
「異彩を、放て。」をミッションに掲げるヘラルボニーが、教育分野への新たな挑戦を始めた。知的障害のある作家たちの作品と子どもたちが出会うとき、従来の「正解」重視の美術教育に静かな変化が生まれる。この夏、岩手県盛岡市で開催される親子30組限定のサマースクールを通じて、アートがもたらすインクルーシブ教育の可能性を探る。
ヘラルボニーが挑む教育分野への新展開

株式会社ヘラルボニーは、国内外の福祉施設に所属するアーティストと共に、新たな文化の創造を目指す岩手県発のクリエイティブカンパニーだ。障害のある作家による2,000点以上のアート作品をIPライセンスとして管理し、適正なロイヤリティを支払うことで、持続可能なビジネスモデルを構築している。
自社ブランド「HERALBONY」の運営をはじめ、企業との共創やクリエイティブを活用した企画・プロデュース、社員研修プログラムの提供、さらに国際アワード「HERALBONY Art Prize」の主催など、アートを軸に多様な事業を展開。「障害のイメージを変えること」を目指す同社は、「異彩を、放て。」をミッションに、知的障害に関する先入観や常識の枠を超え、さまざまな“異彩”をユニークな形で社会に発信している。
そしてこの夏、2025年8月18日〜21日の期間に創業の地・岩手県盛岡市にて、同社初となる教育プログラム「ヘラルボニー サマースクール」が開催される。小学3〜6年生の児童とその保護者、計30組を対象に、国内でも広がりを見せるニューロダイバーシティ教育や探究学習を取り入れた3泊4日のプログラムを実施。子どもたちが楽しく自由に学べる「ボーダレスな学びの場」を通じて、これからの時代に求められる多様な学びの体験を提供することを目的としている。
美術教育に潜む「正解主義」への問題提起

日本社会は長らく、「正解がどこかにある」という思考のもと、足並みをそろえて経済発展を遂げてきた。その価値観は教育にも影響を与え、美術の授業にさえ「正解主義」とも呼べる考え方が根づいてきた。「上手に描けているか」「お手本に近いか」といった評価で、作品の価値が一つに集約されがちだ。
正解主義とは、「正しいやり方に従うこと」を重視する教育方針であり、もともとは数学や理科といった教科学習に見られる傾向だ。しかし、本来自由な表現が求められる美術においても、こうした発想が無意識のうちに浸透している。
そのような固定観念に揺さぶりをかけているのが、ヘラルボニーの活動だ。たとえば、2023年に東京都千代田区で開催された展覧会『ART IN YOU アートはあなたの中にある』では、知的障害のある16名の作家による個性あふれる作品が展示された。ある女性作家は、伝えきれない想いを立体作品に込めた。振り向いてほしい異性をモデルに、大きな作品では2ヶ月以上を費やすものもあった。真面目で実直な性格の男性作家は、まるで流れ作業のように同じ形の作品を量産し続けた。いずれの作品も、技術や理屈では測れない自由な魅力を放っている。
“教科書に載らない異彩”に触れることで、「当たり前」の枠から自由になり、新たな視点を得られる。これは、個性や特性を尊重する「インクルーシブ教育」のあり方そのものであり、正解の見えにくいVUCAの時代にこそ、こうした学びが必要とされている。
アートを通じた「ちがい」との出会い

「ヘラルボニー サマースクール」は、子どもたちの感性を刺激し、他者と自分の“ちがい”を楽しみながら学べる冒険型プログラムだ。参加者が宿泊するのは、ヘラルボニーがアートプロデュースを手掛け、知的障害のある作家たちの作品が空間全体に展示された「HOTEL MAZARIUM(マザリウム)」。多様な価値観が混ざり合うこの場を中心に、子どもたちは言葉を超えた表現の可能性と出会う。
プログラムには、全国から集まった個性豊かなアーティストたちが講師として参加する。シルクスクリーン印刷のワークショップや光の箱づくり、葉っぱを縫い込むミシンワークなど、子どもたちは五感をフルに使った表現に挑戦する。また、身近な素材を使って仲間とともに空間を創り上げるアート体験や、音楽に合わせた即興演奏、身体を使った表現のプログラムなども用意されている。自分の感情を自由に外へと表現するその一つひとつのプロセスが、子どもたちに新たな気づきをもたらすだろう。
さらに、期間中には、次世代育成支援サービス「Ipsum(イプソマ)」を活用した任意のアンケート結果をもとに、子どもの「強み」を分析し、家庭でも活用できる個別レポートも提供される。
表現や感じ方が違っていてもいい。心と体に素直になっていい。作品づくりや仲間との協働を通じて“ちがい”に触れ、対話を大切に過ごす。濃密な4日間を経て、子どもたちは「自分のままでいいんだ」という自己肯定感を育みながら、多様性へのまなざしを身につけていく。これはまさに、インクルーシブ教育の原点ともいえる学びのプロセスである。
多様性を受け入れる社会への第一歩

ヘラルボニーの活動とサマースクールの実例は、従来の美術教育が抱える正解主義の問題に一石を投じ、新たな教育スタイルの可能性を示唆している。
私たちの人生においても、つい「正解」探しの思考に陥ってしまうことがある。だが、先が予測できない現代において、一つの正解に固執することは、むしろ危ういとも言える。サマースクールで子どもたちが多様な価値観に触れるように、唯一無二の個性を持つ私たちがお互いの違いを尊重し合うことは、視野の広がりと心の豊かさを育む。
こうした一人ひとりの小さな意識変化が、地域社会、そして国際間のさまざまな価値観や文化の違いを受容する器を広げてくれるはずだ。“普通”ではない「ちがい」を豊かさとして受け入れること、そしてヘラルボニーが掲げる「常識や先入観を超えた可能性に目を向けること」は、私たち一人ひとりが、これからの時代をしなやかに、そして力強く生きていくための大きなヒントとなるだろう。
Edited by k.fukuda
参考サイト
共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告) 概要|文部科学省
多様な子どもたちが共に学ぶ「インクルーシブ教育」。いま、子どもたちになぜ必要か?|日本財団ジャーナル
ボーダレスで自由な学びの場、新しいワクワクと発見に出会う夏|HERALBONY SUMMER SCHOOL 2025
美術教育の社会的役割期待の拡大|文部科学省
文化芸術教育の充実・改善に向けた検討会議審議のまとめ|文化庁
正解主義に抗うボーカロイドアート:ボカロP・r−906と考える多文化共生を拓く対話の可能性|東京外国語大学
なぜ多様な教育?「教育に正解はない」からです おおたとしまさインタビュー|朝日新聞GLOBE+
本記事は、特集「多様性社会における新たな教育のかたち」に収録されている。この特集では、教育という営みを通じて、多様化社会を「生きる実感」へと変えるためのヒントを探りたい。ほかの記事もあわせて、より多角的な視点を見つけよう。
特集|多様性社会における新たな教育のかたち
かつてよりも自由で、誰にとっても優しい社会を目指すための「多様性」という言葉が、かえって私たちを縛るものになっていないだろうか。未来を担う子どもたちに、大人として伝えられることとは。



























ともちん
大学で英文学を学び、小売・教育・製造業界を経てフリーライターに。留学や欧州ひとり旅を通じて「丁寧な暮らし」と「日本文化の価値」に触れ、その魅力を再認識。旅や地方創生、芸術、ライフスタイル分野に興味あり。言葉を通して、自尊心と幸福感を育めるような社会の実現に貢献することを目指している。
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