ジェロントロジーとは?高齢化社会のウェルビーングを支える総合的な学問

ジェロントロジーとは

ジェロントロジー(gerontology)は、生物学的、臨床的、神学的、社会学的、法的、経済的、政治的といったあらゆる側面から、老化の過程と、老化によって起こると考えられている個人と社会の問題を、幅広い分野において科学的に研究する学問である。

日本では老年学、加齢学と訳されることが多いが、長寿学や高齢学のほか、高齢社会総合研究学といったような、研究分野がわかるように表される場合もある。

ジェロントロジーの定義

『現代エイジング辞典』(1996年)では、「老年学は人口の高齢化にともなって起きてきた種々の変化や問題を解決するために、生物学、医学、心理学、経済学、社会学、社会福祉学、建築学などの自然科学と社会科学の関連した科学の協力によってできた総合科学」とされている。

幅広い分野の科学と、法的、経済的、政治的側面からの総合的なアプローチを行うことにより、高齢になっても生活の質(QOL)を向上させることができる研究に重点をおいており、加齢にともない心身が衰える老衰と、細胞の老化によって起きる諸症状に対する医学的な診断、進行管理や予防を扱う老年医学(geriatrics)とは区別されている。

また、全米研究評議会(National Research Council)によると、年齢を重ねることを意味する加齢(ageing)と、時間の経過とともに進む成熟のプロセスである老化(senescence)を区別する学者が多いという。加齢は誕生した時から始まるものであるからだ。

ジェロントロジーが生まれた背景

ジェロントロジーは、老人や高齢者を意味するギリシャ語の“geront”と、「〜学」を意味する“-logy”をつないだ造語だ。1903年のフランスで、ノーベル賞受賞者であり老化研究者であった微生物学者のエリー・メチニコフによって名づけられた。

老化に関する理論は、古代ギリシャの哲学者として知られるアリストテレス(紀元前384年〜紀元前322年)と、医者であったヒポクラテス(紀元前460年頃〜紀元前370年頃)ももっていたという。紀元後200年に、ローマの医師ガレノスによって永続的な理論が提示されたのち、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教に取り入れられ、19世紀以上にわたり影響を与え続けてきた。こうしたことから、老化は古くから社会的要素の一つであったとみられている。

科学的研究が活発化したのは1900年代前半から中頃にかけてのこと。そのきっかけとなったのは、老年医学者のジョン・ローと社会科学者のロバート・カーンが、1987年に『サイエンス』で発表した「サクセスフル・エイジング」という短い論文だった。

その論文は、それまで寿命を延ばす研究が行われていたジェロントロジーを、健康寿命を延ばし、加齢による心身の変化に対応できる政策、社会インフラなどの社会的基盤も含めた研究への移行を促した。1945年にはアメリカ老年学会(Gerontological Society of America)が設立され、学問として確立されていった。

当時すでに、高齢化による諸問題が顕在化していた欧米では、「サクセスフル・エイジング」による社会的インパクトは大きかった。その影響を受けたエレン・マッカーサー財団は、10年間にわたり莫大な研究費を投入し、アメリカで医学、工学、経済学、心理学、社会学、法学の専門家の連携による横断的な研究が行われた。

1998年には、その成果として『サクセスフル・エイジング』という本が出版され、ジェロントロジーは幅広い年代に広く知られるようになった。主だった大学では老年学を学べる学部が新設され、専門的な知識をもった人材の教育が定着した。

高齢化による問題の顕在化が欧米より遅かった日本では、1959年に日本老年医学会と日本老年社会科学会の連合体として日本老年学会が設立され、あらゆる分野での研究が進められることになった。現在は、桜美林大学大学院と東京大学高齢社会総合研究機構で老年学を学ぶことができるようになり、順天堂病院などでも研究が進められ、産官学連携による共同プロジェクトの動きも活発化している。

ジェロントロジーの具体的な取り組みと成果

日本より早く高齢化を迎えた欧米では、さまざまな研究と社会での取り組みが行われてきた。その分野は多岐にわたり、幅広い業界で取り組まれている。

南カリフォルニア大学では、美容行為が健康的な加齢に大いに寄与するとして研究、教育が進められてきた。外見を整える美容行為は、鏡を通して自分を見ることで外見を気にするようになり、健康的な加齢を目指す意識につながりやすく、高齢者の生活の質(QOL)の向上に貢献するという。ジェロントロジーの目指すところである、健康加齢の最適化が美容行為を通して実現できるとして、東京大学でも同様の研究が行われている。

東京大学では高齢社会総合研究機構が設立され、生きがい・就労、フレイル予防、生活支援、情報システム、テクノロジー、まちづくり、地域包括ケア、金融と法の8つのテーマを掲げ、複数のテーマを横断しながら社会実装に向けた研究が進められている。

順天堂大学では抗ウイルス・免疫作用の向上に関する研究、認知症予防、進展防止に関わる研究などが行われている。

そのほか、主に金融機関に勤める人を対象に、高齢者の経済活動に関連する諸問題の解決を目的とした金融ジェロントロジーの教育が行われ、高齢化社会に向けた準備が進められている。

ジェロントロジーに期待されていること

2024年の国連の報告書によると、2080年までに65歳以上の人口は18歳未満の子どもの人口を上回ると予想されている。また日本では、2030年頃には人口の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上となる社会が訪れると予測されている。それは、これまで人類が経験したことがないともいわれる少子高齢化の社会であり、これまでのあたりまえが変わることを意味する。

加齢にともない老化する身体機能に対応したまちづくり、大きな負担なく移動ができるモビリティシステムの構築といった社会的インフラを整える必要がある。また、高齢者を主な対象としたモノやサービスの開発、対応方法を考えなければいけない可能性がある。

また、経済的自立とやりがいづくりのための雇用創出、働きやすい環境づくり、健康維持のための適度な運動と食事を取り入れるような働きかけ、孤立しないためのコミュニティの形成も必要になるだろう。そういったことを進めていくうえで、ジェロントロジーの視点と知識に期待が集まっている。医学的な分野でも、免疫を高める、老化を遅らせる、病気の重症化を防ぐといった研究と社会実装に、大きな期待が寄せられている。

まとめ

人生100年時代といわれる今、年齢を重ねても健康で充実した人生を送りたいと思う人は多いだろう。社会的、経済的な側面からみても、健康寿命が延び、社会から必要とされる場があり、心身に大きな負担なく行きたいところに行ける環境は豊かだ。

だが現実問題として、今はまだそれらを実現するための方法が確立されていない。また、老化という現象は個人差が大きく、同じ早さで同じ老化のプロセスをふむ人はいないともいわれている。そのため、何を基準としどこまで対応するか判断がつきにくいことからも、ジェロントロジーの研究と、ビジネス化に向けた取り組みが必要とされている。

高齢になっても健康で、充実した日々を過ごすためのジェロントロジーは、これからの社会において重要な役割を担う学問である。

参考サイト
Principles of Gerontology – Aging In Today’s Environment|NCBI Bookshelf
The background of Gerontology|Chicago Concordia University
超高齢化社会のサクセスフル・エイジング|将来社会を俯瞰した研究開発ビジョン研究会
Geroscience |Yale School of Medicine
学会概要 | 日本老年学会 The Japan Federation of Gerontological Societies
大学院 | 桜美林大学
研究|東京大学高齢社会総合研究機構
南カリフォルジェロントロジーの動向と可能性-南カリフォルニア大学ジェロントロジー学部における研究と教育-|ジェラルド C.デビソン , 五十嵐 靖博(訳編)|山野研究紀要 第18号 2010
研究内容 | ジェロントロジー研究センター|順天堂大学
金融ジェロントロジーとは? |ニッセイ基礎研究所

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