
美容室で日々廃棄される「髪の毛」が、地方の農業を支える資源になるとしたら。横浜の美容室と山梨県身延町のベテラン農家による異色のコラボが今、注目を集めている。実験の舞台は、地域在来種「あけぼの大豆」の畑。KWは、髪に含まれる「ケラチン」だ。これは美容と農業、都市と地方をつなぐ新しいサーキュラーエコノミーの実験である。
美容室と農家がつくる「新たな循環」。髪の毛で育つあけぼの大豆の実証実験

地域の農家と都市の美容室、そして環境団体が連携した循環型の農業プロジェクトが始まった。美容室で廃棄される髪の毛の新たな活用法として、豊かな自然環境のもとで代々受け継がれてきた「あけぼの大豆」の栽培と組み合わせ、サーキュラーエコノミーを体現した「地球にやさしい農業」のモデルづくりを目指す試みだ。
本プロジェクトは、「美容室から出る“髪の毛”という廃棄物に着目し、それを農業資材として活用する」という発想から始まった。山梨県身延町の在来種「あけぼの大豆」を栽培する農家「うりぼうの里」、横浜の美容室「hairmake arch」、そして、環境NPO「Matter of Trust Japan(マター・オブ・トラスト・ジャパン)」による共同実験だ。
あけぼの大豆は、山梨県の南部に位置し、富士川と周囲の山々に抱かれた自然豊かな町・身延町のブランド大豆だ。標高300〜700メートルの昼夜の寒暖差が大きく、霧が多く発生する身延町の曙地区で採取された種子を使用し、町内で栽培されている。気象条件の制約と人手による手間のかかる栽培工程により大量生産ができず、その希少性の高さから“幻の大豆”と呼ばれている。
今回の実証実験では、人毛や動物の毛を使ったアップサイクル活動などを行う「マター・オブ・トラスト・ジャパン」で、「hairmake arch」の美容室に集まった髪の毛をマット状に加工。そのヘアマットを「うりぼうの里」のあけぼの大豆畑の土壌の一部区画に敷設する。大豆収穫期までの約5ヶ月間、発育状況や土壌の栄養素のモニタリングなどを実施し、ヘアマットがどのように農業に貢献できるかを検証する。ゆくゆくはこの試験的取り組みを全国に広げていくことを目指している。
髪の毛は「資源」になりうるか。ケラチンと農業の可能性

髪の毛に多く含まれる「ケラチン」は、たんぱく質由来の天然素材だ。従来の肥料にはない効果として、土に分解されることで微生物の働きを助けながら保水性・通気性を向上させる作用があるとされる。また、水分の蒸発を防止することから水の使用量も節約できる。
ケラチンは構造が複雑なタンパク質であるため、窒素などの栄養素を緩やかかつ持続的に放出する特性がある。これは化学肥料の速効性とは対照的で、窒素の漏出リスクが少ないというメリットがある。化学肥料は、作物の急速な成長に必要な栄養分を供給できる一方、過剰量の窒素が大気中に放出されることで、温室効果ガスの排出源の一因となる。また、肥料に含まれる未利用成分が地下水に浸透すれば、水質汚染を引き起こす可能性もある。
こうした課題への代替手段として注目されているのが、ケラチンを活用した資源循環型の取り組みだ。海外の先行事例として、「Matter of Trust Chile(マター・オブ・トラスト・チリ)」の「Agropelo」プロジェクトでは、人間やペットの髪を機械で織り合わせたヘアマットを作成し、水資源が貴重なアタカマ砂漠地域などで作物の根元に敷設した結果、水の蒸発を71%抑制し、農業用水の使用量を最大48%削減することに成功した。さらに、髪に含まれる窒素・カルシウム・硫黄などの栄養素により、作物の生育量・収量が30%以上増加したという報告もある。この成功事例は、美容業界から発生する廃棄物を環境保全や農業再生に変えるという「持続可能農業」に向けた成果を国際的に裏付けるものだ。
日本国内の美容院の数は、コンビニの店舗数よりもはるかに多い27万件近くにのぼり、年間数百トン規模の髪の毛が焼却処分されていると推定されている。ヘアドネーション(医療用ウィッグ)の材料として使われることもあるが、廃棄された髪の多くは可燃ごみや産業廃棄物として処理されるのが一般的だ。そのため、資源としての活用に向けた循環モデルの構築には、大きな可能性が残されている。
ローカルからはじまる、循環型農業が拓く可能性

異分野の見事なコラボレーションともいえる本プロジェクトは、農業における化学肥料依存からの脱却に向けた有効な一手となる可能性を秘めている。
国内の化学肥料は、製造コストの約6割を原材料費が占めており、その多くを海外からの輸入に依存している。そのため、肥料の価格は国際市況や輸送費の影響を大きく受けやすい。こうした状況下で、これまで廃棄されていた髪の毛を地域農業の資材として再利用できれば、環境負荷の軽減に加え、コスト面でも大きなメリットが期待できる。
あけぼの大豆のような地域に根差す在来種の保全は、ブランド価値の向上や地元農家の支援にもつながり、地域振興の一助となる。環境保全と農業支援を軸に、都市と地方が協働する新たな共創モデルとして、この取り組みは地方創生の大きな一歩にもなるだろう。今回の「美容×農業」にとどまらず、異分野・異地域との連携を通じたさらなる展開が期待されている。
Edited by k.fukuda
注解・参考サイト
一般社団法人 マター・オブ・トラスト・ジャパン
【公式】あけぼの大豆ブランドサイト
一般社団法人 マター・オブ・トラスト・ジャパン|Syncable
「髪の毛」が農作物を育む──山梨県身延町「あけぼの大豆」とhairmake arch、Matter of Trust Japanによる循環型農業プロジェクトが始動|PR TIMES
切った髪の毛の活用方法「ヘアマット」で農業を|hairmake archブログ
ケラチン含有廃棄物を持続可能な農業のためのバイオ肥料に変換する展望|frontiers
理容室と美容院の店舗数について|国際文化理容美容専門学校
肥料をめぐる情勢|農林水産省

























ともちん
大学で英文学を学び、小売・教育・製造業界を経てフリーライターに。留学や欧州ひとり旅を通じて「丁寧な暮らし」と「日本文化の価値」に触れ、その魅力を再認識。旅や地方創生、芸術、ライフスタイル分野に興味あり。言葉を通して、自尊心と幸福感を育めるような社会の実現に貢献することを目指している。
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