
「子どもを助けたい」という善意が、実は子どもたちを傷つけているかもしれない。観光の一部として気軽に参加できる孤児院ボランティア。しかしその裏では、“寄付を集めるために”家族から引き離され、偽りの孤児院で暮らす子どもたちがいる。本記事では、孤児院ボランティアツーリズムを通して、私たちの旅の在り方を問い直す。
善意の旅が、子どもたちを傷つける

「現地の子どもたちの力になりたい」。そう思って孤児院を訪れる人は少なくない。
しかし、その善意が子どもたちを傷つけている可能性があるとしたら、あなたはどう感じるだろうか。
異国から訪れた大人たちと短い期間だけ交流し、すぐに別れる。このサイクルが繰り返されることで、子どもたちの心には見えない深い傷が少しずつ積み重なっていく。
「助けたい」という純粋な思いは、本当に子どもたちのためになっているのだろうか。私たちが“良いこと“だと信じてきた行為が、実は深刻な問題を生んでいるのかもしれない。
孤児院ボランティアツーリズムとは何か
観光地を巡りながら、現地の孤児院で子どもたちと食事をともにしたり、遊んだり、英語を教えたりする。旅行パッケージの一部として提供されるこうしたボランティア活動は、「孤児院ボランティアツーリズム」と呼ばれている。
しかし、その裏側には、見過ごすことのできない問題が潜んでいる。
ボランティア活動は大きく2つの形に分けられる。ひとつは、専門的な技能を持つ人が受け入れ側の要請に基づいて行う「プロフェッショナル・ボランティア」である。身元確認や子どもの安全を守る仕組みが整い、活動はその場限りでは終わらない。現地の人々が自らの力で地域を良くしていけるよう、長期的な視点で支援を行うのが特徴だ。
もうひとつが、孤児院ボランティアツーリズムに代表される「無規制ボランツーリズム」である。参加者に特別な資格や訓練は求められず、地域が本当に必要としている支援よりも、参加者の満足感が優先されてしまう構造になっている。
子どもたちに何が起きているのか

孤児院ボランティアツーリズムがもたらす影響は、想像以上に深刻だ。「良いことをした」と感じて帰国する旅行者の裏で、子どもたちの心には何が起きているのだろうか。
愛着障害と心の傷
幼い子どもは、親や養育者といった「この人がいれば大丈夫」と思える大人との関係を通じて、心の土台を育てていく。
しかし孤児院では職員の数が限られており、一人ひとりに十分な時間をかけられないため、安定した愛着の形成が難しい。そこに短時間のボランティアが次々と訪れる環境が加わると、子どもたちは「親しくなる」と「別れが来る」を何度も繰り返すことになる。
孤児院の子どもたちは笑顔を見せていても、大人になってから自分の価値がわからなくなったり、怒りや恨みを抱えたりするなど、愛着障害の症状が現れやすい。
「誰かに愛される」という感覚を身につけるべき時期に繰り返される別れは、目には見えない深い傷として心の奥に残り続ける。
「展示される」子どもたちと偽りの孤児院
孤児院ボランティアツーリズムの問題は、心の傷だけにとどまらない。孤児院そのものが収益目的で運営され、子どもたちが「商品」として扱われている現実がある。
実は、孤児を助けたいと考える人の数が、実際に支援を必要とする孤児の数を上回っている。(*1)つまり、需要が供給を上回っているのだ。その需要を満たすために、政府に正式に認可されていない施設が貧困家庭から子どもを集め、観光客やボランティアからの寄付を収入源として運営している。旅行者が「孤児院に行きたい」と考えるほど、その需要に応えるための施設が増えていくという逆説が生まれている。
孤児院をめぐる衝撃的なデータがある。ユニセフの調査によれば、世界の孤児院で暮らす子どもの多く(約8割とされる)には両親のどちらかが健在だという。親や家族は「施設に入れれば、より良い教育や医療を受けられる」と約束されるが、実際にはその約束が守られないケースも多い。(*2)
孤児院ビジネスが特に顕著なのがカンボジアである。観光客向けの“チャリティーショー”などが集客手段として用いられ、報告書などで子どもの“孤児化”や偽装が生じる事例が指摘されている。(*3)同国では2005年から2010年の間に孤児院の数が75%も増加し、需要の高まりとともに「孤児」を集めるための施設が急増した。(*4) 子どもたちはいまや、“支援の対象”ではなく、「体験される存在」として観光資源化されている。
なぜ私たちは「助けたい」と思うのか

孤児院ボランティアツーリズムに参加する人の多くは、心から困っている人の力になりたいと考えている。貧困や格差を目の当たりにして、「自分にも何かできることがあるのでは」と思う姿勢は、決して否定されるべきものではない。
ただ、その「助けたい」という気持ちの中には、感動的な体験をしたいという欲求も潜んでいる。孤児院の子どもたちと遊んだ写真に寄せられる「いいね」や、「良いことをした」という満足感。そうした感情に気づかないまま行動すれば、それは支援ではなく、“ボランティア体験“という名の消費になってしまう。
大切なのは、「助けたい」という気持ちがどこから生まれているのかを考えることだ。自分の行動が本当に相手のためになっているのか。その問いを持ち続けることが、支援者として、そして旅行者としての責任につながっていく。
世界で進む規制と意識改革の動き

孤児院ボランティアツーリズムの問題に対して、国際社会はすでに動き始めている。
2019年の国連総会では「子どもの権利に関する決議」が採択され、孤児院ボランティアツーリズムが子どもにもたらすリスクと影響が明確に位置づけられた。また、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のレポートでは、各国政府が取るべき具体的な措置が提言されている。(*5)
【政府が取るべき措置の一例】
・孤児院ボランティアが子どもに害を及ぼし、人身取引につながる可能性があることを正式に表明する
・海外渡航時における孤児院ボランティアの危険性について、国民に向けた勧告を出す
・政府支援プログラムや教育機関における孤児院ボランティアの実施を禁止する
さらに、民間レベルでも動きが広がっている。
問題を認識した旅行会社やボランティア団体が、孤児院訪問を含むプログラムを中止・見直す取り組みを始めているのだ。“善意”の名のもとに続けられてきた慣行を問い直す動きは、世界各地で確実に進んでいる。
旅行者としての責任──今日からできること

旅行者として、私たちには何ができるのだろうか。孤児院ボランティアツーリズムは遠い国の問題に思えるかもしれないが、私たち一人ひとりの選択が子どもたちの未来を左右しているといっても過言ではない。ここでは、今日から実践できる具体的な行動を紹介したい。
孤児院訪問プログラムには参加しない
まず重要なのは、孤児院訪問プログラムに参加しないという選択だ。ボランティアの需要がある限り、孤児院は“ビジネス“として存続し続けてしまう。訪問者が減れば、孤児への「需要」も減り、子どもが家族から不必要に引き離されることを防ぐことができる。
孤児院訪問の代わりに、国や地域が主導する家族支援プログラムをサポートしてみてはどうだろうか。家庭の中で子どもが健やかに育つ環境を支えることこそ、最も持続的な支援になる。
支援先を見極める
寄付を検討する際は、どこに支援するかを慎重に選ぶことが大切だ。判断の基準となるのは、活動内容の透明性、長期的なビジョン、そして現地の人々が主体となっているかどうか。
子どもを貧困から救うためには、持続可能な選択肢をつくるプロジェクトを支援するのが望ましい。たとえば、家族が子どもを養育する力を高めるプログラムや、離ればなれになった家族の再会を支援する団体などが挙げられる。
知る・伝えることも支援になる
支援とは、ボランティアや寄付といった直接的な行動だけではない。知ること、そして伝えることもまた支援である。
まずは孤児院ボランティアツーリズムの実態について、身近な人と話してみよう。SNSで信頼できる情報をシェアすることも、問題の理解を広げる一助になる。
誰かが「ボランティアをしたい」と話していたら、その背景にある思いを一緒に考えてみるのも良い。善意を否定するのではなく、より良い支援の形を共に探す姿勢が、子どもたちの未来を守る第一歩になる。
まとめ:観光が「残すべきもの」とは何か
善意から始まる孤児院訪問だが、結果的に子どもたちの助けにはつながらない。むしろ心の傷を残し、家族から引き離す一因となってしまうこともある。孤児院ボランティアツーリズムは、観光のあり方そのものを問い直す問題といえるだろう。
旅は、私たちに多くのものを与えてくれる。同時に、私たちも旅先に何かを残している。大切なのは、旅先で何を得るかではなく、何を残すかという視点だ。現地の人々が本当に必要としている支援は何か。その問いを忘れずにいたい。
「自分の旅が何を残すのか。残すべきものとは何なのか」。この問いを持ち続けることこそが、責任ある旅行者としての第一歩である。
Edited by c.lin
注解・参考サイト
注解
*1 Inter-Parliamentary Union, Orphanage trafficking: The hidden crisis aided by good intentions, March 2025 を参照。ボランティア需要の高まりが施設数の急増を促し、結果として支援対象でない子どもの施設入所が起きているという指摘。同報告では、観光やボランティアの需要が孤児院支援の“供給側”能力を上回る構造が、多くの国で観察されていると指摘されている。
*2 UNICEF, “Children in alternative care” (Global data and findings on children in residential care). を参照。施設養護児童の多くはオーファンではなく、少なくとも一方の親または近親者が存命との報告あり。
*3 OSCE, The role of OSCE participating States in combating orphanage trafficking (2025) を参照。報告書は、”orphanage trafficking”(孤児院トラフィッキング)を、観光やボランティア需要(ボランツーリズム)が要因となっている構造的な問題と定義し、子どもの募集・施設入所・寄付集め・観光プログラムとしての“孤児院訪問”を結びつけた事例を分析している。
*4 UNICEF & MoSVY, Residential care facilities in Cambodia Report (2016) を参照。同報告によると、登録された児童養護施設数は2005年の154から2010年に269へ75%増加、入所児童数も6,254人から11,945人へ91%増加。報告は政府認可施設を対象とするが、マッピング調査によって登録外施設の存在も示されており、実際の施設数はさらに多い可能性がある。
*5 OHCHR, Volunteering, Voluntourism, Tourism and Trafficking in Orphanages — Thematic Brief (2021) を参照。短期の孤児院ボランティアや“観光としての孤児院訪問”を、「児童への害/人身取引の温床/modern slavery の一形態」と位置づけ、各国政府に対して禁止や旅行者への警告、規制導入、資金支給の停止など包括的な対策を勧告している。
参考サイト
The Reality of Orphanage Tourism and Voluntourism|Save The Children
PROTECTING CHILDREN IN TRAVEL AND TOURISM A GLOBAL CASE STUDY: HOW TO REGULATE THE ISSUE OF VOLUNTOURISM WITH CHILDREN?
The Problem: why are orphanage visits harmful?|Responsible Tourism Partnership
Planning a Visit to an Orphanage? Avoid Scams in Cambodia, Nepal, etc. | Better Care Network
Alternatives to Volunteering in or Supporting Orphanages | Better Care Network






















エリ
大学時代は英米学科に在籍し、アメリカに留学後は都市開発と貧困の関連性について研究。現在はフリーライターとして、旅行・留学・英語・SDGsを中心に執筆している。社会の中にある偏見や分断をなくし、誰もが公平に生きられる世界の実現を目指し、文章を通じて変化や行動のきっかけを届けることに取り組んでいる。関心のあるテーマは、多様性・貧困・ジェンダー・メンタルヘルス・心理学など。趣味は旅行、noteを書くこと、映画を観ること。( この人が書いた記事の一覧 )