
高強度な上に極めて薄く軽いなどの特徴的な特性を持つことから、世界を変える「夢の新素材」と言われるグラフェン。さまざまな領域で活用に向けて研究が行われているが、製品自体の効率向上により環境負荷を低減し、新たな環境価値を生み出すとも期待されている。本記事では、グラフェンが地球環境にどのように貢献するのかに加え、水不足解消やCO2回収といった環境問題解決の可能性、そして実用化に向けた課題についてもリポートする。
素材が世界を変えてきた歴史

私たちの暮らしは、新しい素材の発見や開発によって大きく変遷してきた。これは、石を道具として使うことで発展を遂げた石器時代や、鉄の利用拡大が農業生産性の飛躍的向上につながったことなど、歴史が証明している。
18世紀から19世紀にかけては鋼の大量生産が可能になり、鉄道や橋梁などのインフラ整備に積極的に用いられた。これらが近代国家の発展を支えたのは言うまでもない。また、今の生活に欠かせない合成化学やプラスチックは20世紀前半に開発された素材だ。安価で大量生産が可能な製品が社会に浸透することで、便利な生活用品が大衆化した。これらが暮らしの質を高め、世界は大量生産・大量消費の時代へと突入した。
世界各国で情報社会が拡大したのは、20世紀後半に半導体材料が登場したことにはじまる。真空管からシリコンに移行したことで電子機器の信頼性が向上。さらに小型化・省電力化が実現し、情報を持ち運べるようにもなった。半導体という材料が情報の扱い方を変えたのだ。
これらの素材と同様に、グラフェンも世界を変える可能性があると言われている。ただし、グラフェンは石や鉄のような基盤材料ではなく、どちらかというとシリコンのようなプラットフォーム材料に近い。つまり、他の技術変革を静かに加速させる役割を担うと言える。
グラフェンが生み出す新しい環境価値

グラフェンによって生み出される環境価値は、主に製品の性能向上や、軽量化・小型化に起因する。例えば、グラフェンの特性の一つである高い電子移動度だ。電気をよく通すため電子機器が効率よく稼働し、充電時間の短縮やバッテリーの長寿命化によってエネルギー使用量を減らせる可能性が高い。
炭素原子1層分の厚さ(約0.34ナノメートル)しかないのも、グラフェンの特徴の一つだ。従来の材料よりも部材を薄く、軽くすることができるため、製品の極薄化や軽量化が実現する。これにより輸送時のCO2排出量削減につながるのだ。
しかも、引っ張り強度は鋼鉄の約200倍と言われ、複合部材や構造部材として使用する場合は耐久性が飛躍的に向上する。寿命が延びてスクラップ・アンド・ビルドの頻度が少なくなるため、廃棄物の削減にも貢献する。
また、グラフェンは水素を効率的に製造できる仕組みに用いられたり、ペロブスカイトなどの次世代型太陽電池や蓄電池に採用する研究が進んでいたりする。このように再生可能エネルギーの効率を高めることで、間接的に環境負荷を低減する可能性も高い。
地球規模の環境課題への可能性

グラフェンによって新しい環境価値が生み出されることに期待が寄せられているが、地球規模の環境課題にもアプローチできる可能性がある。「水不足」と「CO2回収」という2つの視点から解説する。
グラフェン膜による水不足へのアプローチ
日本にいるとあまり実感はないが、気候変動などにより世界中で水不足が深刻化している。世界人口の半分以上に当たる約40億人が水不足に悩まされており、22億人が安全な水を利用できていない状況だ。水資源の争奪戦が行われているとも言われる。
地球は表面の約7割が水で覆われており「水の惑星」とも呼ばれる。水資源は豊富に思えるが、約97.5%は塩水が占めており、淡水はわずか2.5%。しかも人が容易に利用できるのはそのうち0.01%程度しかないとされる。
中東やアフリカなどでは、水不足を解消する技術として「海水淡水化技術」が導入されている。現在の方式の主流は「多段フラッシュ法(MSF法)」「多重効用蒸発法(MED法)」「逆浸透膜法(RO膜法)」などだが、コストの高さや、膜の目詰まりによるメンテナンス頻度の多さなど課題も多い。
そこで注目されているのがグラフェン膜だ。グラフェンを何層にも重ねた膜(酸化グラフェン積層膜)は、そのわずかな隙間を調整することで、水分子は通す一方、塩分などの不純物は通さない「分子ふるい」として機能する。しかも、既存のRO膜よりも低圧で水が透過するため、エネルギー消費を抑えた仕組みが開発される可能性が高い。
現状は開発段階だが、高品質化および低コスト化の課題を解決し、量産体制が整備されることに期待が寄せられている。
CO2回収への応用と次世代CCS材料の可能性
地球環境に大きな影響を与えている気候変動は、私たちの生活や事業活動などで排出されるCO2が要因の一つだ。そこで、省エネなどCO2の排出量を削減する方法が普及しているが、さらに一歩進んで、CO2を回収して貯留するCCSや、回収して利用するCCUが世界各国で導入され始めている。グラフェンは、こうしたCO2の回収技術の発展にも大きく貢献するとされる。
有力な活用法として研究が進んでいるのが、グラフェンを分離膜として使用する方法だ。CO2の分子サイズに最適化した孔(あな)の設計が可能で、CO2を選択的に分離できる。そのため、排ガスから効率よくCO2だけを取り出すことができるのだ。
また、CO2を吸着する吸着材としての研究も進む。特に多孔質グラフェンは表面積が大きい上、酸素官能基を導入するなどで吸着特性を向上させることができる。まだ研究段階ではあるが、工場や発電所などにおける排ガス回収のほか、DAC(直接空気回収)や天然ガス精製、バイオガスの高品質化などへの応用に向けて開発が進められている。
新たな環境リスクへの懸念
グラフェンは新たな環境価値を生み出す一方、新たな環境リスクが発生する可能性もある。現在、指摘されている3つの環境リスクについて解説しよう。
製造時にかかる環境負荷
グラフェンは、製造過程における環境負荷が大きいとされる。製法によって異なるが、例えば酸化グラフェンを製造する際に用いる化学剥離法では、排水・廃液処理が必要な強酸化剤を使用する。
また、ガスを使って薄膜を成長させるCVD法(化学気相成長法)では、1,000℃前後の高温にする必要があるため、大量のエネルギーを消費するという課題がある。つまり、グラフェンを製造する際に大量のCO2を排出するというジレンマがあるのだ。
回収およびリサイクルの難易度が高い
グラフェンは単体で使用するよりも、樹脂や金属、複合材などの他材料に微量添加されることが多い。そのため、製品の寿命後に回収・リサイクルしようとしても、どこでどのように使われているのかを特定するのが非常に難しい。それゆえ、分離技術が確立されにくいとされる。
仮にグラフェンを回収・分離ができたとしても、リサイクル工程中に再びナノ粒子として飛散し、意図せずに人や環境が曝露される危険性もある。
そこで、回収して再利用するのではなく、使用量を最少化することが現実的な対応策として検討されている。これは、夢の新素材と言われるグラフェンが、複合材料からの回収・リサイクル方法が確立されない限り、最終的にはサーマルリサイクルによって燃焼されてしまう可能性が高いことも示唆している。
ナノサイズ材料としての安全性
グラフェンはナノサイズ(極小)が大きな特徴だが、製造時や粉体として扱われる場合は体内に取り込まれる危険がある。万が一吸引してしまうと肺の奥に到達する可能性があり、健康への影響は現時点では十分に解明されていない。しかし、サイズや形状によっては細胞を傷つけたり、炎症を引き起こしたりする可能性が指摘されている。一部の研究では腫瘍への影響を示唆するデータもあり、長期的な影響については慎重な評価が求められている。
水中に流出した場合についての研究も限定的で、プランクトンや微生物などの水生生物にどのような影響を及ぼすか不透明な部分が多い。アスベストのような明確な強毒性は確認されていないものの、長期的な影響や環境の中での挙動については十分なデータが揃っておらず、慎重な評価が求められている。
まとめ|グラフェンは環境課題の切り札になり得るか
グラフェンは軽量・高強度・高機能といった特性から、可能性が無限大と言われる新素材だ。これらの特性は、環境領域においても新たな価値を生み出すと期待されている。環境負荷の低減に加え、水不足やCO2回収といった地球規模の課題解決に対しても、強力な切り札になる可能性を秘めているからだ。
その一方で、解決すべき課題も少なくない。製造時の環境負荷やリサイクルの難しさ、ナノサイズ材料としての安全性の確保など、社会実装までにはいくつものハードルがある。夢の新素材としての「可能性」が「現実的な価値」へと変わるには、技術開発と並行して、これらの環境影響を克服することが求められている。
Edited by c.lin
参考サイト
グラフェンを活用して水不足を解決|サンドビック株式会社
海水から淡水をつくる高性能な膜を開発|神戸大学
世界の水問題の解消に貢献酸化グラフェン/グラフェン ハイブリッド積層構造水処理膜の簡便な生成法開発と高性能化に成功|信州大学
大きく発展している海水淡水化技術!!普及の状況について知ろう!!|Waqua
グラフェン・フィルター、CO2回収をより効率的かつ安価に|GLOBAL CCS INSTITUTE
世界最高の水素分離性能を有する酸化グラフェン膜を開発 -耐湿性を飛躍的に改善し、実用化に大きく前進-|国立研究開発法人量子化学技術研究開発機構
グラフェンの暗黒面〜日経サイエンス2014年9月号より|日経サイエンス
グラフェンが健康被害を及ぼす可能性、米大学が指摘|EETimesJapan
オゾン劣化したグラフェンオキシド、低用量でも膀胱腫瘍促進作用を増強|Academia
[ケーススタディ報告書] 剥離グラフェンの安全な取り扱いのための 環境・生体影響および飛散性情報の紹介|国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
グラフェンの技術課題整理|(独)科学技術振興機構 研究開発戦略センター(CRDS)
注目を集める「グラフェン」とは?最新の研究動向を解説|JDreamⅢ
地上最強、史上最速!? 究極のナノ材料グラフェンの可能性と課題|Yumenavi






















倉岡 広之明
雑誌記者として活動した後、フリーライターとして独立。さまざまなジャンルの記事を執筆しているが、北海道で生まれ育ったこともあり、自然環境や気候変動、SDGs、エネルギー問題への関心が深い。現在は、住宅やまちづくり、社会問題、教育、近代史など、多岐にわたるテーマを手がけている。
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