ヘイトスピーチとは?
ヘイトスピーチとは、アイデンティティを構成する要素をもとに、個人や集団、団体を侮辱したり、軽蔑する言動を指す。日本語では「差別的表現」や「憎悪表現」のほか、「差別言論」「差別的憎悪表現」「差別扇動」などと訳されるが、一般的に「ヘイトスピーチ」が用いられる。
アイデンティティを構成する要素とは、人種、出身国、民族、宗教、ジェンダー、肌の色、国籍など。一般的な悪口と異なる点は、差別的な意図が明確にあることと、その上で暴言や暴力といった差別的行為を助長したり、扇動することだ。
国連が定義する「ヘイトスピーチ」
国連では、ヘイトスピーチに関する世界的に統一された枠組みを提供するために「ヘイトスピーチに関する国連戦略・行動計画」を2019年6月18日に発表し、ヘイトスピーチを以下のように定義している。
「ある個人や集団について、その人が何者であるか、すなわち宗教、民族、国籍、人種、肌の色、血統、ジェンダー、または他のアイデンティティー要素を基に、それらを攻撃する、または軽蔑的もしくは差別的な言葉を使用する、発話、文章、または行動上のあらゆる種類のコミュニケーション」
日本語訳の引用:ヘイトスピーチを理解する:ヘイトスピーチとは何か|国際連合広報センター
この国連の定義には、以下の3つの重要な性質がある。
- ヘイトスピーチは言葉だけではなく、画像や風刺画、ミーム、ジェスチャー、記号などの表現形式でも伝達され、またオフラインでもオンラインでも拡散される
- ヘイトスピーチは、「差別的な」または「軽蔑的な」表現である
- ヘイトスピーチは、アイデンティティー要素(国籍や人種、宗教、民族、ジェンダーなど)だけではなく、障害や健康状態、性的指向、経済的・社会的出自など多岐にわたる特徴の非難も含む
ただし「国際人権法」においては、ヘイトスピーチの普遍的な定義は存在しておらず、国連によると「意見と表現の自由、差別の防止、平等性の観点から現在も議論が続けられている」としている。そのため各国で、ヘイトスピーチの定義が異なる。
なお日本では、2016年に制定した「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(ヘイトスピーチ解消法)において、以下のようにヘイトスピーチを規定している。
「差別的意識を助長する目的で、公然と生命や身体などに危害を加えると告知したり著しく侮蔑したりするなど、地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動」
引用:「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」
ヘイトスピーチが世界的に広がった背景
「ヘイトスピーチ」という言葉は、1980年代後半のアメリカで、人種やジェンダーなどの特定の特徴を持つ人々に対して行われる暴力行為である「ヘイトクライム」とともに用いられるようになった。日本で一般的に知られるようになったのは2010年代に入ってからとされる。
ヘイトスピーチの概念や方法が世界中に広がった背景には、SNSなどのオンラインコンテンツの浸透がある。ヘイトスピーチはデモ行進や集会などで行われるのが一般的だったが、SNSによって匿名で気軽にさまざまな意見を発信できることになった。これによって憎悪を含んだ言葉が、投稿という形になって世界に拡散された。
形に残るということは永続性を持つということでもあり、時が経過した後で再度注目を集めたり、勢いを増すといった傾向も見られている。
ヘイトスピーチの問題点

ヘイトスピーチが問題なのは、対象の人々の尊厳を傷つけ、周囲の人にも差別意識を生じさせてしまうこと。また、それによって互いの憎しみを増幅させ、社会的な分断を生むことにもつながる。その結果、多くの人々に恐怖や悲しみ、不安感や嫌悪感、絶望感を与えてしまう。
近年は、SNSを「武器」あるいは「兵器」として使用する傾向もあり、SNSを活用したヘイトスピーチによって、「SNSの武器化・兵器化」をさらに進めているという指摘もある。
「表現の自由」とのジレンマ
ヘイトスピーチに関連してしばしば議論になるのが、現代民主主義の柱の一つとも言われる「表現の自由」との関係だ。
表現の自由とは思想や情報を自由に発表したり、伝達する権利のことで、「世界人権宣言」の第19条「意見及び表現の自由に対する権利」のほか、「日本国憲法」(第21条)、「アメリカ合衆国憲法」(修正第1条)など多くの国で保障されている。
ヘイトスピーチに規制をかけることはそれらの法律に違反する可能性があり、表現活動を萎縮させてしまう懸念もある。国連でも「言論の禁止が正当化されるほど、有害であるかどうかは多くの議論がある」としている。そこでラバト行動計画により、表現の自由と扇動の違いに関するガイドラインを公表している。
なお、個人の自由や権利を優先する傾向が強いアメリカでは、ヘイトスピーチの多くは憲法で保護されていると認識されている。一方、日本では表現の自由との兼ね合いはあるが、刑法・民法上における不法行為が成立した判例も多い。
日本におけるヘイトスピーチに関連する法律
日本では、ヘイトスピーチによる差別的言動の解消に向け、2016年5月24日に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(ヘイトスピーチ解消法)が成立、同年6月3日に施行されている。
「本邦外出身者」に対する「不当な差別的言動は許されない」と宣言し、国会の附帯決議において「本邦外出身者に対するものであるか否かを問わず、国籍、人種、民族等を理由として、差別意識を助長し又は誘発する目的で行われる排他的言動は決してあってはならない」としている。
民法・刑法においては、不当な差別的言動が名誉毀損罪や侮辱罪などにあたる可能性がある。また、暴力行為が行われた場合は暴行罪や傷害罪、デモ行進によって何らかの業務が妨害された場合は威力業務妨害罪にあたる可能性もある。
また、一部の地方自治体ではヘイトスピーチに関連する条例を制定し、ヘイトスピーチに対する罰則を規定している事例もある。
ヘイトスピーチに対する地方自治体の条例

地方自治体では、ヘイトスピーチ解消法の制定以前からヘイトスピーチに対する条例を制定している事例もある。一部の自治体の取り組みについて紹介する。
大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(大阪府大阪市)
「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」は、全国の自治体で初めて制定されたヘイトスピーチに関連する条約。ヘイトスピーチ解消法が施行される以前の2016年1月に制定している。
表現活動がヘイトスピーチに該当するかを審議会で調査審議し、認定に至った場合はヘイトスピーチを行った個人や団体の名前を公表するといった対応をとっている。なお、これらの規定が憲法に反しているとして訴訟が行われたが、2020年に最高裁が「正当なもの」と判断を下している。
大阪府ヘイトスピーチ解消推進条例(大阪府)
「大阪府ヘイトスピーチ解消推進条例」は、2019年11月に施行された条例。インターネット上の差別的言動に対しては、拡散防止のために大阪法務局に削除要請を行うことが明記されている。
また、啓発活動や相談体制の充実などの取り組みの強化も掲げている。これに則り、毎年11月を「大阪府ヘイトスピーチ解消推進条例」啓発推進月間として、各種の取り組みを実施。2024年11月には、「大阪府人権相談窓口」において「ヘイトスピーチ集中相談」を実施している。
川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例(神奈川県川崎市)
「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」は、全国で初めて刑事罰を伴ったヘイトスピーチ規制に関連する条例。2019年12月に制定されている。
罰則は50万円以下の罰金で、対象となる違反行為に対して勧告さらに命令を行い、それに従わなかった場合に罰則が科される。
愛知県人権尊重の社会づくり条例(愛知県)
「愛知県人権尊重の社会づくり条例」は、人権に関するあらゆる課題解消のために2022年4月に施行された条例。ヘイトスピーチだけではなく、すべての人の人権が尊重される社会づくりを目指す施策の基本となる事項を定めている。
第10条では、インターネットを含む公共の場所において不当な差別的言動に該当する表現活動が行われた場合には、調査審議を経てその概要を公表すると規定している。
沖縄県差別のない社会づくり条例(沖縄県)
「沖縄県差別のない社会づくり条例」は2023年10月に施行された条例。不当な差別の解消を推進し、差別のない社会形成を図ることを目的としている。不当な差別には、ヘイトスピーチにあたる「不当な差別的言動」のほか、飲食店への入店やアパートへの入居を拒否する「不当な差別的取り扱い」も含めている。
申し出があった場合に「沖縄県差別のない社会づくり審議会」で諮問し、表現活動の概要、氏名または名称の公表が行われ、那覇地方法務局に通知される。
渋谷区人権を尊重し差別をなくす社会を推進する条例(東京都渋谷区)
「渋谷区人権を尊重し差別をなくす社会を推進する条例」は、2024年4月に施行された条例。2015年に制定された「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を改正したものだ。
条例の制定により、渋谷区では「個性を認め合う自由で寛容な地域性は、まちの貴重な財産である。渋谷区は、この財産を未来に向けて継承し、区に関わるあらゆる人々と共に、人種、国籍、信条、性のありよう、障害、年齢、出身地、経歴等の様々なちがいを認め合い、いかなる差別を受けることなく、社会、文化、経済その他のあらゆる分野で、誰もが個性を見出すことができるまちを目指していく」としている。
法務省の取り組み
法務省の人権擁護機関では、ヘイトスピーチに焦点を当てた啓発活動や広報活動を行っている。具体的には、ポスターやリーフレット、啓発冊子などの配布を行っているほか、法務省公式YouTubeチャンネルなどで啓発動画を流している。そのほかの活動は以下の通りだ。
- ヘイトスピーチ解消コラムを年間5本〜10本程度発信
- ヘイトスピーチ対策専門部会の開催。関係省庁と地方自治体との情報共有の場として機能
- ヘイトスピーチ・外国人の差別に関する実態調査
相談窓口も設け、悩み事などの相談を受け付けている。インターネット上の誹謗中傷などに対しては、法務省の人権相談ほか、誹謗中傷ホットラインといった専門の相談・通報窓口も設けている。
日本におけるヘイトスピーチに対する司法判断
日本では、これまでにヘイトスピーチに関する訴訟が数例行われている。代表的な司法判断について紹介する。
京都朝鮮学校公園占用抗議事件におけるヘイトスピーチに対する判決
京都市内の朝鮮学校ではグラウンドを確保できなかったことから、隣接する都市公園を運動場として使用していた。こうした行為に対して、右派系市民団体などが街宣活動などの抗議活動を学校前で行った。
この抗議活動のうち、2009年12月4日に行われた街宣活動が侮辱罪などに当たるとして、学校側が刑事告訴。4人に執行猶予つきの有罪判決が出ている。また民事訴訟では、複数のデモ活動が不法行為にあたるとして、デモ活動を行った団体などに約1200万円の賠償金の支払いを命じている。
誹謗中傷する文書の配布に対する判決
不動産会社で働くパート社員が、業務に無関係な文書が社内で配布されたことで精神的苦痛を受けたとして、勤務先と勤務先の社長に慰謝料などを求めた訴訟。パート社員が提訴した際も社内で説明会を行い、誹謗中傷する感想文が配られた。
2020年5月の判決では地裁が違法性を認め、110万円の支払いを命じた。しかし勤務先側は「表現の自由の範囲内」として、控訴する意向を示した。
インターネット上のヘイトスピーチをめぐる被害に対する判決
神奈川県川崎市の中学生(当時)が、自身のルーツに触れた新聞社のネット記事に関して中傷にあたる投稿をされたとして、大分県の男性に損害賠償を求めた裁判。「悪性外来寄生生物種」といった表現に対して人格権の侵害を認め、刑事事件として侮辱罪に当たる略式命令が出された。
また2021年5月には、東京高裁で慰謝料などとして130万円の支払いを命じる判決が言い渡されている。
まとめ
ヘイトスピーチとは、人種や出身国、性別といった特定のグループに対して憎悪の言葉を投げかけること。アメリカでデモ行進などの際に用いられていたが、SNSなどのデジタルコンテンツの浸透によって日本を含む世界中で広まっている。差別的な発言によって尊厳を傷つけるほか、差別的意識を生じさせ、社会を分断するといった問題点もある。
「多様性の時代」「共生の時代」において、特定のグループに属することで判断し、不当な言葉を投げかけるのは適当ではない。ヘイトスピーチを行わないことはもちろん、見たり、聞いた場合などは、人権に関わる相談窓口に通報するなど適切な対応をとるようにしたい。
また、住んでいる自治体でヘイトスピーチや人権問題にどのように取り組んでいるか確認し、条例が制定されている場合はその内容を把握しておくことも重要だ。
参考記事
ヘイトスピーチ、許さない。|法務省
ヘイトスピーチを理解する:ヘイトスピーチとは何か|国際連合広報センター
ヘイトスピーチに関する条例|一般財団法人地方自治研究機構
ヘイトスピーチと表現の自由|日本の法律ではどう扱われているか|ベリーベスト法律事務所
関連記事
新着記事















