
私たちの生活に欠かせない「都市モビリティ」は、これまで速さや効率といった利便性を中心に語られてきた。しかし、途中の景色を楽しんだり、少し寄り道をしたりする「余白」によって、移動そのものに心地よさが生まれる場合もある。この記事では、移動を街との関係性や体験の質から捉え直し、なぜ「移動しやすい街」が心地いいのかを紐解く。
なぜ“移動しやすい街”は心地いいのか

「モビリティ(mobility)」という言葉は、本来「移動しやすさ」や「動きやすさ」を意味する概念である。交通分野では、電車やバス、自転車といった移動手段や、それを支える仕組み全体を指す言葉として使われてきた。
そして多くの場合、その評価軸の中心に置かれてきたのが「どれだけ早く、効率よく移動できるか」という視点である。
一般的に「移動しやすい街」と聞くと、多くの人は目的地に早く着けることを思い浮かべる。自転車より自動車、在来線より新幹線というように、特に大都市では、時間を短縮することが合理的で、望ましいものとして受け取られてきた。都市モビリティの発達により、通勤・通学をはじめあらゆる施設へのアクセスが向上した。その結果、人やモノの移動が容易になり、経済活動や生産性、利便性の向上に好影響を与えている。
しかし、移動は単に場所から場所へと人を運ぶだけの行為ではない。移動の仕方そのものが、街との距離感や、街とどう関わるかという感覚を形づくっている。
ウェルビーイングの観点から見ると、時間が短くなればなるほど移動が心地よくなるとは限らない。効率を優先するあまり、常に急かされている感覚が続いたり、移動そのものがストレスになってしまうこともある。満員電車や渋滞が、肉体的・精神的に大きな負担になることは、多くの人が経験しているのではないだろうか。
速さを基準にするのではなく、立ち止まれること、寄り道できること、迷わずに歩けること。そうした体験があると、移動はただの「通過」ではなく、街と関わる時間へと変わっていく。「移動しやすい街」とは、こうした感覚を自然に受け取れる街なのかもしれない。
関係性で再設計された都市モビリティ

「移動しやすい街」の都市モビリティとは、どのようなものだろうか。本章では、その具体像を探るために、デンマークとスペインの事例を紹介する。
コペンハーゲン:自転車が日常に溶け込む都市
北欧デンマークの首都・コペンハーゲンは、「世界有数の自転車都市」として知られている。この街の特徴は、自転車が特別な移動手段ではなく、生活の一部として位置づけられている点にある。
コペンハーゲン市は、市内の移動の少なくとも75%を徒歩・自転車・公共交通機関でまかない、自動車による移動を最大25%に抑えるという目標を掲げている。(*1)
1970年代のオイルショックを契機に、デンマークでは「石油に依存しない交通手段」として自転車が改めて注目されるようになった。環境保全への意識の高まりも背景に、安価で環境や健康にもやさしい移動手段として定着していったのである。
デンマークでは、長距離列車や電車、メトロ、バスへの自転車の持ち込みが認められている。コペンハーゲンの街中には、自転車専用道路や信号機が整備され、歩道と車道の間に自転車のための明確な空間が確保されている。自転車利用に関するルールを定めることで、安全対策も徹底されている。
さらに、市民へのアンケートを定期的に実施し、住民の声を反映しながら「自転車に乗りたくなる街づくり」が進められてきた。その結果、街を感じながら移動する時間が、日常の一部として自然に組み込まれているのである。
バルセロナ:スーパーブロックが生んだ“立ち止まる時間”
スペインの人気都市・バルセロナでは、「スーパーブロック」計画の整備が進められている。
スーパーブロックとは、一般車両の通行が大幅に制限され、自転車や歩行者のみが通行できる約400m四方の区画(ブロック)のことを指す。これは、自動車が占めていた空間を減らし、市民の生活空間を広げることを目的としている。
スーパーブロックの導入によって、身体活動の向上、大気汚染の改善、交通騒音の減少、緑地空間の創出、ヒートアイランド現象の緩和といった効果が報告されている。
車の通行を外側の道路に誘導することで、ブロック内の通りは住民のための憩いの場へと変化する。歩行者優先道路への変容によって街は歩きやすくなり、移動は単なる「通過」ではなく、街と関わる時間へと変わっていった。緑地の整備や公共ベンチの設置により、車中心だった空間は住民の生活や滞在の場として再編されたのである。
この事例から見えてくるのは、移動の速度や効率だけでは測れない“都市の心地よさ”である。スーパーブロックの空間では、人々は立ち止まり、休み、周囲の街の様子を感じながら移動することができる。つまり、移動そのものが街との関係性を生み、日常の中に「立ち止まる時間」が自然に組み込まれているのである。
移動がつくる、街との関係性をどう編みなおすか

二つの事例から見えてくるのは、移動の方法によって街との関わり方が変われば、日常の心地よさにも直結するということだ。
自転車を選ぶことで、通りのカフェや緑地に目が向く。街のようすや空気を肌で感じることができる。車道と市民の生活空間を分けることで、歩いているだけで周囲の人々と自然に目が合い、「立ち止まる余白」を生み出す。
「移動しやすい街」とは、単に効率よく、速く移動できるだけではなく、街と無理なく関わり、質の高い経験を重ねられることなのかもしれない。忙しい日常の中でも一度立ち止まり、寄り道を楽しみながら街を感じられる時間を持つことが、心地よさの本質なのではないだろうか。
街と無理なく関われる状態として「移動」を捉え直す視点は、私たちの忙しない日常に、新たな豊かさをもたらしてくれるのだ。
Edited by k.fukuda
注解・参考サイト
注解
*1 Mobility – how we get around in the city|Copenhagen Urban Development
参考サイト
持続可能な都市モビリティ計画(SUMP)の 概念及び展開状況|国土交通省
場所起点のモビリティが描く、より良い都市のかたち|世界経済フォーラム
コラム デンマーク、フィンランド、タイの事例(移動)|国土交通省
世界一の自転車都市コペンハーゲンの街づくり 環境保護|日経BP
バルセロナで相次ぐ「スーパーブロック」とは?歩行者優先を追求したら実現した計画|朝日新聞GLOBE+
車道の使い方を市民が決める。バルセロナの「スーパーブロック計画」とは|Forbes JAPAN
Barcelona’s Superblocks: Putting People at the Centre – Literally|CityChangers.org
























ともちん
大学で英文学を学び、小売・教育・製造業界を経てフリーライターに。留学や欧州ひとり旅を通じて「丁寧な暮らし」と「日本文化の価値」に触れ、その魅力を再認識。旅や地方創生、芸術、ライフスタイル分野に興味あり。言葉を通して、自尊心と幸福感を育めるような社会の実現に貢献することを目指している。
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