
幸せを追求する上で欠かせない概念として、近年注目を集めている「ウェルビーイング」。これは5つの要素から構成されており、その一つが、お金や経済的な幸福度を示す「フィナンシャル・ウェルビーイング」だ。「お金を持つこと」と「幸せ」には、どのような関係があるのだろうか。お金のあり方を通して、私たちの幸福を見つめ直してみたい。
フィナンシャル・ウェルビーイングとは

近年よく耳にするようになった「ウェルビーイング」とは、人生の豊かさや幸福度を表す概念のこと。具体的には、個人の権利や自己実現が保障され、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを指す。
そのウェルビーイングを構成する要素は、アメリカで世論調査などを行うGallup社によると、次の5つである。
・キャリア:仕事
・ソーシャル:人間関係
・フィナンシャル:お金
・フィジカル:身体的健康
・コミュニティ:社会的なつながり
このうち、フィナンシャル・ウェルビーイングとは「理想とする生活を送れる程度に、お金に対して満足感と安心感がある状態」を指す。
フィナンシャル・ウェルビーイングの定義
フィナンシャル・ウェルビーイングには、まだ国際的に統一された定義はないが、日本を含め各国で次のように定義されている。
・アメリカ:消費者金融保護局(Consumer Financial Protection Bureau/CFPB)
「現在および将来の経済的債務を十分に果たすことができ、将来の経済状況に安心感を持ち、人生を楽しむための選択ができる状態」
・イギリス:金融年金サービス局(Money and Pensions Service/MaPS)
「安心してコントロールでき、今日の支払い・不測の事態に対応でき、将来の健全な家計に向け軌道に乗っている感覚」
・日本:金融庁
「自らの経済状況を管理し、必要な選択を行うことによって、現在及び将来にわたり、経済的な観点から一人ひとりが多様な幸せを実現し、安心感を得られている状態」
言葉は異なるものの、いずれも「お金を多く持つこと」ではなく、将来にわたって安心感を得られる程度の経済的安定と、お金の使い方に自由な選択肢がある状態を指している点で共通している。
フィナンシャル・ウェルビーイングの4つの柱
フィナンシャル・ウェルビーイングの具体的な要素として、アメリカの消費者金融保護局は「4つの柱(Four Elements)」を次のように挙げている。
・毎日のお金の管理が適切にできていること
・不測の事態に対応できる程度の余裕があること
・金銭的な目標を立て、それに向かって着実に進んでいること
・金銭的な自由があり、人生を楽しむための選択ができること
これらは、現在だけではなく将来にわたって経済的に安心でき、かつお金の使い方を自ら選べる状態を示している。この4つが満たされていることが、経済的に健全で満たされた状態、すなわちフィナンシャル・ウェルビーイングが実現している状態とされている。
注目度が高まっている背景

フィナンシャル・ウェルビーイングの注目度が高まっている背景には、物価高や株高・円安、上がらない実質賃金など、経済への不安が広がっていることがある。
物価高の影響で、食費や日用品だけでなく、家賃や住宅関連の費用も高騰している。また、働き方の多様化により終身雇用制度が崩れ、退職金やボーナスの支給がない派遣社員やギグワーカーも増加している。さらに、AI技術の発達によって職を失う不安も高まっており、将来の経済的な安定に対する懸念を抱く人が増えている。
日本が「超長寿社会」であることも要因の一つだ。2019年には「老後資金は2000万円が必要」という金融庁の報告書(*1)が話題となり、年金制度の先行きへの不透明感も相まって不安が広がった。長く生きたいと願う一方で、長生きするほど老後資金への心配が増すというジレンマを抱える人も少なくない。
こうした背景の中、「お金を持つことによって得られる幸せ」や「お金と幸せの関係」を改めて見つめ直す動きが広がっている。
フィナンシャル・ウェルビーイングを高めるには
フィナンシャル・ウェルビーイングを高めるには、ただ金融商品を購入すればよいというものではない。自分の現状を把握し、学び、相談し、行動に移すというプロセスを踏むことが大切である。具体的には次のように考えられる。
・把握:自分の経済状況や支出の傾向を正確に把握する
・学ぶ:必要な金融知識や情報を学び、不足している点を補う
・相談:専門家や信頼できる人に相談し、より的確な判断材料を得る
・行動:学びを踏まえ、貯蓄や投資、保険の活用など実際の行動に移す
ポイントとなるのは、自分の価値観に合ったお金の貯め方と使い方を見つけることである。たとえ手元にあるお金が多くなくても、自分にとって納得のいく使い方ができれば、幸福度は高まり、人生はより豊かになっていく。
日本で進む政策と取り組み
フィナンシャル・ウェルビーイングを高めることは、経済的格差の是正や貧困社会の解消など、様々な社会課題への有効な手段となる。
将来への金銭的不安が軽減されることで仕事に集中でき、企業や国全体の生産性向上にもつながる。そのため、個人や企業だけではなく、政府も国の政策としてフィナンシャル・ウェルビーイングの実現・向上を目指す動きを強めている。
具体的な動きが始まったのは、2022年11月に開催された「新しい資本主義実現会議」での「資産所得倍増プラン」(*2)の発表である。このプランでは、日本が「資産運用立国」となることを目指し、金融経済教育の充実やライフプラン提供の促進などを掲げた。
また、金融庁が2023年8月に公表した「2023事務年度 金融行政方針について」(*3)では、金融リテラシーの向上や金融・資本市場の機能強化などが示されている。
こうした流れを受け、2024年4月には金融経済教育の普及を担う「金融経済教育推進機構(J-FLEC)」(*4)が発足した。J-FLECはフィナンシャル・ウェルビーイングの実現を目標に掲げ、国民の健全な資産形成を支援することを目的としている。具体的には、「資産運用立国実現プラン」の一環として、金融経済教育の推進、J-FLEC認定アドバイザーによる個別相談、マネープランの提供などの取り組みを進めている。
お金があると幸せは本当か

お金があることで暮らしに余裕が生まれ、将来への不安も小さくなる。その意味で、お金は幸せを感じるための重要なピースと言える。これは、様々な研究でも示されている。
例えば、第一生命経済研究所が発表した『ウェルビーイングを実現するライフデザイン ライフデザイン白書2024年』では、「家計と資産の満足度」がフィナンシャル・ウェルビーイングに最も大きな影響を与える要因であると報告されている。(*5)
また、行動経済学の権威でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン名誉教授(プリンストン大学)による研究でも、収入が増えるほど幸福度は上昇する傾向があるとされている。そのため、フィナンシャル・ウェルビーイングを実現し、さらに高めていくことが需要だといえる。(*6)
ただし、カーネマン氏の研究ではもう一つの側面も指摘されている。
収入が増えるほど幸福度は上がるものの、一定の水準(おおよそ年収7.5万ドル)を超えると、その上昇幅は緩やかになるという結果だ。(*7)
この研究から示唆されたのは、「お金を持つ=幸せ」とは必ずしも言い切れないことだ。大切なのは、単に「お金を持つ」「お金を増やす」ことではなく、お金に対する価値観を見つめ直し、「なぜお金を持つのか」「どのように使うのか」を自分なりに整理して暮らしていくことである。
まとめ:「お金を増やす」より、「お金との関係を整える」

お金との付き合い方は人それぞれだが、上手に向き合い、お金に余裕が生まれると人生は豊かになる。お金は、幸せや健康、働き方、将来への安心感など、私たちの生活を支える基盤のひとつだからだ。
一方で、ダニエル・カーネマン名誉教授の研究では、収入が増えるほど幸福度は上昇するものの、一定の水準を超えると上昇幅は緩やかになることも報告されている。つまり、お金を増やすことが必ずしも幸福に直結するわけではない。
お金を増やすこと自体を目的とするのではなく、経済的に健全な状態を保つためにお金をどう活かすかという視点に立つことが大切だ。
そのためには、「いくら持てば安心できるか」「どんなときに不安が小さくなるか」「何にお金を使うと希望を感じられるか」といったように、お金と幸せの関係を自分の中で見つめ直してみるといい。それがフィナンシャル・ウェルビーイングをはじめとするウェルビーイングの実現につながっていくだろう。
Edited by c.lin
注解・参考サイト
注解
*1 金融庁/金融審議会『高齢社会における資産形成・管理』(2019年6月3日)を指す。いわゆる「老後2000万円問題」の根拠となった公的報告書。
*2 内閣官房『資産所得倍増プラン』(2022年11月28日、「新しい資本主義実現会議」資料)政府が掲げる資産運用立国構想。
*3 金融庁『2023事務年度 金融行政方針について』(2023年8月発表)を参照。
*4 金融庁『(参考) 事業概要 「金融経済教育推進機構」』(2024年6月発表)を参照。
*5 株式会社第一生命経済研究所「国民のファイナンシャル・ウェルビーイング向上に向けて(前編)」を参照。
*6 Daniel Kahneman & Angus Deaton, “High income improves evaluation of life but not emotional well-being,” Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS), Vol.107, No.38, 2010.
*7 Matthew A. Killingsworth & Daniel Kahneman, “Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year,” PNAS, 118(4), 2021.
参考サイト
米国のファイナンシャル・ウェルビーイング|証券経済研究第127号(2024. 9)
ファイナンシャル・ウェルビーイングについて(1)-基本的な概念と枠組み|ニッセイ基礎研究所
ここが知りたい『ファイナンシャル・ウェルビーイング向上のための4つのプロセスとは』|株式会社第一生命経済研究所





















倉岡 広之明
雑誌記者として活動した後、フリーライターとして独立。さまざまなジャンルの記事を執筆しているが、北海道で生まれ育ったこともあり、自然環境や気候変動、SDGs、エネルギー問題への関心が深い。現在は、住宅やまちづくり、社会問題、教育、近代史など、多岐にわたるテーマを手がけている。
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