#9 環境”共育“が、海の未来を守る

「昔はこんなに暑くなかったんだよ」

毎日どこかで40℃を越えている。7月の平均気温は3年連続で過去最高を記録している。スペインで46℃を記録するなど、猛暑が続くヨーロッパでは各地で熱中症による死者が出ている。

報道では災害級の猛暑という現象と熱中症対策といった適応策だけが報じられ、原因と緩和策が伝えられることはほとんどない。それでは本当に伝えなければならないことが子どもたちには伝わらないのではないだろうか。

「昔はこんなに暑くなかったんだよ」

娘と一緒に猛暑報道を見ていて、つい口を滑らせてしまった。プールの授業が暑さで中止になることも、公園の遊具で火傷をすることも、登下校に日傘を使うこともなかった。「ずるいよ」「不公平だよ」という言葉が返ってくると思ったが「昔」というのは昔話の世界で、わたしが子どもだった頃だとは思わなかったのかもしれない。

「ふーん。でも、今年は去年よりは暑くないよね」口を尖らせる代わりに娘は言った。

三浦半島は2024年よりも涼しい

娘の言った通り、三浦半島は2024年ほど暑くない(今のところは)。陽射しの強い午後はともかく、午前中と夜は冷房はいらない。窓を開けていれば涼しい海風が家の中を吹き抜けていく。浜辺で夕涼みも愉しめる。東京や横浜で連日35℃以上を記録している中でも三浦半島だけは35℃以下をキープしている。

出典:国土交通省気象庁

2025年5月、7年9ヶ月に渡って続いていた「黒潮の大蛇行」が終わって、北から冷たい親潮が流れ込むようになったせいだと言われている。秋谷海岸で泳いでいても陽射しで温められたぬるい海水に時折り冷たい海水が流れ込んでくるのを感じる。でも、しらすは不漁のままだ。大蛇行のせいで2℃ほど上がっていた海水温が下がるのにはもう少し時間が掛かるということなのだろうか。

そんな疑問も解消したいと思っていた矢先、地元で開催された環境シンポジウムに娘と参加する機会があった。

「いのちを未来へと繋ぐ架け橋 親子で考える環境シンポジウム」

三浦半島と徳島の牟岐町という黒潮の通り道をオンラインで結んでの討論会だ。

「この海を、未来の子どもたちに残したい」という主催者の方の思いが参加の決め手だった。

天神島臨海自然教育園へ

三浦半島側の会場は西海岸にある天神島。かつて相模湾に浮かぶ1㎞ほどの小さな島だったが、1932年に海岸を埋め立てて橋が架けられた陸続きの出島である。

横須賀市自然・人文博物館公式サイト(*1)より

岩礁で覆われた磯場は多様な海浜植物と海岸生物が生息する自然保護区。1953年に県の天然記念物に指定された「ハマユウ」も「ハマオモト」も黒潮に乗って流れ着いた種子によって分布を広げたと言われていた。

YOKOSUKA MEDIA LIBRARY(*2)より

環境保全と環境教育を目的とするビジターセンターも設置されており、娘は保育園の頃からここで磯遊びをしながら環境リテラシーを身につけていた。天神島の植物や生き物、貝などを持ち帰ってはいけない。海にゴミを放置してはいけない。地元の子どもたちの多くがこの天神島で多様な生命を育んできた海の大切さを学んでいた。

「三つ子の魂百まで」という言葉があるが、娘は3歳になるまでには浜辺でゴミを見つけると「ダメだよね!」と声を上げるようになっていたし、トングが使えるようになってからはビーチクリーンにも参加していた。

その海で今何が起きているのかをいよいよ娘にもしっかり伝える日が来たのだと、出席者のひとりとして隣に坐っている娘の横顔を見てわたしは背筋を伸ばした。

黒潮の海域で今、何が起きているのか

シンポジウムは映像から始まった。黒潮の通り道である相模湾と牟岐大島湾の海底をダイバーの方々が撮影した映像だった。

牟岐大島湾の水深23mにクリスマスツリーのような姿で根を張っている「千年サンゴ」。

「いのちを未来へと繋ぐ架け橋シンポジウム」(*3)より

高さ9m、外周約30m、年齢は1000年を遙かに越えると推定されているのが名前の由来だ。サンゴでは世界最大級、最長寿の可能性もあるという。そこを住処とする様々な稚魚たち。生命の神秘に目を奪われていたわたしたちに海水温の上昇によりオニヒトデを始めとする食害生物が急激に増えたことによるサンゴの危機が伝えられた。

相模湾も同じだった。昭和天皇もたびたび訪れ研究されていた多様なウミウシも海水温の上昇により姿が見られなくなってきているという。

横須賀市ホームページ(相模湾沿岸で見られる生き物)(*4)より

「地球では化石燃料の燃焼など人為的な要因による温暖化が進んでいます」

上映の終了とともに学芸員の萩原清司さんが話し始めた。

「北極では氷が溶けるほど気温が上昇して、赤道との温度差が縮んでいる。そのせいで上空を吹く偏西風のエネルギーが弱まっている。大気循環のバランスが崩れて、気流も海流も蛇行しやすくなっているんです。黒潮が7年9ヶ月大蛇行し続けていたのも温暖化が一番の要因です」

萩原さんは長年、天神島で黒潮流域の生き物を観察してきたが、海の環境が変わったことで生態系にも大きな変化が出ているという。

「日本では南日本や沖縄が生息域だったオニカマス、紀伊半島が北限だったニセクロナマコ、沖縄でよく食べられているグルクンなどの熱帯魚を見掛けるようになりました」

房総半島で太平洋に流れていくはずの黒潮が三陸沖まで北上するようになり、何百年、何千年と受け継がれてきた地域の魚食文化が変わってしまった。

「人間が起こしている温暖化で一番困るのも人間です」

話を聞きながら、娘に自分の不始末を明かされているような心苦しい気持ちになった。ちらと娘を見ると「いちばんこまるのは人間」という言葉をノートに書き取っていた。

「どうして何もしなかったの?」

娘の心の声が聞こえたような気がした。

「北極と赤道の温度差が縮まらない限り、大蛇行はまたいつ起きてもおかしくありません」

萩原さんはそう締め括った。

環境共育が海の未来を守る

シンポジウムは三浦半島と徳島をオンラインで結んでの討論会に入った。

「もしも魚だったらどんな海で暮らしたいと思いますか?」という質問に娘がマイクを手に話し始める。

「ゴミがなくて、いろんな魚がいて、海の温度が冷たい。そういう海で暮らしたいです」

その発言をきっかけに討論は海洋ゴミをいかに減らしていくかに移った。ゴミの焼却もまた温暖化の一因となっている。娘がまた手を挙げる。

「生ゴミを土に入れると微生物が食べてくれます」

大人たちから拍手が起きた。

「親御さんたちも未来のために自分自身ができそうなことをひと言ずつお願いします」

マイクを渡されたわたしはまず娘に対して「ごめんね」と告げた。

18世紀半ばの産業革命からと思われがちだが、温暖化の原因となっているCO2の6割はこの30年で排出されたものだ。それはわたしが社会人になってからの30年そのものでもある。わたしたち大人にとって気候変動は自業自得とも言えるが、何も悪くない子どもたちにまで被害を及ぼしているのだ。

「だからこそ、こうやって子どもに謝るのが最初の一歩なんだと思います」

未来を創るのは教育だ。でも、環境教育においては教える側の大人たちは温暖化を引き起こした反面教師である。だからこそ反省して、子どもたちと共に学びながら育っていく。教育ではなく共育。すなわち環境共育こそが海の未来を守っていくのではないか。それはわたしが娘の成長を見守ってきた中でずっと考えてきたことでもあった。

シンポジウムから数日、わたしは地元の環境審議会に参加していた。議題が藻場の再生目標に入るとともに、水産学博士の今井利為さんから驚くべき事実が伝えられた。

「5月に大蛇行が終わったことで今年の冬は海水温が下がって藻場が再生するかと期待していたんですが」

次の言葉にわたしは耳を疑った。

「7月に入って、再び黒潮に大蛇行の兆候が現れ始めたんです」

萩原さんの言葉がよみがえった。

「北極と赤道の温度差が縮まらない限り、大蛇行はまたいつ起きてもおかしくありません」

この海を子どもたちに残すためにできること。どうやらそれは地球の温暖化を止める以外にないようだ。わたしは手を挙げて温暖化を抑制する「次の一手」についてある提言をした。

審議会を終えてパソコンを開くと、シンポジウムの主催者である庵谷文博さんからこんなメールが届いていた。

「ひとつ一つの活動は小さな波かもしれません。でも、その波が共鳴し合い、つながっていくことで社会を動かす力に変わっていく。たったひとりの想いでも、誰かと出会い、対話し、手を取り合うことで、未来を照らす希望の光になる。いま、わたしたちにできることは小さくても、その小さな一歩が子どもたちへの贈り物になると信じています」

たったひとりで移住してきたわたしは、またあたらしい仲間と出会えたような気分だった。旅するように暮らす、この町で。

                             2025年8月4日

注解・参考サイト

注解
*1 横須賀市自然・人文博物館公式サイトによる。
*2 YOKOSUKA MEDIA LIBRARYによる。
*3 「いのちを未来へと繋ぐ架け橋シンポジウム」による。
*4 横須賀市ホームページ(相模湾沿岸で見られる生き物)による。

参考サイト
国土交通省気象庁

About the Writer

青葉 薫

横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
この人が書いた記事の一覧

種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~

文・写真 青葉薫

夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。

15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで

「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。

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