
アグリツーリズムとは
アグリツーリズムとは、「アグリカルチャー(農業)」と「ツーリズム(旅行)」を組み合わせた用語である。地方の農村地域にて田植えや収穫などの農業体験を行い、農村での交流を楽しむ観光スタイルを指す。
アグリツーリズムを実施することで、都市部と地方の交流促進・地方創生・農業への理解・子どもへの教育効果・リフレッシュ効果などが生まれるといわれている。
同じ意味であっても、地域によって呼び方が異なる。日本では「グリーンツーリズム」と呼ばれる場合もある。また、イタリアでは「アグリツーリズモ」、イギリスでは「ルーラルツーリズム」、フランスでは「ツーリズムベール」として知られている。
日経BP総合研究所(*1)によると、日本のアグリツーリズム市場は2020年時点で500億〜1000億円前後であり、5年以内に1.5倍に達すると報告され、大きな成長が見込まれている。
また、学校教育では、地方の自然での学びを取り入れた体験型授業が重視される傾向となっており、授業の一環として農業体験が行われている。ほかにも、大都市や有名スポットへの観光をせずに、地方の農村地域での暮らしを体験したいという外国人観光客もおり、古民家ホテルも増えている。
このように、アグリツーリズムは今後発展していく可能性が大きいと考えられている。
エコツーリズムとの違い
自然にかかわるツーリズムとして「エコツーリズム」もよく知られているが、両者には違いがある。
エコツーリズムは、自然環境や歴史文化などの地域ならではの魅力を観光客に伝え、価値や大切さを理解してもらうことで、保全につなげようとする観光のあり方である。一方、アグリツーリズムは観光の中に農業体験が取り入れられているのが特徴で、自然にかかわる中でも、農業に特化した観光スタイルである。
アグリツーリズムの歴史

かつて、アグリツーリズムは、貴族や上流階級が郊外の農村で乗馬や狩猟をするものであり、リフレッシュ方法の一つとして認識されていた。その後、1965年のイタリアにて「アグリツーリズモ」という用語が提唱されてから、観光スタイルとしてヨーロッパを中心に世界へ広まっていった。
日本では、農林水産省が1992年に発表した政策「新しい食料・農業・農村政策の方向」がアグリツーリズムの始まりである。その2年後には「農山漁村余暇法」という法律を制定し、アグリツーリズムに参加する民宿の整備を進めるための登録制度が設けられた。2006年には、観光立国を実現するための「観光立国推進基本法」が成立し、推進するべき新しい観光スタイルの一つとしてアグリツーリズムが認められるようになった。
アグリツーリズムの注目度は高まっており、日本政府観光局の調査(*2)によると、海外からの旅行者の約2割が農村地域での体験に興味を持っているというデータがある。また、国内でもリモートワークの普及により、平日でも都会を離れ、地方の自然溢れる空間を楽しむ人も増えている。
アグリツーリズムのメリット

アグリツーリズムは、農村へ訪問する側と受け入れる側の両方に対してメリットがある。
地域経済の活性化につながる
まず、アグリツーリズムは地域経済を活気づける。アグリツーリズムは一般的な観光スポットを巡る旅行とは異なり、農村という地域社会の内部に入り込む観光スタイルである。訪れた人が地元の農産物や特産品を購入してくれる場合が多いため、地域の一次産業が支えられ、地域全体の活気づけにつながるのだ。
また、観光客を受け入れる農家自体にもメリットがある。観光客との交流を通して農業へのやりがいが生まれたり、農作物の販路拡大が見込めたり、と充実感や経済的な還元を得られる可能性がある。
持続可能な観光へとつながる
アグリツーリズムは、自然資源を活用しながら行う観光スタイルであるため、持続可能性と環境保護の2つに貢献する取り組みとして関心が高まっている。農家が作った食材を使った料理が提供されたり、環境保護に配慮した宿泊施設の運営を行ったりすることにより、環境への負荷を抑えられるため、観光の持続可能性につながるのだ。
訪問地域への移住を考えるきっかけとなる
都会に住んでいる人々が農村での生活を体験すると、地域への関心が高まり、移住を考えるきっかけになることもある。アグリツーリズムでは、農業体験に加えて農村の人との交流もできるため、その土地の生活様式や文化を深く学べる。訪れた人や新たな価値観や生き方を考えるうちに、移住に興味を持つようになっていくのだ。人によっては、短期滞在から始まり、繰り返し何度も訪れるうちに、農村の魅力にひかれて移住を決めるケースもある。
また、自治体はアグリツーリズムを通して、地域に住むメリットを効果的にアピールすることで、移住者獲得につなげられる可能性がある。
子どもの成長に影響する
農村で過ごし住民と交流を深めることで、子どもの成長にも好影響を与えるといわれている。少子化により一人っ子の世帯が増えており、兄弟姉妹や他の年齢の子供と遊ぶ機会が減っている。アグリツーリズムにより、日常生活ではできない交流をすることで、人間関係やマナー、自立心などを育めると期待されているのだ。
アグリツーリズムの課題
近年注目されているアグリツーリズムであるが、何点か課題とされている点もある。
受け入れ農家の高齢化が進んでいる
まずは、観光客を受け入れる農家の高齢化が進んでいる点だ。農林水産省の統計によると、2020年の農業従事者数は、136万3千人で、そのうち、65歳以上が全体の70%(94万9千人)、49歳以下の若年層の割合は11%(14万7千人)と農家の高齢化が問題となっている。
また、高齢化は今後さらに動きが加速すると予想されており、後継者の確保・育成が求められている。
観光地化する必要がある
農村地域に観光客を呼び込むためには、ありのままの農村ではなく、観光客が過ごしやすい場所にする必要がある。民宿として営むためには宿泊業における規則を守らなけらばならず、農家をそのまま民宿として使えるわけではない。そのため、改修や改築を行い、受け入れ可能な場所づくりをしていかなければならないのだ。
観光客が集まると地域的にも受け入れ農家的にも経済的メリットがあるが、選ばれるためには売れるための仕組みづくりをするという手間や労力がかかってしまうのだ。
認知度が低い
20年以上続いているアグリツーリズムであるが、認知度が低い点も問題となっている。SNSを通したプロモーションなども普及し、地方の観光スポットへ行く人は増えているものの、アグリツーリズムの魅力は広く認知されてはいない。
言葉自体は知られていたとしても、宿泊施設の状況や農業体験の内容が想像できず、参加に踏み出せない場合もある。普及させるためには、取り組みに関する情報発信を増やし、多くの人が参加しやすい環境づくりを行う必要がある。
海外と日本の事例

最後に、アグリツーリズムを推進している国内外の事例を1つずつ紹介する。
イタリア
「アグリツーリズモ」が古くから実施されているイタリアでは、アグリツーリズモに関する基本的な規定を設けた法律である「アグリツーリズム法」が制定されており、全国的に取り組みが広がっている。アグリツーリズモで提供される食材については、その地域で作られた農産物かつ品質保証されたもの、と法律で決められており、観光客は安心して参加できる点も、より関心を集めている理由とされている。2020年時点では、 約2万5,000もの経営体が受け入れ農家として参加している。
また、地域の特性を考えたルール作りを州法で規定することができるため、地域ごとに多種多様なツーリズムが生まれている。たとえば、イタリア国内のアグリツーリズムの2割を占めるトスカーナ州は、ワインの名産地として有名な地域。そのため、ワイナリー見学やテイスティング、ブドウ・オリーブの収穫体験など地域を活かした農業体験が楽しめる。
イタリアでは、農業を本業として営んでいることがアグリツーリズムの条件となるため、宿泊地の敷地内や近くに農業があり、農家の日常を体験できるのも魅力となっている。
栃木県・大田原市
栃木県の北東部に位置する大田原市では、市内を囲む自然環境を生かしたアグリツーリズムを推進している。大田原市では120種類以上のツーリズムプログラムが用意されており、2023年には7,874人もの観光客が宿泊した。
大田原市では「アグリツーリズモ in 大田原」(*3)という専用Webサイトを設け、民宿に関する詳しい情報や地域の特色など、さまざまな情報発信を通してアグリツーリズムを推進している。
また、農業体験だけでなく、その土地を活かしたプログラムを提供している。たとえば、江戸時代の俳人・松尾芭蕉にゆかりがあるため、歴史的名所の探索や俳句作りの体験といった文化や歴史を学ぶプログラムも開催している。このように、アグリツーリズムに地域ならではの独自性を加えることにより、観光客を呼び寄せ地域全体の活気づけも図っている。
まとめ
アグリツーリズムは、農村での農業体験や地元の人々との交流を楽しむ新しい観光スタイルだ。都会や有名な観光スポットに多くの観光客が集まる世の中で、人込みを避けた空間でリフレッシュしたい人などを中心に人気が高まっていくと予想される。
ただし、アグリツーリズム自体の認知度が低いことから、魅力や内容をよくわかってない人も多い。地域を訪れた人が宣伝して関連人口を増やしたり、地域がプロモーションを行ったりして広めれば、ニーズが高まっていくのではないだろうか。
Edited by c.lin
注解・参考サイト
注解
*1 日経BP総合研究所による。
*2 日本政府観光局の調査による。
*3 アグリツーリズモ in 大田原による。
参考サイト
アグリツーリズム|日経BP 総合研究所
第2回 農村・食・観光 ―イタリアのアグリツーリズモの発展から考える―|東北大学機関リポジトリ
訪日外国人旅行者の消費動向と ニーズについて|日本政府観光局
グリーン・ツーリズムの変遷と 持続可能性から見た課題|一般財団法人都市農山漁村交流活性化機構
グリーン・ツーリズムの現状と課題~農村地域活性化にむけて|早稲田大学
持続的農村ツーリズムの展開に向けての課題|大江靖雄
イタリアのアグリツーリズモを100%楽しむ!|Italiaexpress
第9章 イタリアにおけるアグリツーリズムについて|農林水産政策研究所
日本のアグリツーリズモ in 大田原






















エリ
大学時代は英米学科に在籍し、アメリカに留学後は都市開発と貧困の関連性について研究。現在はフリーライターとして、旅行・留学・英語・SDGsを中心に執筆している。社会の中にある偏見や分断をなくし、誰もが公平に生きられる世界の実現を目指し、文章を通じて変化や行動のきっかけを届けることに取り組んでいる。関心のあるテーマは、多様性・貧困・ジェンダー・メンタルヘルス・心理学など。趣味は旅行、noteを書くこと、映画を観ること。( この人が書いた記事の一覧 )