
アクアポニックスとは
アクアポニックスとは、水耕栽培と養殖を同時に行う持続可能な循環型農業を指し、水産養殖(Aquaculture)水耕栽培(Hydroponics)からなる造語である。
アクアポニックスでは、魚の排泄物を微生物が分解し、その分解によって生成された栄養分を植物が吸収し、浄化された水が魚の水槽へと戻るという生態系の循環を再現している。魚・植物・微生物の働きのバランスを保つことができれば、持続可能なシステムとなる。
1980年頃に米国で発祥したのが始まりとされ、近年の研究により安定した生産が可能となり世界的に拡大中である。サステナブルで生産性の高いアクアポニックスは、地域振興、障がい者支援、途上国における生計手段の創設などにつながる可能性をもっている。
アクアポニックスの仕組み
アクアポニックスは、魚の代謝によって発生する有毒なアンモニアを、植物の成長に不可欠な窒素の供給源として利用する仕組みである。
生物はタンパク質を摂取すると、体内でアミノ酸に分解し再構成して体の組織を形成するために利用するが、一部の使い切れない分ははアンモニアとして体外に排出される。人間は肝臓でアンモニアを無毒な尿素に変換して体外に排出するが、多くの魚類はアンモニアをそのまま体外に排出している。このアンモニアは生物にとって有毒であり、一定の濃度を超えると水槽の魚は死んでしまう。
一方、アンモニアに含まれる窒素は植物の成長に欠かせない元素であり、植物は硝酸塩の形で根から吸収し利用している。野菜などの作物の栽培では窒素が不足すると生育不良が起きるため、一般的には窒素を含む肥料を土壌に施す。
魚と植物、そしてアンモニアを植物が利用できる硝酸塩に分解する微生物の力を利用したアクアポニックスの仕組みは次のようなものだ。
- 魚がアンモニアを排出
- 微生物(ニトロソモナス)がアンモニアを亜硝酸塩に分解
- 微生物(ニトロバクター)が亜硝酸塩を硝酸塩に分解
- 植物が水中の硝酸塩を栄養分として吸収
- 浄化された水が魚の水槽に戻る
毒性は、アンモニア>亜硝酸塩>硝酸塩の順に弱くなり、アンモニアと亜硝酸塩の濃度はゼロになるのが理想的で、植物の栄養となる硝酸塩は1リットルあたり10mg以上が望ましい。これらの物質の濃度を、初心者でも手軽に測定できる試験紙や試薬が流通している。
アクアポニックスは、植物が天然の浄化装置の役目を果たし、魚の排泄物を植物が利用する循環型の農法であるため、魚・植物・微生物という3者のバランスが重要となる。
アクアポニックスの特徴

窒素を循環させることにより肥料を必要としないアクアポニックスは、他にもいくつかの優れた特徴をもつ。
まず、土壌が不要で、節水ができることにより、環境への負荷は小さい。また、再生エネルギーを利用すれば持続可能性はさらに高まり、地球温暖化の原因である温室効果ガスの削減にもつながる。
さらに、水資源や農耕に適した土地が乏しい地域、電力供給が不安定な場所にも導入できるため、地域の課題解決に結びつく可能性が高い。
以下に、アクアポニックスの優れている点について説明する。
生産性が高い
アクアポニックスは、一つのシステムで魚と野菜の両方を同時に生産できる。野菜は、土壌での栽培に比べて約半分の日数で収穫が可能だ。ハウス内で栽培するため冬季も含めて年間を通して出荷でき、面積あたりの生産量は通常の露地栽培の10倍以上になる。
また、垂直に積み重ねた棚を利用して作物を栽培する垂直農法と組み合わせれば、さらに効率的だ。栽培できる野菜は、葉菜類やハーブ、果菜類、果物まで幅広く、魚は淡水域に生息する魚種やエビであれば基本的に養殖可能である。
特に野菜やタンパク源の生産が難しく輸入に頼っている地域では、人々の健康維持に必要な栄養源を自前で供給できるようになるメリットは大きい。
土壌と水の問題を解決する
アクアポニックスは水耕栽培のため、土壌を必要としない。したがって、スペースが限られる都市の環境や土壌が農業に適さない乾燥地帯でも作物を栽培できる。屋内なので泥で汚れることはなく、作業の負担は小さくなる。
また、アクアポニックスでは水が完全に循環するため無駄にならず、交換の必要もないため、70〜90%の節水が可能である。通常の農業であれば毎日のように水やりが必要だが、アクアポニックスでは水の補充を週に数回するだけで済み、労力もコストも削減される。
特に水資源が限られた地域や雨が少ない季節でも、少ない水で効率よく作物を育てられるのは魅力的である。このように、肥沃な土壌に恵まれた土地と豊富な水資源がない場合でも、アクアポニックスを導入することで農業生産が継続できる。
化学肥料・農薬を必要としない
アクアポニックスでは、養殖する魚の排泄物を微生物が分解したものを、植物が栄養素として利用するため肥料を与える必要がない。また、土壌を使わないため土中をすみかとしたり土中に産卵する害虫や雑草の繁茂とは無縁だ。
万が一、害虫が発生した場合は、魚・植物・微生物のバランスを崩すような農薬の使用はできない。そのため、害虫が入ってこないような対策をしたり、早期発見で増える前に物理的に除去したりすることになる。
アクアポニックスは、化学肥料・農薬・除草剤などを使用することなく、自然環境への負荷を低減した有機農業である。
管理しやすく市場ニーズに応えやすい
屋内で野菜と魚を育てるアクアポニックスは、環境を制御しやすく安定した生産が可能である。季節変化によらず一年中生産できることはもちろん、熱波や寒波、豪雨などの異常気象のリスクや、干ばつや土壌劣化などの地域特性の影響を受けにくい。
温度や湿度、空調などを徹底的に管理できる技術さえあれば、長年の農業経験や知識がない新規参入者であっても、地域の気候風土や環境に関わらず生産が可能である。
カメラや計器による遠隔モニタリングを利用することで、365日休みがないといわれる農作業の負担を減らし、適切なワークライフバランスをとることも可能だ。
さらに、市場のニーズに合わせた効率的な生産と出荷ができるため、廃棄物の削減や付加価値の高い生産物の供給により収益率が向上する。アクアポニックスは、農業の高齢化や担い手不足といった課題への対処としても期待されている。
アクアポニックスの事例

農業にまつわる多様な課題を解決できる可能性をもつアクアポニックスは、世界各地に広がっている。その導入事例は、屋上菜園や家庭菜園、大規模な栽培工場、教育現場、最貧国支援など多岐にわたる。
インドの調査会社Mordor Intelligenceによる市場分析(*1)によると、世界のアクアポニックスの市場規模は、2024年の12億米ドルから2029年には19億米ドルに達するとの予測である。ここでは、国内外の事例をいくつかご紹介する。
株式会社AGRIKO(東京都世田谷区)
株式会社AGRIKOは、屋上ファーム「AGRIKO FARM 桜新町」を東京都世田谷区の桜新町に開園した。AGRIKO FARM では、リーフレタス・サラダ小松菜・水菜など葉物野菜の栽培と、鯛に似た味わいのイズミダイの養殖を行っている。
栽培した野菜は、ビル1階の「OGAWA COFFEE LABORATORY 桜新町」にて提供される。竹害に悩む地域の竹を循環設備に活用し、再生繊維とリサイクル天然素材から作られた不織布製の苗ポットを利用するなど、持続可能性に配慮している点にも注目したい。
また、アクアポニックスで栽培した野菜や魚の収穫を通じて、SDGsについて一緒に考えるワークショップを開催し、食の循環について学ぶ場を提供している。
さらに、障がい者の雇用や企業とのマッチングなど、全ての人が能力を活かせる場の創出にも取り組む。「AGRIKO FARM 桜新町」のアクアポニックスは、屋上農園を通して都会に住む人と農業をつなぎ、持続可能な食糧生産を目指している。
株式会社プラントフォーム(新潟県長岡市)
プラントフォームが運営するのは、寒冷地型データセンターの排熱と雪冷熱の冷却水を活用した国内最大級のアクアポニックスである。
膨大な情報を保管するデータセンターは、24時間365日稼働して熱を発するため冷却が必要である。寒冷地型データセンターでは、冬に降った雪を積み上げて保存し溶け出た冷水によってサーバ室を冷却する。アクアポニックスは、データセンターの廃熱と冷却に使った水を効率的に利用できる理想的なシステムだ。
栽培する野菜は、レタス・クレソン・サンチュなど葉野菜が主体で、そのほかワサビやイチゴ、ハーブ類なども育てている。養殖している魚は、キャビアがとれて魚肉も美味しいチョウザメだ。未だ供給が少ない有機野菜の生産だけでなく、地域の雇用創出にも貢献する。
プラントフォームは、新しい産業との連携も視野に入れ、参入支援、運営支援、研修サービスなども展開中である。担い手不足や過酷な労働環境、低収入といった課題を解決し、農業・水産業を魅力的な事業モデルへと変革することを目指している。
Finleaf Farm(南アフリカ共和国)
南アフリカ共和国フィンリーフ・ファームは、ドイツに拠点を置くIntegrated Aquaculture Group社の協力を得てアクアポニックス事業を開始した。フィンリーフ・ファームが生産しているのは、レタス各種・ロケット・ケール・ほうれん草などの野菜と、淡白な味で栄養価の高いティラピアである。
気候変動の影響により、低所得の人々の多くが安全で栄養価の高い食料を入手できなくなっている。干ばつに見舞われるサブサハラに位置する南アフリカも例外ではない。
干ばつや土壌の肥沃度低下、水資源の需要増加などにより食料生産が難しい国では、生産性が高く持続可能なアクアポニックスが、安定した食糧供給を実現する鍵となる。また、持続可能ではない従来の農業の代替となることが期待されている。
フィンリーフ・ファームは、特に教育やコンサルティング、管理・運営サポートなどにも力を入れ、国内全域への事業拡大を目指している。
まとめ
アクアポニックスは持続可能であるだけでなく広範に導入可能であり、農業・漁業が抱える課題を解決する画期的な事業となる可能性がある。また、教育や福祉の現場に導入すれば、生態系の循環を実感することができ、癒しの空間が創出できるだろう。
導入コストが高い、知識と経験がないと難しいなどの懸念もあるが、どんな事業であっても新しく始める場合には避けて通れないものといえる。まずは試してみたいという方は、家庭用のキットやDIYによる自作システムを試してみてはいかがだろうか。
農林水産省の試算によると、農業経営体は2030年に2020年比で半減し、耕作農地は3割減とされている。食料安全保障の問題は他人事ではない。第一次産業を維持していけるような社会を作るため、アクアポニックスの広がりに期待したい。
注解・参考サイト
注解
※1 市場分析
参考サイト
【生態系の働きで野菜を育てる】アクアポニックスの循環ってどんな仕組み?|株式会社アクポニ
アクアポニックスとは | 株式会社プラントフォーム
AGRIKO
株式会社プラントフォーム
Integrated Aquaculture Group
基本計画の策定に向けた検討の視点 我が国の食料供給(農地、人、技術)|農林水産省






















曽我部 倫子
大学で環境問題について広く学び、行政やNPOにて業務経験を積むなかで環境教育に長く携わる。1級子ども環境管理士と保育士の資格をもち、未就学児や保護者を対象に自然体験を提供。またWebライターとして、環境、サステナブル、エシカル、GXなどのテーマを中心に執筆している。三姉妹の母。
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