農作物被害の弊害は、土地の所有者や一次生産者の経営意欲の低下だけではない。たとえば鹿の生息密度が高い森林では、鹿が食べられる高さの枝葉や植物がほぼ消失してしまっているエリアもある。

このような場所では土壌が流出しやすく、「土砂崩れ対策」のような森林の公益的機能が低下することが懸念される。また植物がなくなれば、その植物を媒介とする微生物や虫などもいなくなり、健全な生態系にも影響を与える。


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なぜ今、野生動物との距離が縮まっているのか?

本来、人里と野生動物の棲み処は明確に分かれていた。それぞれの場にはそれぞれの営みがあり、ときに摩擦が生じながらも、お互いの「道」自体は大きく交わらなかったはずだが、なぜ近年では人間と野生動物との距離感が縮まってしまったのだろうか。

人口減少による「人間側の生活スタイルの変化」

現在日本では少子高齢化により、林業や農業を営む人口が減少しつつある。産業や生活スタイルが変化するなかで、農山村地域への人の立ち入りが途絶え、管理が行き届かない場所が増えているのだ。

廃業による耕作放棄も増え、収穫されることのない作物である「放置果樹」も増加傾向にある。その結果、野生動物にとって「食べ物に困らない環境」が拡大し、個体数が増加。野生動物の総数が増えたことで、人間との物理的な行動圏が接近・重複しやすくなっている。

餌付けによる「野生動物の人慣れ」

餌付けによって人間への警戒心が薄れることも、野生動物と人間との距離が縮まる原因だ。餌付けというと「人間が積極的に餌を与える行為」を連想するかもしれないが、自然環境における餌付けは意図的なものとは限らない。

たとえば山中を含むゴミ捨て場では、生ゴミの投棄に特別なルールが設けられている場合がある。その理由は臭いや害虫対策だけではなく、野生動物による「餌場の認知」を避けるためだ。

このようなルールを守らない一部の人の生ゴミ投棄や、食べ物の不法投棄、ペットフードのような「餌になり得るゴミ」の投棄などが原因により、結果として野生動物たちは餌付けされてしまう。一度でも餌場を認識した野生動物は、人間の生活圏に繰り返し訪れるようになる。

都市と自然環境の「境界の曖昧化」

郊外住宅地やリゾート開発など、「もともと野生動物が生息していた地域」に人間が住み始めたことによっても、野生動物との距離は縮まってしまう。

野生動物が今いる場所で今まで通り生き抜くために、人間の生活圏に入ってでも餌を探そうとするのは自然な行動といえるだろう。

また道路建設や農地の転用などで、森林や里山が縮小・分断されてしまうケースもある。つまり、野生動物が「人間の棲み処に来た」のではなく、「人間の棲み処に来なければ生きていけない」という可能性が高いのである。


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“ちょうどいい距離間”を模索するための取り組み

野生動物の対策を講じる度に、各地ではさまざまな苦情が入っている。

たとえば令和7年度では、北海道にて過去最多並みの熊被害が発生しており、通常、地域では猟友会のハンターによる駆除がおこなわれる。駆除には肯定的な意見も多いが、ときには「熊を殺すな」「かわいそう」「麻酔で眠らせて動物園に送るべきだ」と多数のクレームが届くことも珍しくない(*3)。

野生動物の駆除に関する課題は、各自の倫理観も絡み、非常に複雑化している。そんななか、各業態や団体では「殺処分」以外の対策も講じられつつある。

ICT機器の導入による効率的な罠の設置

殺処分以外の対策として、遠隔での監視や操作が可能なICT機器の導入が挙げられる。たとえば罠に対象動物がかかった際にアラートが鳴ったり、罠のシャッターを遠隔で落としたりなどの操作が可能だ。

ICT機器により「罠から逃げられた」や「罠内の餌だけ食べられた」などの失敗が減るだけではなく、見回りのために必要な人員リソースも節約できる。

ドローンによる状況の把握・対策

野生動物が生息している場所や、被害状況の把握において、ドローンの有用性が注目されている。上空からの撮影や赤外線カメラを駆使することで、より正確な情報の入手が可能となる。

たとえばドローンの情報で「野生動物が通りやすいエリア」や「防御用の柵の不備」などが確認できれば、効果的な対策や住民への周知を提案できる。

地域の課題に応じた自治体ごとの取り組み

出没する野生動物や被害状況は、地域によって異なる。野生動物との適切な共生のためには、地域ごとの課題に応じた取り組みが重要だ。

たとえば島根県の一部地域では、野生の猿による人里への侵入が問題視されていた過去がある。自治体は「地域の課題に応じた施策」として、餌場となる不要果樹の撤去・隠れ家となる耕作放棄地の撤去・集落ぐるみの追い払い活動などを通じ、「集落の餌場としての価値を下げる取り組み」を実施した。

その結果、人里に出没する猿の個体数は激減した。島根県の例で注目すべきは、動物を殺さず追い払った実績だけではなく「住民感情の軟化」だ。

対策前は「国や県が猿を全頭捕獲しろ」「猿が子どもを生めないようにしろ」など、やや過激ともいえる意見も挙がった。しかし猿による被害が減ると「悪いことをしなければ可愛い生き物」「これ以上殺す必要はない」などのような、「野生動物に寄り添おうとする意見」が増えたのだ。

島根県の実例では、動物からの被害が減れば住民の感情も平和的な方向に変化することを証明している。なおかつ、駆除以外の方法で猿との適切な距離感を実現した。まさに「人間と野生動物の共生のかたち」として、理想的なケースの一つといえるだろう(*4)。


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地域全体で取り組む「共生」のカタチ

島根県の好例でわかるように、人と野生動物が適正な距離で暮らすためには、行政や企業、専門家だけではなく、周辺住民の協力や理解が不可欠だ。

とはいえ、「一人ひとりが野生動物との共生について考えましょう」という漠然とした問いかけだけでは、住民は具体的に何をすれば良いのかわからないだろう。住民が個人レベルで取り組むためには、野生動物の生態や行動について学ぶ場の提供が重要になる。

学習提供の例には、以下のようなものがある。

  • 近隣の里山や公園などを活用した自然観察(野生動物の足跡探しや、専門家による生態解説)
  • 地域交流センターでの環境講座(写真や動画を交えた講義。野生動物の行動パターンや課題を学べる)
  • フィールドワーク型のワークショップ(適切な餌場や巣箱の設置や、植生回復の取り組み)
  • 動物園・自然博物館の特別展示(保護活動の事例展示や、現状の課題の共有)

共生手段の一つとしては、「ジビエ料理の普及」も挙げられる。現状さまざまな施策が講じられてはいるが、獣害がある限り、野生動物の殺処分自体をゼロにすることは残念ながら困難だ。

ジビエ料理は、捕獲された野生動物を廃棄せず「資源の有効活用と食文化の発展」を同時に実現する方法といえる。ジビエは単なる害獣駆除ではなく、命をいただきながら「持続的な生体管理をおこなう手段」でもあるのだ。


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人間と野生動物が「共」に「生」きる道は、一つではない

「動物を殺すのはかわいそう」「殺さずにどうにかならないのか」。害獣駆除のニュースが流れる度に、私たちの中の善性が疼く。

だからこそ、社会が今抱えている課題についてぜひ考えてみてほしい。作物被害による農業者の苦悩、危険な野生動物による大切な人の死、人里への侵入による(人・動物含む)事故や死傷。

人間が文明を築く限り、野生動物に関するすべての問題を解決することは難しいかもしれない。しかし、どれほど時間がかかっても、人間が思考を止めない限り、最善の回答を模索し続けることは可能だ。

私たちが意識するべきは、議論を深めていくことの重要性だろう。個人単位で当事者意識を持つことにより、地域全体での取り組みにつながる。

時代や地域が違えば、野生動物による課題も異なり、取り組むべき施策も変化する。人間と野生動物が共生する道は決して一つではない。人々の想像力や創造性を集めることで、従来の例に頼らない「新しい共生のかたち」が生まれるのだ。

Edited by s.akiyoshi

注解

(*1)野生鳥獣による森林被害|林野庁
(*2)農作物被害状況|農林水産省
(*3)過去最多並みの“クマ被害” 北海道・ヒグマ対策室に多数の苦情「いい加減にしろ無能集団が」「なんでもかんでもクマを殺すな」 中には2時間の電話も…【news23】|Yahoo!ニュース
(*4)地域主体の獣害対策と成功事例|島根県ホームページ

About the Writer
山口愛未_METLOZAPP

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数多くのジャンルの経験を生かし、分野横断的な執筆を得意とするWebライター。ウェルビーイングやメンタルヘルス領域を中心に、生活に新たな気づきを与えるコンテンツを発信中。マイノリティな感性に悩む人や、孤独や寂しさを抱きながら暮らす人の心に、少しでも寄り添えるような記事執筆を目指して活動する。現在は、女性のキャリア形成や、人間と動物の関わり方などに興味を持ち学習中。
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