無関心を縫い直す。イスラエルとパレスチナの間に生まれたデザイン

イスラエルとパレスチナの職人が、国境を越えて協働するストリートブランド「ADISH(アディッシュ)」。衣料品という身近な日常の中に、どんな問いが込められているのだろうか。その服を手に取ることで、消費者は自らの倫理や主体性を問い直す、小さな一歩を踏み出すことになる。

“無関心”を問い直すデザイン。ADISHが示す新しい抵抗

2018年に誕生したADISHは、イスラエル・テルアビブ発のストリートブランドだ。

創業メンバーは、イスラエル出身のアミット・ルソンとエヤル・エリヤフ。そこにパレスチナ系アメリカ人アーティストでアートディレクターのジョーダン・ナサール、パレスチナ人のクッサイが加わり、国境をまたぐチームとして活動している。

デザイナーのアミットは、ストリートカルチャーと中東の伝統文化の両方に影響を受けて育ち、政治・文化・美意識の境界を行き来する感覚を自然と身につけてきた。

ブランド名の“ADISH”は、ヘブライ語で「無関心」という意味を持つ。イスラエルとパレスチナの現実を見続けてきた彼らは、世界が紛争を遠くから静観する姿勢に対し、「その無関心に抗う」という意思を込めてこの名前を選んだ。

アミットは、「ファッションには媒体として、社会政治的な状況に大きな変化をもたらす力がある」と信じている(*1)。一方で、アートディレクターのジョーダン・ナサールは、ファッション業界における「表面的なアクティビズム」に対して批判的だ。「ファッションが実際に変化をもたらすことは稀だと思う。多くの場合、認識を広めることに焦点を当てすぎて、シャツのスローガンを見れば人々が行動を変えると思い込み、実際に世界や人々の生活に具体的な変化をもたらそうとすることは少ない」と彼は語る(*2)。

この考え方は近年語られるエシカルファッションにも通じるが、ADISHはその一歩先を見据えている。環境への配慮やフェアトレードといった枠組みを超え、政治的分断という最も困難な境界線上で、実際に人々の生活を変える具体的な協働を選択したのだ。

そもそもファッションは、背景を深く考えずに消費されることが多い。ADISHはその前提に異議を唱えるように、政治的分断が日常にある土地であえて協働を成立させ、「どう作られたか」というプロセスをデザインとして提示する。制作の行為そのものをメッセージに変えているのだ。

その哲学が最も明確に表れるのが、パレスチナの女性職人たちとの協働である。ヘブロン、ラマラ、デイシェ難民キャンプなどのパレスチナ各地の刺繍職人とともに、伝統的な「タトリーズ(刺繍)」を現代のストリートウェアへと落とし込んでいる。

ADISHのアイテムには、刺繍が施された地域名や職人グループ名が縫い留められている。それは、単なる装飾ではなく、分断された社会に生きる職人たち個人の存在を一着ずつに刻み込む行為であり、地域文化へのリスペクトが感じられる。

人種・宗教・国境の分断が当たり前になりつつある世界で、イスラエル人とパレスチナ人がともにブランドをつくり、その中心にパレスチナの伝統文化を据えている――その選択そのものが、強烈なメッセージを放っている。


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分断の中で生まれる協働。刺繍がつなぐ見えない対話

ADISHの服には、単に伝統技法が使われているだけではない。分断の現実を日常のストリートウェアに忍ばせることで、私たち消費者の「無関心」を揺さぶる。小さくても確かな抵抗のカタチである。

「イスラエルとパレスチナの職人が同じ服をつくる」という関係性は、分断が日常となった現地では容易なことではなく、この協働には特別な意味がある。

ADISHは、パレスチナで受け継がれてきた刺繍文化と職人技に深い敬意を払い、その文化を途切れさせないために、すべて手作業で制作している。生地選びから縫製まで慎重に行い、タトリーズ刺繍だけでなく、ベドウィン織りやマジダラウィ織りなど複数の伝統技法を現地で生産することで、一着の服にさまざまなコミュニティの手仕事を重ねる。こうして服そのものが“文化を編み合わせる場”となるのである。

職人チームは、パレスチナ人であるクッサイのネットワークをもとに集められた。縫製チーム(イスラエル側)と刺繍チーム(パレスチナ側)の二つに分かれ、縫製チームはテルアビブからほど近いイスラエル北部のアラブ人の村・タムラの工場を拠点としている。

刺繍チームは、ヨルダン川西岸の各地から集まった50人以上の女性たちである。彼女たちとの出会いは、イスラエルとパレスチナの紛争で家族を失った者同士が交流する組織「ペアレンツ・サークル・ファミリーズ・フォーラム」を通じて生まれた。

彼女たちの多くは移動が制限される状況下で生活しているが、縫製と刺繍のやり取りを通して、距離や制限があっても作り手同士の関係は途切れない。イスラエル側が縫った服を、パレスチナ側の職人が受け取り、刺繍を重ねて返す。この往復が、分断によって断たれたはずの関係をつなぎ直している。

手仕事は、言葉を交わせない状況で行われる“見えない対話”のような役割を果たすのである。


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境界にとどまり続けることの勇気と、ものづくりに宿す倫理

ともすると、「無関心」でいる方が安全で合理的かもしれない。“安全な側”に立たず、社会的緊張の中でブランドをビジネスとして成り立たせるには、困難と相応の覚悟を伴う。

ADISHが重視するのは、手仕事を搾取的に扱わないためのフェアな仕組みである。パレスチナの女性職人には技術に見合う報酬を支払い、古くから受け継がれてきた伝統を尊重し、生き続けられるようにしている。

そのモットーは「仕事であり、慈善ではない」。ジョーダンはこう説明する。「私たちがパレスチナで可能な限り多くの生産を行うことに固執しているのは、工場や刺繍職人たちにとって一貫性があり信頼できる取引先になることが、実際に人々の生活に影響を与える方法だから。それは慈善ではなく、すべての人にとってのエンパワーメントです」

こうしてADISHにとって、服を作り販売する過程は、単なる仕事ではなく、社会的なアクションである。消費者がその服を“まとう”ときには、無関心でいることの怖さや、自分が何を信じたいのかという意思が問われる。服を着る行為そのものが、倫理性と主体性を考えるきっかけとなるのである。

平和への願いが込められたADISHの服は、同じ地球に生きる私たちにその一歩を促す。境界にとどまり、政治的な緊張や分断に抗いながら作られたものづくりには、勇気と倫理が宿っている。

Edited by k.fukuda

注解・参考サイト

注解
※1 ADISH – Hand-sewing peace | Words by Nikola Čemanová|METAL 

※2 HIP Store Blog “Introducing: ADISH”

参考サイト
Introducing: ADISH|HIP Blog

PALESTINIAN EMBROIDERY|The Inoue Brothers
ADISH – Hand-sewing peace | Words by Nikola Čemanová|METAL
Parents Circle – Families Forum (PCFF)|公式サイト
パレスチナ問題とは|特定非営利活動法人(認定NPO)パレスチナ子どものキャンペーン(CCP Japan)

About the Writer

ともちん

大学で英文学を学び、小売・教育・製造業界を経てフリーライターに。留学や欧州ひとり旅を通じて「丁寧な暮らし」と「日本文化の価値」に触れ、その魅力を再認識。旅や地方創生、芸術、ライフスタイル分野に興味あり。言葉を通して、自尊心と幸福感を育めるような社会の実現に貢献することを目指している。
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