
土作りに悩まされた15年
里山の麓にある海辺の町で野菜作りに取り組み始めて15年。毎年のように悩まされたのが「土作り」だ。
鍬を振り上げ、土を耕す。天地返し――シャベルで土を深く掘り起こし、土の表層と深層を入れ替える。有機肥料をうない込む。鶏糞、完熟落ち葉、またナスなど肥料喰いと言われる野菜を植える畝には牛糞も使った。追肥にも同じものを使うが、化学肥料と違って速効性がない。おかげで肥料不足により収穫期を逃してしまうこともあった。
逆に肥料過多や水分不足で病気になることもあった。代わりに栄養を奪って生長するのが侵略者である雑草だ。作物に与えた土壌の栄養を根こそぎ奪いながら多少の水不足や高温もモノともせず逞しく伸びていく。だからひたすら抜くしかなかった。

有機農業は雑草との戦争でもある。特に厄介なのがスギナだ。
「地獄から生えてくるんだよ」と南房総のかしこおばあちゃんも言っていたように、スギナは地中の奥深くの地下茎から伸びてくる畑の侵略者だ。掘り起こして完全に除去するのは人力では不可能に近い。除草剤で地下茎を根絶やしにしてやりたいと奥歯を噛んだのも一度や二度じゃない。
「耕すほど土はよくなる」
農業においてはそれが常識だと信じていた。忙しくても週に一度は手を入れるようにしていた。それでも週に一度が二週に一度になってしまい、土が固くなったり、蔓延った雑草がトマトの枝に絡みついたりするたびにこんな言葉が頭を過った。
「畑は担い手を映し出す鏡だ」
土作りがうまく行っていない菜園をふがいない自分と重ねて落ち込んだ。野菜が育たないのは土作りがうまくいっていないのが原因なのと同じように、文章が書けないのは基礎がなっていないからなんじゃないかと。
不耕起栽培3ヶ月目の現在地
3ヶ月前、不耕起栽培に変えて「土作り」の悩みからは解放された。「耕さない」ことで土壌の生物多様性を高める農法だ。
雑草との壮絶な戦いからも解放された。伸びた草を根は残したまま刈り取って土の上にマルチシート(※ポリエチレンなどでできたフィルム状の農業資材。畝を覆うことで雑草を抑制したり、地温を調整したりする効果がある)代わりに敷く。刈り取って敷いたばかりなので耕作放棄地にしか見えないと思うが、この緑の中てトマトやバジル、ナスに八丈オクラが育っている。刈り取った草は時間が経てば腐熟して土に還っていく。

草はマルチシートよりも保湿性が高いことがわかった。今年は空梅雨だったが土はいつもしっとりとしていて乾くことがなかった。だが、草いきれによる湿度の上昇で虫も多い。先日もミニトマトを収穫していてブユに刺された。また、湿度に弱いトマトには悪影響を及ぼすこともわかったので根元には乾いた草だけを敷くようにした。

想定していたことではあるが、収量は激減している。何しろ半年前までは耕して有機肥料をうない込んでいた土だ。土壌はまだ多様性に富んでいないのだろう。高温障害も生育不良の要因かもしれないが、ナスも八丈オクラも飢餓に苦しんでいるようにも思える。でも、ここで肥料を入れてしまうと微生物が有機物を腐熟させて土を豊かにする活動をやめてしまうかもしれないと二の足を踏んでいる。
コンポストという実験室で学んだこと
不耕起栽培における土壌微生物の働きを可視化してくれたのは、たまたま同じ時期に始めたベランダのプランターコンポストだった。一年間耕しもせず放置していた土に生ごみを埋めておくと一週間足らずで消滅する。有機物を土壌微生物が分解して土を作ってくれることの証明でもあった。続けていくうちに土がふかふかになっていく、すなわち団粒構造(※土の中が大小のだんご状のかたまりが積み重なっている状態になること。隙間ができることで水はけも通気性もよくなる)になっていくのも実感できた。土がふかふかなのにもったいないと妻が菜園で自生していた大葉を植え替えたのだが、こちらは元気に葉を伸ばしている。

そもそも耕していたのも土を団粒構造にする為だった。水はけ、通気性、保水性を高め、植物の生育に適した環境を作り出すためだった。それも、人為的に。でも、天地返しをして土の表層と深層を入れ替えることは今にして思えば、土を太陽の力で殺菌、すなわち土作りに必要な土壌微生物まで死滅させてしまうことではなかったのだろうか。
土作りに悩まされてきた15年だったが、この3ヶ月の不耕起栽培とコンポストでの取り組みを通じて、土を作るのは人間よりも、土壌微生物の方が遙かに得意であると気づいた。彼らが有機物を分解して団粒構造の土を作ってくれるのだと。これまでやっていた土作りは土壌微生物を死滅させ、土を人間の思い通りに改良していたに過ぎないのかもしれないと。
自然の成り行きに任せるのがリジェネラティブ農業なのかもしれない
また、不耕起栽培を通じて、雑草を抜いて土を剥き出しにすることは森林の伐採や山火事で山を丸裸にしているのと同じだとも気づいた。耕作放棄地を見ればわかるように、生命力のある土壌は放っておけば緑を育み、やがて覆い尽くすものなのだ。土は太陽にさらされるのを好まない。
それまで当たり前のように土を裸にしていたことを申し訳なく思った。緑という衣服を纏っていないかつての菜園の土が裸で表を歩いている人間のように思えて恥ずかしかった。

土作りは土壌微生物に託すこと。土が緑に覆われようとするのを邪魔しないこと。自然をコントロールしようとしないこと。不確実性は高いが、自然の成り行きに任せること。それこそがリジェネラティブ農業であると知った。同時に、耕さないことで土壌に固定されたCO2を排出しないという環境的な利点があるものの、安定した収益を必要とする農家が取り組むのはハードルが高すぎるとも感じた。
——と、ここまで書いてきたことはおそらく多くの研究者によって論文などにまとめられていると思う。わたしなりの解釈による誤った認識もあるかもしれない。すべては研究者でも農家でもないわたしが失敗と経験の積み上げによる幾つもの気づきを経て辿り着いた家庭菜園の現在地――小学生の夏休みの自由研究みたいなものだと思って読んで頂きたいと思う。
とはいえ、本で学んだ知識ではなく、経験から学んだ知識だからこそ、価値があると感じている。ネットやAIに聞けば簡単に答えが得られる時代だからこそ。溢れる情報を前に真実が見え難くなっている時代だからこそ、逆に経験から知識を得ることはとても贅沢な行為だとも感じている。
地球から土が消えている
15年もの間、悩んできた土作りを根底から見直すことになったこの3ヶ月は、土が水や空気と同様に、わたしたちの暮らしにどれほど大切な資源であるかを改めて思い知らされた時間でもあった。
食べるものを育ててくれるだけじゃない。CO2を吸収してくれる緑を育み、雨を吸収して洪水の発生を阻止してくれるのもまた、団粒構造のある土の力だ。
5億年前、地球を緑の惑星に変えてくれた土が世界規模で減少の一途を辿っているのは明らかだ。都市開発による森林破壊。わたしもやってきたような自然をコントロールしようとするような農地利用。土壌微生物を殺してしまうことは、新たな土が作れなくなることでもある。
より広く、より肥沃な大地を求めて、侵略を続けてきたのが農耕誕生以来の人類の歴史でもある。未開拓の土地はないと言われる現代においても、政府や企業が途上国の大地を大規模に取得するランドラッシュは世界各地で起きている。人口増加、気候変動、そして、開発により土が減って行く状況下において、食糧難に対応する為の各国による「土」の奪い合いだ。
人間に土は作れるのか?
そんな世界的な土の危機を背景に始まっているのが「人工土壌」の開発だ。文字通り、人間が人工的に作り出す土だ。併せて99%は培養が困難と言われている土壌微生物を人工的に生み出す研究も行われているという。確かに成功すれば砂漠の緑化や、宇宙ステーションでの食料生産も可能になるかもしれない。月や火星に移住できるかどうかも緑を育む「土」が作れるかどうかが鍵だと言われている。
人間が文明の力で土を作り出す未来。それは進歩なのか、衰退なのか。あるいは、希望なのか、憂鬱なのか。
その答えに書物ではなく経験を通じて辿り着くためにも、まずは土と人類の歴史を一から辿り直すべく、菜園の環境再生に取り組んでいきたい。15年に渡って自然をコントロールしようと試行錯誤していた菜園を、土壌微生物の力で多様な命が育っていた大地に。
そう、わたしはもう一度、土と生き直してみたいのだ。
旅するように暮らす、この町で。
2025年7月20日

種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~
文・写真 青葉薫
夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。
15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで
「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。








































青葉 薫
横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
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